忍者ブログ

山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

山田ファンの始まり(29)コロナ禍を生きる 終

「山田ファンの始まり(29コロナ禍を生きる 終」

 

 

 

 

 

1972年に「刑事コロンボ」が初めてNHKで放送された時のことを、覚えておられるでしょうか?

日本の推理ドラマが犯人探しばっかりやっていた時に、倒叙法というスタイルを取り入れて、犯人探しじゃないミステリーの魅力を一般の視聴者に提供しました。

一部のミステリーファンしか知らなかった世界を、見事なエンタメとして展開し、コロンボのむさくるしいキャラクターも相まってマスコミの話題となりました。今でも繰り返し放送されるミステリードラマの金字塔です。

 

その話題真っ盛りの時に、私はたまたま山田宅を訪ねることがあり、開口一番「コロンボ見ましたか?」と山田さんに聞きました。

すると山田さんはこう言いました。

「やな奴だねぇ、あいつ」

え?何を言ってるんだ?と思いました。

「あいつは、最初っから分かってて、ああいうこと言ってるんだよね。やな奴」と山田さんは言うのです。

倒叙法の話でもなく、日本のTVドラマ界に衝撃を与えた話でもなく、そう言うのです。

驚きました。コロンボの話をして、そんなことを言った人はこの人だけです。いえそれだけの話ですが、発想というか感受性が独特で面白い(でも「古畑任三郎」という形でオマージュが捧げられた時は、やな奴だねえ、こいつと思いました、笑)。

 

 

それから「ゴミ」の話をした頃ですが、幽霊の話をしていました。

私は「幽霊がいるってことは、死んだ後も『意識』が残るということですよね」と言いました。

すると山田さんは「嫌だねえ、たくさんだよ」と言いました。

私は「ですよねえ」と言いました。

山田さんにも厭世的な傾向があるのかと安心しました。まあ、これは私に合わせて喋っていただいていたという側面もあるので、どこまで本音かわかりません。

その後、ある時期から山田作品には心霊現象が現れ、合理主義ではとらえられない世界を描くようになります。山田さんのポジションは何処なのだろうと思います。

 

最近ですが「チコちゃんに叱られる」が話題になった時も「見てますか?」と聞いたら、山田さんは「見ていたけど、もう見ないことにしたんだ」と言われます。

「え?なんでですか?」と聞くと「あれは断定できないことを、さもそうであるかの如く言ってるわけだよね」と言われます。

「まあ、諸説あるなかのひとつでしょうが」と言うと「だからぼくはもう見ないことにしたんだ」と言われます。

「そんなぁ、面白いじゃないですか」と言っても、取り合ってもらえません。頑固。そんなところもある。

 

長いつきあいですが、やっぱりいつまでたっても山田さんという人は分かりません。意外なことがひょっこり出てきます。

 

 

「週刊テレビ番組」1986523日号に「脚本家の横顔 山田太一」という特集がありこんなインタビューがあります。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「脚本家としての手応えを感じた最初の作品は、『パンとあこがれ』(TBS系)だった。

NHKのテレビ小説がありましたから、こちら(『パンとあこがれ』)は誰も見てないだろうって、随分好きなことを自由に書きましたよ」

途中から視聴率も上がってきたが、ある時、学生が台本を全部欲しいと自宅に訪ねてきた。さらにもう一人。

「『3人家族』のほうが視聴率は高かったんですが、そんなことは一度もありませんでした。一種の感動を覚えましたね」

あとから山田宅を訪ねてきた学生とはその後も交際が続き、仲人までしたという。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

これが山田さん側から語られた私との出会いです。

この出会いはいろんなメディアで語られていて、私の知らないものもたくさんあるようです。山田さんにとってエポックとなる出来事だったことが分かります。視聴率にとどまらない、ドラマの価値を感じさせる出来事だったのです。

言ってみれば、初めて現れた生身の山田ファンとの出会いだったのだと思います。

 

それから幾星霜。たくさんの山田ファンが発生しました。

冒頭で山田ファンは減ってきているのではないかと書きましたが、それは分かりません。

山田ファンは群れることがありませんから、全体がつかめません。

それぞれ、一人ひとりが一国一城の主です。

 

ちなみに、山田さんをたずねてきたもう一人の若者とはどんな人だったのか、山田さんご自身が消息をご存知なく分かりませんでした。

しかしごく最近ですが、「ドラマ・ファン」掲示板に偶然その方が訪れてくれました。その方も「ドラマ・ファン」がそういう掲示板とはご存知なく、本当に偶然に訪れられました。

 

その方と掲示板上で話していると、やけに「パンとあこがれ」に詳しいので、ひょっとしたらと思ってたずねてみたら、その方だったのです。二人とも驚きました。他の山田ファンも、もう一人の若者ってどんな人だったんだろうと言っていましたから、みんな驚きました。

何十年も昔に山田宅でニアミスした二人は、意外な巡り合いを果たしたのです。

 

そのことを山田さんに伝えると喜んでくれました。不思議なことがあるものです。

 

現在山田さんと具体的に会っている「山田ファン」は私一人だけということになります。後はご家族と編集者だけ。

でも、このコロナ禍で、そんな付き合いも出来なくなりました。

ヘルパーもおそらく呼べないでしょうから、散歩も出来ずにおられるのではと思います。

出版の話も進んでいないようです。

 

いろいろ難儀です。

「山田ファンの始まり」まだまだ書きたいことはありますが、ひとまず筆を置きます。長いこと読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

―終―

                                                                                                        2021.11.13

 

PR