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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

山田ファンの始まり(7)修羅場

 

 

「山田ファンの始まり(7修羅場

 

 

 

2年先までスケジュールが埋まっていると噂される山田さんでした。その忙しい人が、稼ぎのない若者の助けになればと、テレビ脚本というアルバイトを紹介してくれました。

なのに、この不器用な若者は、ちゃぶ台返しをやってしまいます。

何をやらかしたのか?

 

女に惚れてしまったのです。

アパートの近くに小さな小料理屋があって、そこに美人のママがいました。

ファンの男たちが毎晩のように訪れていて、地元の会社の社長がプロポーズしてふられたりしていました。高嶺の花でした。みんなのマドンナでした。

 

そのマドンナに私も惚れて、あろうことかママとできてしまったのです。日常をこなすことすら満足に出来ない男が、プレイボーイでもない小僧が、マドンナをものにしてしまったのです。

当時は若くて分かりませんでしたが、そういうことは稀にあるようです。寅さんのような顛末をみんながたどるわけではない。女と男にはわけのわからないことが起きる。メデタシ、メデタシ。

というわけにはいかなかった。「パンとあこがれ」にこういう台詞があります。

 

「恋愛というものは小説本が謳いあげるように綺麗なものではないのかも知れない。むしろ醜いものなのかも知れない。どんなに周りの人が傷つこうと、自分たちの思いだけはとげようとする醜いものなのかも知れない」

 

こんなことがおこりました。

夜、二人で酒を飲んでいると必ずママが泣くのです。理由を聞いても、ただ泣くだけです。「私は過ちを犯した、後悔している」と泣くのです。「何を?」と聞いても答えてくれません。ただ泣くだけです。

 

ある夜、私の部屋に男が踏み込んで来ました。

「何人男を作れば気が済むんだ!」と男はママに怒鳴りました。

男はヤクザではありませんでした。顔見知りの男でした。小料理屋のカウンターで何度か私と酒を酌み交わしたことがあり、親しいともいえる40代のサラリーマンでした。

「正気になれ!まともな人間になれ!!」

「まともになるのはあなたでしょう!」

口論が始まりました。

 

男は私の方は見ませんでした。ママにだけ怒鳴るのです。私は立ち上がりました。すると男はひるんで「いや君が男としてママを守るのは分かる」と言います。そして「君には関係ないんだ。この女はとんでもない奴なんだ」と承服できないことを言います。

私は、不法侵入ですから、警察呼びますと言いました。男は泣きそうな顔になり、もう二言三言吠えて逃げるように去りました。

 

 

あの男が別れてくれないので困っているとママは言いました。小料理屋を開く前からつきまとわれていて、ほとほと困っているとのことでした。

その夜遅くママが店に戻るとおかしなことが起きていました。

店の床一面が濡れているのです。水ではありませんでした。臭いがあって灯油と分かりました。冬だったので石油ストーブがあり、その灯油を男はまいたのです。そして火をつけようとした。しかし、いくらなんでもそこまではできずに帰ったのだと思えました。ママはゾッとしました。

 

その日から、みるみる客足が遠のきました。どうやら男が「ママは誰とでも寝る女だ」と言いふらしているようでした。あのプロポーズをした社長さんも、ママを慕っていた社長の娘さんもぷっつりと来なくなりました。

 

解体業をしている人で、ただ黙ってカウンターの片隅で飲んでいる男性がいました。当時のカラオケは8トラックのミュージックテープで、それに合わせて歌詞カードで歌うというものでしたが、それにお金を投入し、歌うこともなく、黙って飲んでいる人でした。曲はママの好きなものばかりでBGMとして流す、そういう形でママへの気持ちを表していました。

その人がカウンターの反対側にいる私にこう言いました。

「顔色悪いね」

挑発的な笑みを浮かべました。

そういうことを言う人ではありませんでした。殺意を感じました。

 

次の深夜、ママが一人で店にいたところに男が侵入し、ママを殴りました。引きずり回し、髪の毛を引き抜き、ママの顔は四谷怪談のお岩のように腫れました。

ママは店を休業せざるを得ませんでした。

ママと私は自宅に戻ることができず、ホテルを転々としました。

 

傾き始めた店には出資者がおり、借金を返せと請求が来ます。

なにかと言うと早稲田を出ていると言葉の端々にひけらかす俗物オーナーは、返せなければ妾になるのも選択肢のひとつだとほくそ笑みます。

 

私は、とても「カリメロ」を書いているどころではなくなってしまいます。これはまずいと思いました。

山田さんに相談の電話をかけました。

執筆で忙しいのに、山田さんは電話した午前中に自宅で会ってくれました。事情を話しました。平凡な若者に訪れた突然の事件を聞いて、原稿が書けなくなるのは仕方がない、プロデューサーには言っておくから、それは心配しなくていいよと山田さんは言われました。

 

この騒動での私の悩みは、結局何が真実なのかわからないということでした。出会って間もない私は100%ママを信用することもできませんでした。ママ淫乱説や人格破綻者説も信じられませんでした。しかし完全に否定する情報も持っていませんでした。

ママと男、どちらが嘘をついているのか、どちらも嘘をついているのか、大嘘なのか小嘘なのか、謎でした。

 

山田さんと話していると、正午になってしまいました。「お昼食べようか」と山田さんは言われ、奥さんが不在だったこともあり、生めんの即席ラーメンを手際よく作ってくれました。

ああ、こんな忙しい人にラーメンを作らせてしまったと、後悔しながら、不器用な若者はラーメンをすすったのでした。

 

 

 

 

山田ファンの始まり(8)山田太一の伴走者の妄想」に続く。





2021.5.17

 

 

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