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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

わしも介護をやってみた!(14)血尿。

七月三十日(金)

そのお爺さんの血尿を最初に発見したのは私だった。

トイレ誘導をしてもなかなか応じてくれない利用者さんが多いのだが、その人もそういう一人で四苦八苦してトイレに連れて行き座らせた。出ないだろうなあと半ば諦めていたのに、意外にも座ってすぐちょろちょろと音が聞こえてホッとした。

 

「出たじゃないですかあ。良かったですねえ」と立たせて紙おむつをあげている途中で愕然とした。便器の中が真っ赤である。

 

看護師さんを呼んだ。

看護師さんも「こんな凄いの初めて」と驚きながら「○○さんは痛がってましたか?」と私に聞いた。

当然結石を疑ったのだろう。しかしまったく痛みはなさそうだった。普通にちょろちょろとされていたので、その余りの自然さと便器の中の異常さという落差に驚いている私である。

 



センターから家族に電話連絡をすると、元々以前から血尿はあったという話であった。

そして薬も服用中なのだが、なかなか合う薬がなく処方しては効果を確かめているという段階とのこと。

 

その二日後私は再びその人の血尿に遭遇する。

トイレではなかった。

お風呂で体を洗っている途中にその人はイスに座ったまま失禁したのである。赤い液体が私のかけるシャワーのお湯と共に排水溝に流れて行った。

 




さてそのことを糸口として別の話を始めたい。それが今回のテーマである。

 

翌日の仕事終了時におけるミーティングで黒岩氏がこういう発言をした。

ある利用者さんの尿が一度も出ず、紙おむつも濡らしていなかった、一日の水分摂取量も少なかった。一度医師に報告した方がよいかも、と。

排尿排便があったかなかったかという確認はこの仕事の大きなウエイトを占める。食事の摂取も含めて健康というもの、そしてその健康さがもたらす精神的安定は利用者さんにとって重要である。



黒岩氏の発言はいつも通りの発言であったが、私は血尿のことからある疑問を生じさせていたのでこういう事を言った。

「あまりこんな事を考えてはいけないのでしょうが、お風呂に入っている時に失禁をされている可能性はありますよね。そのことを抜きに一日に出た尿の量を考えるというのはちょっとまずいのではないかと思います。先日○○さんが血尿を出された時に感じたのは、血尿だから私は気付いたけど通常の尿だったら気付かなかったろうということでした。だから洗っている時ですらそうなのですから、浴槽に入られてからと言うのはまったくチェックのしようがないわけです。ですからそういう可能性も考慮した上で尿の回数や量というのを考えるべきではないでしょうか」

 

その発言にミーティングの議長をやっていた久保田さんは同意したが、黒岩氏は自信をもってこういった。

「失禁の可能性があるなしに関わらず尿がなかったと言っているんです」と。

 

私はお風呂でどれ位の量を失禁したか確認がとれないのに、一日中尿が出なかったという断定は出来ないのではないかと言っているのだが、にも関わらずそういうことを言う黒岩氏の自信はどこから来るのかと訝しく感じた。

 

ミーティングの時間は通常15分くらいしかなくもう予定の時刻をオーバーしていた。だから更なる発言は控えたが、妙に黒岩氏が「言い張った」という印象が私の中に残った。それが私の最初に感じた黒岩氏の「幼児性」ということになるのだろうかなどと思いながらその日のミーティングは終了したのである。

 

そしてその数日後のミーティングでは、やはり尿の問題が出て「失禁の可能性は?」と聞かれた黒岩氏はハッキリと「ありません」と答えたりしている。それはどうやって確認とれるの?などと私は思ってしまう。

やはり「幼児性」なのかな?

 

 

ちなみに血尿のお爺さんの原因は膀胱に腫瘍が出来ていることだそうである。高齢であることもあり手術は断念せざるを得ないとのこと。腫瘍が悪性なのか良性なのかは我々には知らされていない。かなり遅めの歩行もとうとう出来なくなり車椅子の現在である。トイレ誘導した時だけ立ってもらっている。

 

 









15)脱落 に続く。

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