再会(4)
ここである方が「再会」とはちょっと離れた書き込みをされます。
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ある夫婦のお話をします。
私の母の両親です。
二人とも私が20歳になる前に病死しています。
この夫婦は若い頃からすごく仲が悪かったんだそうです。
長女である私の母は両親の不仲で心痛めることがたびたびあったようです。
二人ともが亡くなって数年後のことです。
母の末の妹(この夫婦にとっての末っ子、仮にK子とします)の嫁ぎ先で立て続けに不幸に見舞われるということがありました。
この家(仮にH家)の当主夫人(K子の姑)が妙な宗教に凝っていたのかもしれませんが、善後策を練るべくご先祖様の霊をお呼びすることになり、ある夜交霊師のもとにH家の人々が集まりました。(「親戚たち」のおゆらさまのシーンを思い出してみてください)H家のご先祖さまの霊をお呼びするべく交霊師は努めます。
でも、
H家のご先祖を差し置いてなんとK子の母親(私の祖母)の霊が降りてきてしまったそうです。
祖母は「A夫さん」とK子の夫、H家の長男の名前を呼び、「K子をあまり悲しませないように」と言い、(A夫氏の女性関係で当時叔母夫婦はもめていた)次に叔母に向かって、
「喋れないけれど、お父さんもすぐ隣にいる」と語りかけたそうです。
この話は、母や叔母たちが話しているのを漏れ聞いただけなのですが、
私がこの話を今思い出すのはなぜかというと、
母や叔母たちがこの話をしていたときの彼女たちの一番の関心事が、
祖母の霊が出てきたことでも、
その霊がA夫氏を諌めたことでもなく、
あんなに仲の悪かった夫婦なのに死後も一緒にいたことを何よりも重大事のように話していたからです。
叔母のひとりが「お姑さんたちあんなに仲が悪かったのに、死んでからも一緒にいてはるんやなア」というと、その場から笑い声が聞こえてきました。
このところ夫婦についていろいろ考えているうち、こんな記憶がポロリとでてきてしまっただけなんですけど。おもしろいお話なので披露しました。
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死後も一緒にいる仲の悪い夫婦。面白いですね。
いかにも夫婦らしい話だと思います。
林京子の「祭りの場」だったかなあ、原爆が落ちたあとの描写で忘れられないシーンがあります。
爆心地からかなり離れたある農家で防空壕のような穴の中に入っていた男がいたそうです。
そこに原爆が落ちた衝撃が襲ってきて、穴の出入り口がくずれ男は閉じ込められてしまった。
命からがら男は懸命に穴を掘り脱出してくるんだけど、その掘ってるあいだ男は妻を怨みつづけてるんですよね。
原爆が落ちたといっても、その直後は何がおきたのか皆わからない訳で、男も穴の外がどんなことになっているのか了解していない。
ただ、穴が地震かなにかで塞がれたというレベルでしか考えてない。
その生き埋め状態の中で男は妻を怨み必死で土を掘りつづけます。
何故怨むかと言うと、こんな穴の中に閉じ込められた自分を妻は助けもしないで、ざまあみろと笑っていると想像して怒っているんですね。
自分の身に起きた不幸を、あくまでも日常の因果関係の中だけで解釈して、とんちんかんな怒りで必死に脱出するというシーンがあります。しかも、たしか原爆のせいだと分かってからも、妻はあの時笑っていたんだといまだに怒っていたと思います。
私も妻に対して腹を立てている時、ふと自分も大きな視点をなくしてこの男のようなとんちんかんな怒りの中にいるのではないかと思うことがあります。
(ここで余り仲の悪い夫婦のことばかり書いているのも片手落ちのような気がして、友人夫婦の話を「メルヘン夫婦」と題して語ります)
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妻を愛している
と公言してはばからない友人がいます。
ウーマンリブ運動が起きようかという時に、女だけが集まってお店を経営しようと銀座に喫茶店を出した、かなり先鋭的で行動力のある女性と結婚した友人です。
その喫茶店でひとめ惚れした友人は、もんもんとした想いを押さえて押さえて押さえきれず、ある日ラブレターなる恥ずかしいものを書き上げ、決死の思いで、帰宅しようと店をでたその人に「あとで読んでください」と手渡しました。
するとあろうことか、その女性はあとで読まないで、その場でびりびり開けて読み始めました。
友人は身の置き所がなくて後悔のかたまりとなって立ち尽くしました。
翌日友人の汚いアパートのドアがノックされ、寝ぼけまなこで開けてみると、その女性が両手に一杯荷物を持って立っていました。
おしかけて来ちゃったのです。
絶対に結婚なんかしないという誓いのもとに集結した女性の先頭に立っていたその人が、一番早くリタイヤしてお店もだめになっちゃったけど、ばかー!お幸せにという祝福のもとに二人の結婚生活がスタートしました。
それから
随分の歳月がたち、
どんな
夫婦にも存在する数限りない夫婦喧嘩を乗り越えて来た友人が
「おれ女房愛してる」
なんて平然と言っている姿を見ると、
不純な私や私の友人達は
どっかおかしいんじゃないかと陰口をたたきたくなります。
でも友人はおかしい訳でもなく、嘘をついている訳でもないのです。
類い稀な出会いをした人は存在するのです。
おれ女房いないと何も出来ない人だから、何日か家をあけられたりすると台所のことなんかわかんなくて、おれホント女房いないとダメ。
なんて言ってる友人見てると
「それ、自立してないってことじゃねえかよ。お前みたいな奴がいるから老後の亭主が胡散臭がられるんだ」
なんて誹謗するのですが、
当事者の奥さんも
「あの人私がいないとダメだから」
なんて大変だけど結構生き生きしてたりして、小泉八雲じゃないけど、自立自立というけど、人は一人だけで立てるわけではなく、よりよき相互依存が大切なのだという言葉の良き例を見ているような気がしてくるのです。
奥さんも自分の為に何かをするより、人の為に何かをすることを何よりの喜びとする人なんですね。
もちろん友人も面倒見のいい、友人や若い人達からも慕われるいい奴で、なんか仏様みたいなカップルなんですね。
そんな二人が初めて夫婦喧嘩をした時のエピソードは忘れられません。
夕食時ちょっとしたことで喧嘩になり友人は奥さんをひっぱたこうとしたら、柔道は黒帯だけど、自発的な暴力は得意な方ではないので見事に空振りし、食卓のお茶碗をひっくり返し割ってしまったんですね。
すると奥さん落ちて割れた茶碗のことより、自分を叩こうとした夫の行動が口惜しくて「わーっ」と泣いてパニックになり、割れた茶碗をぐちゃぐちゃに踏みつけて血だらけになっちゃったんですね。
友人度肝を抜かれて、懸命に謝ったそうですが、それいらい二人の家庭に暴力は存在せず、喧嘩はあっても口喧嘩だけ。
類い稀な出会いをし、類い稀な関係を維持している人もいる。
不純なる私は、うーん、なのです。
こうして、まだまだ「再会」をめぐるお話は続いたのですが、きりがないのでこのへんにします。
これを読んでまだまだ言い足りないという方、あるいは私も言いたいという方、書き込んでみて下さい。
おしまい
2001年9月21日