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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

小寒む(4)

 小寒む(4)

 

○大川乾物店

 

 茶の間(夜)

テレビから銃声が聞こえている。見ている邦雄。いきなりテレビを止める初子。

 

 邦雄「なにさ」

 初子「お婆ちゃんがいないのよ。みんなで心配してるのよ」

 邦雄「テレビとは関係ないじゃん」

 初子「邦雄、本気でそう思うの。お前は心配じゃないの」

 邦雄「警察が探してんでしょう」

 初子「(孝の方を見て)あんた(と救いを求める)」

 

 孝、炬燵で夕刊を見ていた形、傍で優子がお茶をいれている。

 

 孝「邦雄お前そんな冷たい事本気じゃないよな」

 邦雄「どうしてテレビを見ると冷たいのさ」

 孝「心配でそんなもの見てられない筈じゃないか」

 邦雄「(フンと立上り)父ちゃんだって夕刊見てるじゃないか(と階段の方へ)」

 孝「(怒鳴る)邦雄」

 

パチャンと障子が閉まる。

 

 優子「内心心配してるのよ、男の子だから顔に出ないのよ」

 孝「いや、変に冷たいんだ、あいつは」

 優子「(苦笑して)自分の子じゃないの」

 孝「俺もそうだと云うのか」

 優子「そんなこと云ってないわ」

 孝「冷たい云やあ、お前の方が冷たいよ、なんだ、今日も泊まってくのに、亭主に電話もかけないじゃないか」

 優子「訳があんのよ」

 孝「どんな訳だ」

 優子「云えないわ、そんなこと」

 孝「とにかく、あてこすりみたいな事云うな」

 優子「ひがみよ、兄さんの」

 孝「何故俺がひがむんだ」

 

 「お母さん」と店の方で清二の酔った声がする。ハッとする三人、孝立って障子を開ける。

 

 

○店

 

 清二雨戸のくぐり戸を閉めて「お母さん、俺、冷たかったよ」と呟く。

 孝「なんだ清二、こんな時にお前酒のんで来たのか」

 清二「お母さんは?」

 孝「まだだ(とひっこむ)」

 清二「俺ね、お母さんに悪いことしちゃったんだよ(茶の間の方へ)」

 

○茶の間

 

 孝「(座ろうとして振り向き)なにい?」

 清二「(顔を出し)俺、冷たいことしちゃったんだよ」

 優子「いつ?」

 清二「去年」

 孝「去年の事なんか云うな。何かと思うじゃないか」

 清二「七日前だよ。大晦日の前の前の前の日だよ」

 孝「何したんだ」

 清二「俺映画に誘ったろ」

 孝「ああ、お婆ちゃん喜んで出かけてったよ」

 清二「ところがね映画館の前で俺、バッタリ会社の女性と会っちゃったんだよ」

 優子「それで?」

 清二「私も見たかったわとかなんとかしつこいんだ」

 孝「お前、おばあちゃんすっぽかしちゃったのか」

 清二「俺はいいって云ったんだよだけどさ、私はいいから二人で御覧って」

 初子「そんな事、帰って云ってなかったわ」

 清二「兄さんに云うと怒るからって云ったら、黙ってやるって」

 孝「バカヤロ」

 優子「じゃお母さん映画の時間分だけ、何処かでつぶして帰ったのね」

 清二「だからさ、俺、今度の事それが原因だったらって」

 孝「そんな事で家出するほどお袋は馬鹿じゃないよ」

 清二「そうだったらいいけど」

 孝「よかないさ、お前の冷たいのにも呆れるよ」

 清二「そうさ俺は冷たいよ、だけど兄さん達も少し変じゃないか」

 孝「俺達のことをとやかく云う資格はないよ」

 初子「聞きたいわ、私」

 清二「そんな事ってあるかね、全然やましいところがないなんてむしろ不自然じゃないか、え、優子、お前だってきっとやましいことがあるはずだぞ、きっとな(ところがる)」

 初子「清ちゃんあなたがそんな風に思ってんなら云うけど、そりゃ私だっていろいろあるわよ」

 孝「初子やめとけ」

 初子「でもどれ考えたって家出の原因になるとは思えなかったから、だから黙っていたのよ、蒲団のことだって」

 孝「蒲団?」

 初子「蒲団お母さん毎日干したでしょう、干すだけならいいわよ、だけど三十分位パンパン叩くんだもの、じゃ、どんな布地だって半年と保たないじゃないの」

 孝「それで此頃蒲団干すのやめたのか」

 初子「だけど蒲団が干せないからって家出する人がある?花のことだって」

 孝「花?」

 初子「御仏壇の花よ。三日にあげずかえてたじゃないの」

 孝「それを、お前なんか云ったのか」

 初子「花代だって馬鹿にならないわよ」

 孝「だけど、あれはお袋のたった一つみたいな楽しみじゃないか」

 初子「よくあなたそんな事云えるわね。五千円の小遣い三千円にしちゃったの、あなたじゃないの」

 清二「(起き上がり)わかったよ(腹立たしく云う)俺も兄さんも姉さんも、多分優子もな。たいした仕打ちをしてたもんだよ。それでもお母さんにこにこにこ(と涙をふく)」

 優子「私ね昼間村田さんのところへ行ったでしょう。その時、とってもドキンとしたことがあったの。村田さんね、こう云ったのよ。何処にいるんだろうなあ、この寒いのにって」

 孝「―」

 優子「私達、昨日から一度もそんな事云わなかったわね。自分は悪くない、するだけの事はした、いやしなかったってそんな事ばかり気にしてたわね。私も正直云って私のせいじゃないって、なんとなく楽な気持ちになったりしたわ。でも、本当は、原因が誰にあるなんて事より、こんな夜に、どんな思いで何処にいるんだろう、寒いだろうなあって、そう思ってあげる気持ちの方が大切よね、やましいって云えば、そんな自分が一番やましいわ、恥ずかしいわ(と深くうつむく)」

 清二「怖いと笑い出す奴がいたけど、お袋は悲しいと笑っちゃう性格(たち)だったのかなあ。そんならいつも悲しかったわけだなあ」

 孝「(そっと目を拭き)死んじまったような口きくなよ」

 

 電話のベル。

ハッとする一同。

 

 優子「(立とうとする初子を制して)私、出ます(と店へ)」

 初子「(顔を押える)」

 優子「もしもしはい、そうです―はい、あ、それ母です、母がそちらに?」

 孝「(立ち上がる)」

 

○店

 

 優子「渋谷の道玄坂病院ですね、道玄坂、―気がついて、家の番号を言ったんですね―はい」

その電話をかこむ孝、初子、清二

 

  ―WIPE―

 

 

 



小寒む-5-に続く。

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