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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

小寒む(3)

小寒む(3)





 

 

○村田花輪店

 

カーテンをかけた、ガラス戸を開けて優子が入って来る。

 花輪、造花で一杯の店内。

 誰もいない。

 

 優子「ごめん下さい」

 

 部屋と店を仕切るガラス障子がちょっと開き、寝転んでいたらしい村田雄作(60)が顔を出す。

 

 雄作「今日は休ませて貰ってるんですが」

 優子「すいません。買い物じゃないんです」

 雄作「誰もおらんですがね」

 優子「村田雄作さんじゃありませんか?」

 雄作「そうですが?」

 優子「大川です、大川の娘です」

 雄作「さてと―(と起き上がる)」

 優子「(軽く失望して)山西です、山西幾代の娘です」

 雄作「ああ幾代さんとこの(とガラス障子を大きく開ける)」

 優子「はい」

 雄作「そりゃまあ、大きくなって」

 優子「(仕方なく笑って目を伏せる)」

 雄作「それで儂に?」

 優子「はあ、でも私の見当ちがいらしいです」

 雄作「幾代さんどうかしたかね」

 優子「ええ、でも―」

 雄作「(上がり框へ座布団を置き)まあ此処へお座んなさい」

 優子「いえなんだか変ですけどもういいんです。失礼しました」

 雄作「気になるね、何があったんですか」

 優子「はあ」

 雄作「かまわなかったら聞かして下さい。誰もおらんですよ、みんなで嫁の里に行っとるんで」

 優子「はい」

 雄作「さあ」

 優子「(座り)実は、母が昨日から行方不明なんです」

 雄作「行方不明?

 優子「随分さがしたんですけど」

 雄作「そりゃ心配だが、書置きかなにか?」

 優子「いえ、ただ突然、昨日のお昼から」

 雄作「そう。―しかしそれなら一泊じゃないの。一泊ぐらい何処かで」

 優子「外で勝手に泊まるなんて母には考えられないんです」

 雄作「そう云やあそうだが」

 優子「大体外泊なんてしたことない人です。心当たりさがすったって、なんて母のつき合いは、狭いんんだろうって涙が出るくらいなんにもないんです」

 雄作「(うなづき)私まで尋ねてくれるようじゃあね」

 優子「この五・六年ですけど思い出したみたいに時々村田さんのこと話すんです」

 雄作「そう」

 優子「機のいい時に亡くなった父の話じゃなくて、あなたのことを自慢するみたいに」

 雄作「若い思い出だから、段々綺麗にしちゃうんだろうね」

 優子「まさかとは思いましたけど、念のためにお尋ねしてみようと思って」

 雄作「あの明るい幾代さんが、どうしたんだろうね」

 優子「あんまり明るいんで周りが安心しちゃって、いろいろ考えるんです」

 雄作「だからってスネたみたいに消えたりする人じゃないと思うが」

 優子「こんな事になって考えると、あなたの思い出をあんなに楽しそうに話したのは、内心母の結婚は不幸だったからじゃないかって」

 雄作「そんな事ないよ、内心不幸で、あんなに明るくしてられるもんかね」

 優子「あんなにって此頃の母を御存知なんですか」

 雄作「いや、三四年前だが、お宅の前を用事で通ってね、二言三言、話しただけだったけどね」

 優子「渋谷の道玄坂のこと聞きました」

 雄作「ああ、出征する前の夜だったね」

 優子「何回も坂を上ったり、降りたりしたそうですね」

 雄作「名残り惜しくてね」

 優子「母の鼻緒が切れて、横道で直した事も聞きました」

 雄作「ああ、不良にかこまれてね」

 優子「明日出征するんだ。今日だけの逢う瀬を邪魔しないでくれって、怒鳴ったそうですね」

 雄作「(笑って)よく知ってるね」

 優子「不良がしっかりやれって肩を叩いたそうですね」

 雄作「しっかり戦争をやらされたよ五年支那にいて、帰って来たら、当たり前の話だが、

 他所の嫁さんだったよ」

 優子「父が亡くなって、もう八年になります」

 雄作「そうかね」

 優子「失礼ですけど奥様は?」

 雄作「うん?倅と嫁の里へ、今日はね」

 優子「そうですか」

 雄作「女房がいても子供がいても、この年になると親爺父ってものは、妙に一人ぼっちなもんでねえ。そんな幾代さんの話聞かされると、なんだか無性に会いたくなるなあ」

 優子「―(うつむく)」

 雄作「何処行っちゃったんだろうねえ、この寒いのに」



 

 

 

 小寒む-4-に続く。

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