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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

小寒む(2)

 

「小寒む」(2) 




 

 ○店の前()

 

 店の雨戸をはずして、横の路地へしまう孝。

  「兄さん」と清二(27)が来る。サラリーマン風である。

 

 孝「よお」

 清二「まだ、お母さん?

 孝「うん」

 

  不機嫌に戸を運んで行く。清二ちょっと見ていて中へ入る。

 

○店

 

  「お早よう」奥を伺うように言って清二歩いて行く。

 

○茶の間

 

 優子「(食卓をかたづけながら)清二兄さん?

 清二「(顔を出し)昨日来たんだってな」

 優子「うん。御飯すんだ?

 清二「(のぞいて)普通の飯か」

 優子「三日お雑煮だもの、もう倦きたって」

 清二「俺は元旦に此処で食べたっきりだからな」

 優子「鱈昆布のお雑煮?

 清二「ああ、お袋特製のな(と炬燵へはいる)

 優子「心当り、大体みんな当たったのよ」

 清二「外へ泊るのお袋嫌いだもんな」

 優子「好きも嫌いも、泊れるところなんてないもの、お母さん」

 清二「親戚は、ないし、俺のとこかお前のとこぐらいだな」

 優子「私のとこは遠いもの」

 清二「俺のとこは、掃除と洗濯に来たように、なっちゃうしな」

 初子「(廊下をへだてた台所から来て)ああ清ちゃん(疲れた顔をしている)

 清二「お早ようございます。」

 初子「すいません、今日から会社でしょう、」

 清二「いや、どうせたいした仕事にならないから」

 初子「来て貰っても、どうしていヽか分らないんだけど」

 清二「警察へは、すんでるんですか?

 初子「やっぱり届けた方がいヽかしら」

 清二「他の者ならともかく、お袋が黙って外へ泊るなんて考えられないからな」

 初子「じゃあそれ、お願いしようかしら、」

 優子「そんな事なら、私行くわ。兄さん御用始め、休まない方がいいんじゃないの」

 清二「そりゃその方がいヽけど―もうちょっと事情を聞きたいな」

 優子「事情も何もないのよ」

 初子「―」

 清二「(困って)そりゃまあそうだろうけど」

 初子「(突然、顔をおおって泣く)

 優子「お姉さん、昨日から疲れてるのよ、」

 清二「いや、僕は、別に、そんな意味で言った訳じゃないんですよ」

 

              ― WIPE―

 

 

 

 

 ○店の前

 

  初子と孝がガタガタ雨戸を閉めている。「どうしたの」と優子が顔を出す。

 

 孝「余計な事言う奴がいるよ(乱暴に優子の前に雨戸をたてる)

 優子「(見えない孝に)なんだって?

 孝「(雨戸をすべらして顔を出し)親が何処か行っちゃったのによく金儲けが出来るだとさ」

 初子「探しにもいかないで、一家揃って家にいるって」

 優子「スーパーのお婆さん?

 孝「いいさ向うがその気なら、こっちだって、いつか全商品1割引をぶつけてやるから」

 初子「ねえ、一枚だけ開けとく?

 孝「閉めちゃえ、閉めちゃえ、また何言って回るか分りゃしない(と自分は中へ入る)

 優子「警察から今電話があったわ」

 孝「なんだって?」

 優子「都内の交通事故にそれらしい人ないって」

 

   雨戸、全部しめられる。

 

 孝「探しに行かないんじゃないよ。探しようがないんだ(と茶の間の方へ)」

 初子「(雨戸のくぐり戸から入って来て)お向かいの養子、さっきから、こっちばかり見てる」

 優子「まだ世間ってうるさいのね」

 初子「自分達が親を粗末にしてるから、私達も同じだろうって思うのよ、とんだ誤解だわ」

 

 

○茶の間

 

 孝「(寝ころがって)まるで台風だ。雨戸閉めて天井見てちゃ」

 初子「お母さんにこにこ笑ってたわよ。昨日の朝だって、白菜がほんとにうまくつかったって、にこにこしてたわよ」

 孝「―」

 初子「優子さん、あなた、どう思ってるか知らないけど私天地神明に誓って、やましいことないつもりよ」

 優子「そりゃ信じてますけど」

 孝「ますけど、なんだ?」

 優子「ううん信じてます」

 孝「どっかないかなあ、もっと探すとこ」

 優子「一つあることは、あるんだけど」

 孝「どこ(起き上がる)」

 優子「あんまりあてにならないけど」

 孝「いいよ何処だい?」

 邦雄が入って来て「あれ、休みにして温泉にでも行くの」

 孝「ふざけんじゃないよ」

 邦雄「スーパーのばばあ、うるさいのさ」

 孝「お前にもなんか言ったの?」

 邦雄「子供は親に似るから、この子も親不幸だろうだって」

 孝「畜生、あのばばあ(立上る)」

 初子「あんた」

 

 

 

 




小寒む-3-に続く。
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小寒む(3)

小寒む(3)





 

 

○村田花輪店

 

カーテンをかけた、ガラス戸を開けて優子が入って来る。

 花輪、造花で一杯の店内。

 誰もいない。

 

 優子「ごめん下さい」

 

 部屋と店を仕切るガラス障子がちょっと開き、寝転んでいたらしい村田雄作(60)が顔を出す。

 

 雄作「今日は休ませて貰ってるんですが」

 優子「すいません。買い物じゃないんです」

 雄作「誰もおらんですがね」

 優子「村田雄作さんじゃありませんか?」

 雄作「そうですが?」

 優子「大川です、大川の娘です」

 雄作「さてと―(と起き上がる)」

 優子「(軽く失望して)山西です、山西幾代の娘です」

 雄作「ああ幾代さんとこの(とガラス障子を大きく開ける)」

 優子「はい」

 雄作「そりゃまあ、大きくなって」

 優子「(仕方なく笑って目を伏せる)」

 雄作「それで儂に?」

 優子「はあ、でも私の見当ちがいらしいです」

 雄作「幾代さんどうかしたかね」

 優子「ええ、でも―」

 雄作「(上がり框へ座布団を置き)まあ此処へお座んなさい」

 優子「いえなんだか変ですけどもういいんです。失礼しました」

 雄作「気になるね、何があったんですか」

 優子「はあ」

 雄作「かまわなかったら聞かして下さい。誰もおらんですよ、みんなで嫁の里に行っとるんで」

 優子「はい」

 雄作「さあ」

 優子「(座り)実は、母が昨日から行方不明なんです」

 雄作「行方不明?

 優子「随分さがしたんですけど」

 雄作「そりゃ心配だが、書置きかなにか?」

 優子「いえ、ただ突然、昨日のお昼から」

 雄作「そう。―しかしそれなら一泊じゃないの。一泊ぐらい何処かで」

 優子「外で勝手に泊まるなんて母には考えられないんです」

 雄作「そう云やあそうだが」

 優子「大体外泊なんてしたことない人です。心当たりさがすったって、なんて母のつき合いは、狭いんんだろうって涙が出るくらいなんにもないんです」

 雄作「(うなづき)私まで尋ねてくれるようじゃあね」

 優子「この五・六年ですけど思い出したみたいに時々村田さんのこと話すんです」

 雄作「そう」

 優子「機のいい時に亡くなった父の話じゃなくて、あなたのことを自慢するみたいに」

 雄作「若い思い出だから、段々綺麗にしちゃうんだろうね」

 優子「まさかとは思いましたけど、念のためにお尋ねしてみようと思って」

 雄作「あの明るい幾代さんが、どうしたんだろうね」

 優子「あんまり明るいんで周りが安心しちゃって、いろいろ考えるんです」

 雄作「だからってスネたみたいに消えたりする人じゃないと思うが」

 優子「こんな事になって考えると、あなたの思い出をあんなに楽しそうに話したのは、内心母の結婚は不幸だったからじゃないかって」

 雄作「そんな事ないよ、内心不幸で、あんなに明るくしてられるもんかね」

 優子「あんなにって此頃の母を御存知なんですか」

 雄作「いや、三四年前だが、お宅の前を用事で通ってね、二言三言、話しただけだったけどね」

 優子「渋谷の道玄坂のこと聞きました」

 雄作「ああ、出征する前の夜だったね」

 優子「何回も坂を上ったり、降りたりしたそうですね」

 雄作「名残り惜しくてね」

 優子「母の鼻緒が切れて、横道で直した事も聞きました」

 雄作「ああ、不良にかこまれてね」

 優子「明日出征するんだ。今日だけの逢う瀬を邪魔しないでくれって、怒鳴ったそうですね」

 雄作「(笑って)よく知ってるね」

 優子「不良がしっかりやれって肩を叩いたそうですね」

 雄作「しっかり戦争をやらされたよ五年支那にいて、帰って来たら、当たり前の話だが、

 他所の嫁さんだったよ」

 優子「父が亡くなって、もう八年になります」

 雄作「そうかね」

 優子「失礼ですけど奥様は?」

 雄作「うん?倅と嫁の里へ、今日はね」

 優子「そうですか」

 雄作「女房がいても子供がいても、この年になると親爺父ってものは、妙に一人ぼっちなもんでねえ。そんな幾代さんの話聞かされると、なんだか無性に会いたくなるなあ」

 優子「―(うつむく)」

 雄作「何処行っちゃったんだろうねえ、この寒いのに」



 

 

 

 小寒む-4-に続く。

小寒む(4)

 小寒む(4)

 

○大川乾物店

 

 茶の間(夜)

テレビから銃声が聞こえている。見ている邦雄。いきなりテレビを止める初子。

 

 邦雄「なにさ」

 初子「お婆ちゃんがいないのよ。みんなで心配してるのよ」

 邦雄「テレビとは関係ないじゃん」

 初子「邦雄、本気でそう思うの。お前は心配じゃないの」

 邦雄「警察が探してんでしょう」

 初子「(孝の方を見て)あんた(と救いを求める)」

 

 孝、炬燵で夕刊を見ていた形、傍で優子がお茶をいれている。

 

 孝「邦雄お前そんな冷たい事本気じゃないよな」

 邦雄「どうしてテレビを見ると冷たいのさ」

 孝「心配でそんなもの見てられない筈じゃないか」

 邦雄「(フンと立上り)父ちゃんだって夕刊見てるじゃないか(と階段の方へ)」

 孝「(怒鳴る)邦雄」

 

パチャンと障子が閉まる。

 

 優子「内心心配してるのよ、男の子だから顔に出ないのよ」

 孝「いや、変に冷たいんだ、あいつは」

 優子「(苦笑して)自分の子じゃないの」

 孝「俺もそうだと云うのか」

 優子「そんなこと云ってないわ」

 孝「冷たい云やあ、お前の方が冷たいよ、なんだ、今日も泊まってくのに、亭主に電話もかけないじゃないか」

 優子「訳があんのよ」

 孝「どんな訳だ」

 優子「云えないわ、そんなこと」

 孝「とにかく、あてこすりみたいな事云うな」

 優子「ひがみよ、兄さんの」

 孝「何故俺がひがむんだ」

 

 「お母さん」と店の方で清二の酔った声がする。ハッとする三人、孝立って障子を開ける。

 

 

○店

 

 清二雨戸のくぐり戸を閉めて「お母さん、俺、冷たかったよ」と呟く。

 孝「なんだ清二、こんな時にお前酒のんで来たのか」

 清二「お母さんは?」

 孝「まだだ(とひっこむ)」

 清二「俺ね、お母さんに悪いことしちゃったんだよ(茶の間の方へ)」

 

○茶の間

 

 孝「(座ろうとして振り向き)なにい?」

 清二「(顔を出し)俺、冷たいことしちゃったんだよ」

 優子「いつ?」

 清二「去年」

 孝「去年の事なんか云うな。何かと思うじゃないか」

 清二「七日前だよ。大晦日の前の前の前の日だよ」

 孝「何したんだ」

 清二「俺映画に誘ったろ」

 孝「ああ、お婆ちゃん喜んで出かけてったよ」

 清二「ところがね映画館の前で俺、バッタリ会社の女性と会っちゃったんだよ」

 優子「それで?」

 清二「私も見たかったわとかなんとかしつこいんだ」

 孝「お前、おばあちゃんすっぽかしちゃったのか」

 清二「俺はいいって云ったんだよだけどさ、私はいいから二人で御覧って」

 初子「そんな事、帰って云ってなかったわ」

 清二「兄さんに云うと怒るからって云ったら、黙ってやるって」

 孝「バカヤロ」

 優子「じゃお母さん映画の時間分だけ、何処かでつぶして帰ったのね」

 清二「だからさ、俺、今度の事それが原因だったらって」

 孝「そんな事で家出するほどお袋は馬鹿じゃないよ」

 清二「そうだったらいいけど」

 孝「よかないさ、お前の冷たいのにも呆れるよ」

 清二「そうさ俺は冷たいよ、だけど兄さん達も少し変じゃないか」

 孝「俺達のことをとやかく云う資格はないよ」

 初子「聞きたいわ、私」

 清二「そんな事ってあるかね、全然やましいところがないなんてむしろ不自然じゃないか、え、優子、お前だってきっとやましいことがあるはずだぞ、きっとな(ところがる)」

 初子「清ちゃんあなたがそんな風に思ってんなら云うけど、そりゃ私だっていろいろあるわよ」

 孝「初子やめとけ」

 初子「でもどれ考えたって家出の原因になるとは思えなかったから、だから黙っていたのよ、蒲団のことだって」

 孝「蒲団?」

 初子「蒲団お母さん毎日干したでしょう、干すだけならいいわよ、だけど三十分位パンパン叩くんだもの、じゃ、どんな布地だって半年と保たないじゃないの」

 孝「それで此頃蒲団干すのやめたのか」

 初子「だけど蒲団が干せないからって家出する人がある?花のことだって」

 孝「花?」

 初子「御仏壇の花よ。三日にあげずかえてたじゃないの」

 孝「それを、お前なんか云ったのか」

 初子「花代だって馬鹿にならないわよ」

 孝「だけど、あれはお袋のたった一つみたいな楽しみじゃないか」

 初子「よくあなたそんな事云えるわね。五千円の小遣い三千円にしちゃったの、あなたじゃないの」

 清二「(起き上がり)わかったよ(腹立たしく云う)俺も兄さんも姉さんも、多分優子もな。たいした仕打ちをしてたもんだよ。それでもお母さんにこにこにこ(と涙をふく)」

 優子「私ね昼間村田さんのところへ行ったでしょう。その時、とってもドキンとしたことがあったの。村田さんね、こう云ったのよ。何処にいるんだろうなあ、この寒いのにって」

 孝「―」

 優子「私達、昨日から一度もそんな事云わなかったわね。自分は悪くない、するだけの事はした、いやしなかったってそんな事ばかり気にしてたわね。私も正直云って私のせいじゃないって、なんとなく楽な気持ちになったりしたわ。でも、本当は、原因が誰にあるなんて事より、こんな夜に、どんな思いで何処にいるんだろう、寒いだろうなあって、そう思ってあげる気持ちの方が大切よね、やましいって云えば、そんな自分が一番やましいわ、恥ずかしいわ(と深くうつむく)」

 清二「怖いと笑い出す奴がいたけど、お袋は悲しいと笑っちゃう性格(たち)だったのかなあ。そんならいつも悲しかったわけだなあ」

 孝「(そっと目を拭き)死んじまったような口きくなよ」

 

 電話のベル。

ハッとする一同。

 

 優子「(立とうとする初子を制して)私、出ます(と店へ)」

 初子「(顔を押える)」

 優子「もしもしはい、そうです―はい、あ、それ母です、母がそちらに?」

 孝「(立ち上がる)」

 

○店

 

 優子「渋谷の道玄坂病院ですね、道玄坂、―気がついて、家の番号を言ったんですね―はい」

その電話をかこむ孝、初子、清二

 

  ―WIPE―

 

 

 



小寒む-5-に続く。

小寒む(5)終

 小寒む(5)終

 

 

 ○店(朝)

 

 店の前にタクシーが停っていて、それから降りる優子、後ろから出る母(58)を助ける。

 孝も前の席を降り、その母をささえる。

 

 母の声「(降りる足だけ見せ)大丈夫大丈夫」

 清二「お帰りお母さん」

 初子「お帰りなさい」

 母「(ニコニコして)はい、ただいま。とんだ目にあったよ」

 清二「おぶおうか」

 母「なに、もうケロリなのさ。二日も気を失ってたなんて嘘みたいだよ(と奥へ)」

 清二「血管がどうかしたんだって?」

 母「コレステローラとか云うんだってさ」

 清二「コレステロールは病名じゃないだろう」

 母「そうかい、まあ、いいさ、治ったんだから」

 

 

○茶の間

 

 母「(清二にささえられながら上がる)よいしょ。あ、すまないけど熱いお茶一杯頂戴な」

 初子「はい、いま(と台所へ)」

 清二「どうしたんだい、心配したよ」

 孝「(来て)お母さん、寝た方がいいんじゃないの」

 母「うん、お茶一杯のんで」

 清二「気を失っちゃったんだって?」

 母「ニュース見ててね、暖房が暑いんだよ」

 清二「へえ、お母さんニュース映画なんか見るの」

 母「そりゃまだ五十八だもの」

 優子「ショールかけてた方がいいわ(と母にかける)」

 母「ありがと」

 清二「ねえ、それで(と炬燵に顔をつけて母をのぞく)」

 母「なんだい、子供が話をせかすみたいに(とその顔を撫でる)」

 清二「(気持ちよさそうに)へへ」

 優子「(その顔をつつき)いい気になるな」

 清二「へっ、やいてやがらあ」

 母「(笑って)バカ。それでね外へ出たらキュンと寒いだろ。急に気持ち悪くなってさ、こりゃいけないと思って、病院さがしたんだよ、人に聞いてさ、坂をゆっくりのぼっていったんだよ。そこでわかんなくなっちゃったんだねえ」

 清二「(孝へ)なにさ、それ」

 孝「つまりな。脳の血管が切れるのが脳溢血だろ。お婆ちゃんのは、血管がつまっちゃったらしいんだ」

 優子「頼りないのよ、兄さん。先生にさんざん説明されたのに」

 孝「あの医者、ドイツ語まぜすぎるんだ」

 初子「お待遠さま(とお茶をおく)」

 母「ありがと。初子さん、心配かけて、ごめんなさいよ」

 初子「いいえ」

 孝「いや、よかったって云っちゃあなんだか、お婆ちゃんが二日いなかった事、俺達、いろいろ考えさせられたよ、ある意味じゃよかったよ」

 

 外から邦雄が帰って来る「あ、お腹すいた。なんかない?」と茶箪笥へ行く。

 

 孝「邦雄、お婆ちゃん帰って来たんだぞ」

 邦雄「あ、お帰り、お婆ちゃん(と事もなげに云って菓子を頬張る)」

 初子「邦雄!どうしてあんたは、もっとあったかくなれないの」

 

 

 

○母の部屋

 

 優子にささえられそっと床につく母

 

 母「やっぱりホッとするよ、お正月だからって出歩くんじゃなかったよ」

 優子「お母さん」

 母「なんだい」

 優子「道玄坂で倒れるなんて、因縁ね」

 母「バカ」

 優子「渋谷なんて遠いのに、わざわざ行くなんて、お母さんも淋しいのね」

 母「お母さんもって、お前もなんかあるんじゃないのかい?」

 優子「わかった?」

 母「なんとなくね」

 優子「でもいいの。本当はお母さんに夫婦喧嘩の愚痴云おうと思って来たの。喧嘩して一日早く来ちゃったのよ、でもやめたわ。恥ずかしくなっちゃった。お母さんの方がずっとずっと大変なのに、お母さんにこにこにこにこ笑ってたんだもんね」

 母「別に大変なことはないさ」

 優子「ごめんね、お母さん」

 母「なに云ってんだい、お前はいい子じゃないか」

 優子「私もう一晩泊めて貰う。お母さんの横へ寝かして貰う」

 母「いいね久しぶりで」

 優子「じゃ、ちょっと旦那に電話かけて来る(立ち上がる)」

 母「―(見送る)」

 優子「こっちからあやまるの癪だけど今度だけはあやまっちゃうわ」

 母「泊まらないで帰って来いって云うよ、きっと」

 優子「そうかしら」

 

クスッと優子、陽気に出ていく。

 見送って、とり残されたようにいる母。

 微笑が消え、涙が光っている。

 

 

           -終―




2021.4.15

 

 

 

 

 

山田ファンの始まり(1)山田太一の評価

 

「山田ファンの始まり(1)山田太一の評価

 



現在(2021年)山田ファンと言われる人たちが、どれくらいいらっしゃるのか、私は知りません。

でも、予測として減ってきているだろうと思っています。

それは「山田ファン、もう、や~~めた」という人が出現しているということではなく、高齢山田ファンが少しずつお亡くなりになってきているからです。





60年代後半にテレビに登場した山田さんの作品は、お茶の間の人々を魅了してきました。当時家庭を営んでいたお父さんお母さん、息子や娘たち、そしてそのお爺さんお婆さんの心に届きました。「ふぞろいの林檎たち」もなく「男たちの旅路」もなく「早春スケッチブック」もなかった頃から、山田さんと伴走してきたファンたちです。

 

 

もちろん逆に新しい山田ファンも出現しているでしょう。

今のところ少ないけど放送はありますし、小説、エッセイ、戯曲は、市場に流通する限りは、人々を魅了し続け、ファンは誕生し続けるでしょう

 



でも、リアルタイムで山田作品と伴走できなかった人たちです。

可哀想な、と言ったら失礼ですが、山田さんが孤高の巨匠になられた姿しかご存知ない方たちです。

 

そういう方たちには、これから私が語ることは、意外なことに思えるでしょう。

そう覚悟してお読み下さい。

 

 

 


私は1970年に山田さんに初めてお会いしたのですが、当時山田さんは一介のライターに過ぎませんでした。

いえ一介どころか、無能な日和見作家だと思われていました。

というと「本当か?」と皆さん驚かれるでしょう。

「ふざけるな!」とお怒りになられるでしょう。

あくまでも私の周りではと、限定情報としてお伝えした方がいいのかも知れませんが、そうではないのです。




もちろん山田さんが関わっているテレビの業界ではそんなことはありませんでした。期待の新人ライターとして、木下プロのメインライターとして仕事はひきも切らずだったようです。

でも問題は、そのテレビ業界がどう見られていたかということです。




 

私はその頃漫画を描いていました。

漫画家仲間と話すことは、漫画のことは当然のこととして、映画、小説、舞台と多岐にわたりました。その中で映画は最大の関心事でした。

漫画にとって映画は親戚でした。漫画は音の出ない映画という考え方もあり、多くのことを映画から学んでいました。数ある名監督の中で特に黒澤明は別格でした。「七人の侍」「天国と地獄」「用心棒」等々、その完全主義に裏打ちされた娯楽性の追及に仲間たちは心酔していました。

 




それに反してテレビドラマというのは舐められていました。電気紙芝居と揶揄され、映画に比べれば子供だましと思われていました。映画の完成度の前には、テレビに感動する奴なんて批評眼の甘い奴と思われていました。テレビが黒澤に勝てるのか?と思っていたのです。

 

それは仲間だけではなく、映画関係者も同様で、映画産業は斜陽化していたこともあり、テレビ業界に転身する奴というのは、安易に流行りにのる調子のいい奴、節操のない奴と軽べつされていました。テレビにシッポをふらないことが正義であり、それが映画人としての矜恃だと思われていました。

 

 


後述することになりますが、山田さんの誘いで脚本を書くことになった時、スタッフ会議の席でこういう話を山田さんはされました。



「この前○○(米国の作家)の伝記を読んだら、○○は、下積み時代、ハリウッドのシナリオライターにまで身を堕としていたと書いてあってね」

そう山田さんが苦笑気味に言うと、参加していたライター全員がどっと笑いました。

身を堕としていたです。まるで売春婦。




○○はテレビのシナリオライターではなく映画のライターをやっていたわけですが、事情は一緒で、シナリオライターというのはその程度のものと米国でも思われていたということです。まして、更に一段低いと思われているテレビのライターは、軟弱な、いい加減な商売と思われていたのです。

 




山田さんのNHKテレビ小説「藍より青く」が松竹の森崎東監督により映画化された時、キネマ旬報で映画評論家が「藍より青く」をこう評しました。

 



「山田太一の原作は野心的だが、テレビになるとどうしても冗漫になる。テレビ製作者たちが、目下模索中だからそうなるのか、あるいはテレビそのものに絶望しているせいなのか分からぬが、NHKでさえそうなのだから、民放の製作者たちが、テレビドラマを投げ出してしまうのは当たり前のことなのか。そこには、活動写真時代の映画表現しかなく、芸術表現の意識より、報道以前のポンチ絵しかない気がする。

 

ここで、テレビドラマと映画の関係をどうしても考えてみたくなるのは、仕方がないことなのだが、さてそこで、森崎東の映画を考えると、このテレビ小説の人物設定が生きて来て、それを一本の映画に組み立てると、立派に見られる作品になるということはどうしたことか。よくいわれるように、人間の精神集中は、一時間半から二時間らしいが、そういうコンパクトされた主題が、映画を支えていること。それが、映画のエンターテイメントの主要な部分であることを、この作品は呈示していないか。

映画とは別な娯楽が誕生しつつあるという発想を、このテレビ小説から引き出すことがどうしても無理な気がするのは、テレビ製作者たちの懈怠とも言えないか。

 

なにもいまさら、懈怠などという変ないい方をしなくてもいいが、映画と同列である『映像』に頼るべきテレビが、やはり、ほかの文学とか講談とか、その他もろもろの芸能のように、映画に栄養を与える素材でしかないということは、考えてみれば妙なことである。

 

これが山田太一の責任なら、ことは簡単だが、テレビ小説という着想そのもののイージーゴーイングが、この冗漫の根本原因であり、その証拠に、映画はちゃんとまとまっている、というところに、映画とテレビの問題はありそうだ。

 

テレビは、所詮、ナマの報道を不キッチョに送信するだけのもので、芸術活動に参画できないし、参画しようという才能を、その機構のなかで、人材として持ち合わせていないような気がする。石井ふく子一人に頼っているテレビドラマの世界の気の遠くなるような貧困さとでもいうべきだろう」(サイト「私の中の見えない炎」の資料より引用)

 

 





ややこしい言い回し、一方的理屈でテレビドラマへの蔑視感情を述べていますが、これはこの人が特殊なわけではなく、当時の人々の代表的意見だと私には思えます。


テレビドラマと映画が同じ映像表現じゃないかという誤った認識の上に胡坐をかき、一時間半から二時間がベストなサイズなのだと言い放ち、長い長い時間をかけて人々の生活を描いて行くテレビドラマの特殊性を、テレビの新たな可能性だと認識していた山田太一とはまったく違うところにいたということです。

 

 

 

 

そんな風潮の中で、山田太一のテレビドラマに感動した私がいたわけです。

 

 

 

 

     山田ファンの始まり(2)山田太一は作家なのか?」に続く。

 

2021.4.24