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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

わしも介護をやってみた!(9) 黒岩氏のこと。

七月十一日(土)~七月十三日(火)。

傲慢。

年輩職員に対してもぞんざいな口をきき退職にまで追い込んだ。介護の実際に際してはまったくの素人なのに謙虚さがない。黒岩氏に対しては非難轟々で、その傾向は橘氏の退職によって更に強くなって来ている。

 

ある女性は最近のエピソードを憤る。

「黒岩さんはもの凄く遠回りをするの。それで利用者さんに飲み物も飲ませないのよ」と。

 

どういうことなのかと言うと、日曜日に三人の職員で近くの町の「七夕祭り」に利用者さんを連れて行った時のことである。「七夕祭り」の帰りに渋滞に引っ掛かり予定通りに帰りつけないのではと思われ別ルートを走り始めた。もちろんそちらも詰まっていたが国道ほどではないと予想された。

 

女性はそこで少し車を止めて休憩し、持参した飲み物を利用者さんに飲んで頂きましょうよと提案した。渋滞の走行とはいえ、随分長いことノンストップで走っていたのである。すると黒岩氏は「どうせノロノロ運転なんだから、このまま飲んで貰って下さい」と言ったという。

女性は驚いて「センターで飲む時ですら介助の必要な人がいるというのに、いくらノロノロ運転でもそんな事出来ないでしょ。何も長々停車するという事ではなく五六分の事ですよ」と抗議したと言う。

 

すると反論されたのが気に障ったのか黒岩氏は返事もしないで走り続ける。女性は暫く黙っていたが、いくら経っても止まる気配がないので再び抗議した。しかしまったく返事はない。黒岩氏は完全に臍を曲げているのだと認識する。

 

やがて女性はもっと変なことに気付く。

曲がるべき交差点を曲がらなかったのだ。このまま直進し続けたらセンターから遠ざかる一方である。この人は渋滞を迂回したのはいいが、よく道を分からないで走っている。いや、臍を曲げてしまって平常心をなくしているのかもしれない。

このままでは益々時間の遅れを取り戻せなくなる。

次の道で曲がれば最小限のロスで済む。そう思った女性は、黒岩氏のプライドを傷つけないようにそのことを伝えたと言う。黒岩氏は面白くない顔をしたが無言で従った。

 

そんなこんなでかろうじてセンターに帰り着いた苦労話を女性はした。

そして言った。

「人の批判が気にいらないのは分かる。私だって正しいことを言っているとは限らない。でも、その不快さを利用者さんの前で出すのはどうかと思う。結局飲み物は利用者さんに出せなかった。こんな事、つまり仕事以前のことで苦労するのはたまらないし、何よりも利用者さんに申し訳ないと思う。あの人はそういう事がまるで分かっていない」と黒岩氏の人間的未熟さを誹謗した。

 

私も話を聞きながら、もしそれが女性の感じた通りの出来事であるのなら、黒岩氏は傲慢というより幼児性の強い人間ということになってしまうと思った。真実は何処にあるのか。

 

さて、それはともかく私は黒岩氏をどう捉えているのだろう。

私は現時点ではそのように極端な幼児性に遭遇したことはない。

確かに二十五歳という若年ゆえか、主張を通すことに躊躇いがなく「正しいことは主張していいんだ」という「単純さ」が見て取れる幼さを感じるだけで、それ以上の支障は感じていないし、そんなに間違ったことを言っているとは思えない。むしろスポーツクラブのインストラクターをやっていた過去もあって、ボディメカニクスなどの教えは成る程と感心させられているくらいである。

 

ただ橘氏の一件の時、それまでの橘氏との経緯がどうあれ、彼が一片の後悔もなかったことが残念だと思うのみである。彼は「橘さんへそ曲げちゃった」と言っただけで、退職という事態になってもさしたる反応がなかったのである。

彼の中では「ダメな奴は排除する」という論理しかないのだなと思わざるを得ない。

 

そんな中で、私自身は彼の論理では「ダメな奴」という評価にはなっていないようである。むしろ私に対して妙な劣等感すら持っているふしが見える。どういうことかというと、例えば首からかけている職員証のプレートの肩書き部分が私一人だけ赤い文字で書かれているのを気にしていたりするのだ。

 

最近入った私と同じ新人も含めて全員黒い文字で書かれているのに、私だけ赤い文字なのだ。理由は不明だが、そのことを彼は将来の幹部候補ゆえの色分けではないのかといった空想を、あくまでも冗談めかして言ったりするのだ。

 

ある時こういうこともあった。社会保険加入のため年金手帳を提出する際「寺尾さんは選挙なんか出ちゃいそうだから、未納議員になったりしないようにしないとね」などと、これも冗談めかしてだが、でも半ば本気で言ったりするのである。その私に対するイメージの広げ方に驚いてしまうのである。

その空想のあり方は十分幼児的と言えるかも知れない。

 

 













10)イメージ に続く。
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