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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

わしも介護をやってみた!(12) 五十嵐氏のこと。

七月十七日(土)。


さて私と同じ新人非常勤職員五十嵐氏の話をしたい。

彼は三十三歳。

私などよりはるかに若く、しかもイケメンで、もと営業マンだったこともあってソフトな喋り方の好印象の青年である。ドライヤーなどのかけ方もまるで理容師していたんじゃないの?と言いたくなるほど上手である。

 

私などただガーガー熱風をかけているだけだけど、五十嵐氏は「湯上りでお暑いでしょうから、まず冷たい風からおかけしますねえ」などと細かい配慮をし、ブラシも巧みに使いながら髪を整えていく。いや、まったくかなわないなあと思う。

 

ところが、それがいけないと五十嵐氏は叱責されるのである。

ある非常勤女性に「そんなかけ方じゃダメよ、もっと熱風かけなきゃ」と言われたのである。五十嵐氏は「あ、そうですか、すみません」と謝っていたが、あとでお風呂の脱衣室で一段落した時に私に話しかけて来た。

 

「あの時、キレそうになりましたよ」と五十嵐氏は愚痴る。「あの人の言葉、あれはないですよねえ、ふざけるなですよ」と怒る。「要するに『もっと早くしろ!』って言ってる訳ですよね。でもあの時利用者さんがたてこんでいたのなら分かるけど一人しかいなかったんですよ。なのにどんなかけ方しようといいじゃないですかねえ」と更に愚痴る。

 

私は「丁寧に仕事をしている事が、ある面からはグズグズしているという評価になる事はよくある事だからねえ。気にしない方がいいよ」と答える。でも五十嵐氏はその事だけではないのだと愚痴は続く。

何だか女性たちの風当たりが強いのだと言う。利用者さんと会話をしたり将棋をさしたりしていると「一人に対する時間が長すぎる。たくさんの利用者さんを接待しているということを忘れないように」などと注意されたりする。

 

さっき洗濯した足拭きマットを干している時だって、まず一本のロープに何枚かけられるか二つ折りでざっとかけていたら、「それじゃ乾きがおそいでしょ」と女性に注意されてカチンときたと言う。

「二つ折りで干すわけないじゃないですか、ただバランスをみていただけなのにそんなこと言われて、あたま来ちゃいますよ。寺尾さんもこんな風に言われます?」と五十嵐氏は言う。

 



私も女性に注意はされるが、そういう雰囲気ではなかった。
もっとも私はニブイところがあるから感じるべきところを感じてないのかもしれないが、でも五十嵐氏にそれを言うわけにはいかないので「いや、私もグサッと来るようなこと言われますよ」と嘘をついた。

 

「何かヘンなんだな。最初はそんな感じじゃなかったのに、二週間くらい前からこんな感じなんですよ」と五十嵐氏は言う。

私はそれを聞いてピンと来るものがあった。二週間前と言えば、その頃五十嵐氏は「黒岩の仲間だ」と女性たちに「認定」されたのだった。


あの「七夕事件」の時でも添乗の一人だったのだが、黒岩氏に苦情を言った女性に言わせると「橘さんにはあれだけ酷い言い方してたくせに、五十嵐さんにはなあんにも言わないのよ。信じられない」と、まるで黒岩氏は五十嵐氏を贔屓している確信を益々得たかの如き言い方だったのである。

 

もしそのような気持ちの反映が女性たちの注意指導という行動に表れてきているのなら難しい問題である。もちろん意図的なものではないだろうが、定まった評価を基準に人の行動は規定されてしまうのだから無自覚なものが出るのは致し方ないと思う。

 

私は「気にしないほうがいいよ、仕事のマニュアルも教える人によってバラバラなんだから、Aさんの言われた通りにやってたらBさんに叱られるし、かといって教えた人の名前をだしたら気まずいことになるし、どうしろって言うんだってことが一杯ある。でもこういう指示系等に乱れのある職場というのはよくあることだよ、暫くは我慢するしかない」と言ったが、五十嵐氏は「いざとなったらケツまくるだけですよ」などとおだやかではない。



さてさて、どうなっていくのか。

 

 






13)ホステスの世界 に続く。

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