わしも介護をやってみた!(18) 丸井さん。
八月十三日(金)。
丸井さんの奥さんが死んだ時、ある非常勤の女性はビールを飲んで思いっきり泣いたという。
この仕事をしていると人間の死というものに慣れっこになってしまうところがあるのだけど、私はそうなりたくないと思っている。でもそのことを差し引いても丸井さんのあの愛妻家振りを思うと悲しくなったと女性は言った。
丸井さんは老人ではないが思考や認知に問題がある。まだ四十代五十代とも思えるのに殆ど痴呆状態である。だからと言って若年性のアルツハイマーという事ではない。体は至って健全である。
しかし子供のように一日中色鉛筆で塗り絵をしたりして、年齢通りの壮年期の面影はない。お風呂の時も自分で脱ぐことも着ることも出来るのに「私はできません、できません」とブルブル震える。「トイレ行きましょう」と言うと「トイレ行きましょう。トイレ行きましょう」と反復する。で、トイレに行くと「オシッコ出来ません」などと言って私たちを戸惑わせる。
脳が問題なのだ。
痴呆と言うより障害である。
障害を抱え込んだのはそんなに昔のことではない。むしろ最近と言ってよいだろう。
ある時、丸井さんの奥さんが病に倒れたのが原因だそうである。
奥さんに惚れる余り、何もかも奥さんに依存していた丸井さんは奥さんが病床に伏すという現実に大変なショックを受けたのだが、あろうことか病状が悪化して奥さんが死んでしまうかもしれないという局面にとうとう耐え切れず、首吊り自殺を図ったというのだ。
幸いにも丸井さんは一命を取りとめ、奥さんも奇跡の回復したと言うのだが、自殺の際に脳に長時間血液がいかなくなったことは致命的で、障害が残った。
奥さんは病から立ち直ったらまた大変な介護人生が待っていたわけで、その苦労のせいなのか最近帰らぬ人となった。
不運といえば不運である。
奥さんが本当に死んだ事を丸井さんに知られたら再び自殺の危険があるので、周りの家族は今も秘密にしているとの事だが、もうそういう現実を認識する能力もなくしているのではないかと思える丸井さんの姿である。
奥さんが病気で首吊りなんて、男の自分としてはなんとも不甲斐ないと思ってしまうが、女性にとっては「愛妻物語」なのであろうか。
少なくともビールを飲んで泣こうとは思わない。非人情?
(19) 二回目のミーティング に続く。