わしも介護をやってみた!(21) 行ってらっしゃいお姫さま。
九月二十三日(木)。
その日一番目に迎えに行くのはNさんというお婆さんだった。
この人は必ずと言っていいほどトラブルがある。とにかく車に乗せるまでが一苦労である。ガスの元栓チェックはもちろん、電気のスイッチ、戸締りもチェックする。
いつだったか「食器を洗ってるから出かけられない」などと言われ、急遽私が洗い物を済ませてやっと車に乗せたということもあった。息子の嫁が逃げて行ったことを自分のせいだと心配し、自分なんかくたばってしまえばいいんだと言っていた方である。
この人をうまく誘いだせるかどうか、それによって後の送迎の時間表が変わって来る。私と添乗員(馬飼野さん)は気合をいれた。
お宅へ伺うとNさんは玄関の前の木箱に腰かけて泣いていた。
馬飼野さんが「どうしたんですか?」と聞くと「昨日息子が私を殺そうとしたんだよお」と凄いことを言い、杖を握りしめて泣いた。
「ひいいい~」というNさんの声が静かな朝の住宅街に響き渡った。「あたしゃあ口惜しくて口惜しくて生きていたくないよお」と嗚咽するNさんに馬飼野さんは「そうですか。では一度車に乗りましょう。車に乗ってからいろいろお話を伺います」と乗車を促した。
すると「行かないよ!!もう死んだ方がましさ!!」とNさんは叫んだ。
そして「ありがとうよ。あんたたちは仕事だもんね、突然行かないなんて言ったら迷惑だよね。でもごめんよ。今日は駄目。行く気になれない」と言い再び「ひいいい~」と泣いた。
馬飼野さんと私は相談した。このままここで手をこまねいている訳にはいかない。こういう時は他の利用者さんを先に迎えに行き、最後に再びこの人を迎えに来て説得するというのが常道であるが、このままの状態でNさんを放置しておくわけには行かなかった。「殺そう」とした息子さんは、もう仕事に出かけていてNさん一人なのである。
私たちは富士見さんに無線をいれた。
富士見さんは「すぐ行きます」と言い、本当にすぐ来た。一番目のお宅だから車で一分なのである。
そしてとりあえず後のことは富士見さんにまかせて私たちは残りの方の送迎に向かった。
富士見さんはかなり説得したそうだが、その日Nさんはセンターに来なかった。家の中を確認したら一応食べ物はあったので一日家にいても大丈夫だろうと富士見さんは判断し、あとでケアマネに来てもらおうと思ったそうである。
Nさんが本当に殺されそうになったのかどうかは分からない。ただ昨夜は息子さんの他にも誰か女性がいて、Nさんにそういう気持ちを持たせるようなことを言ったらしい。もちろん妄想も入っている方なので一方だけの話を聞いて断定するようなことではなく、富士見さんもとりあえず細かい対応はケアマネにまかせるしかないと思ったそうである。
老人と家族の問題は決して一筋縄な世界ではない。
たくさんのしこりを抱えている。奇麗事ではない肉親の世界がある。
大抵の家庭はお嫁さんや娘が介護にあたっているが、やはり送り出し方ひとつをみても様々な軋轢を感じさせる。
あるお嫁さんはお婆さんに「行ってらっしゃいお姫様」と皮肉っぽく言って送り出した。辟易した表情だった。
そのお婆さんはとても世話焼きで体は健全な方なのだが、かなり痴呆の入った世話焼きはとても危険であると職員一同緊張している。
例えばある人がソファーで昼寝をしていると、突然その足をわしづかみにし、タオルケットの中に足をいれてしまう。
つまり足が出ていて寒いだろうという世話焼きなのである。でも何もその人には言わないで突然そういうことを行うので、やられたほうはビックリする。そのビックリさせたことには何の反省もない。
ある時は人の落としたお箸を拾ってあげようと、あっと言う間にテーブルの下にもぐりこみ職員を戦慄させた。
自分の思ったことはどんな失礼なことであろうとポンポン言う。親切で言ってるんだからという気持ちなのである。
そんな調子で誰にでもかまうので、怒り出す利用者さんもいる。しかしこのお婆さんの気持ちの中では水戸黄門の印籠のように「思いやりという免罪符」が輝いている。一点の曇りもない。世話焼きは彼女の「存在意義」なのである。
間違いなくそのパワーは家庭でも発揮されていると思われ、家族の疲労度は相当なものだと思う。「行ってらっしゃいお姫様」という言葉の背後にどれほどのものがあるのか計り知れないという気が私はする。
そしてこの人という訳ではないが、その背後に老人虐待という事実が存在する。
入浴介助時に利用者さんの体の観察をするのはそういう「跡」を発見するためでもあるのだ。決して健康だけを願ってやっている訳ではない。
痣を発見したと終業ミーティングで発言すると富士見さんは必ず「つねったような痣でした?」と聞く。
私はドキっとしてしまう。そういう視点で痣を見る習慣がないのだ。
愛憎の世界の生臭さは一通りではないと思う。