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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

わしも介護をやってみた!(29) マツケンサンバ

十二月五日(日)。

十二月に入りスーパーや商店街ではクリスマスの飾り一色となった。

センターでも当然クリスマスイベントを用意している。

十二月二十日(月)から十二月二十五日(土)までの一週間「クリスマス会」を行うのである。

それはあくまでもセンターとして企画するプログラムであるが、そのプログラム以外に非常勤職員で何かかくし芸をやろうと伊豆さんが言い始めた。というかそれは毎年恒例らしい。

 

去年はあの腹話術も手品も出来る達者な人がいたので、非常勤職員のある種「華やかなショー」が可能だったが今年はその人はいない。でも私たちだけでも利用者さんに楽しんでもらうために何かやりましょうと伊豆さんは言うのだ。

といっても非常勤職員というだけあって全員一週間出ているわけではない。だからとりあえず月曜のメンバーだけでも何かやろうという提案であった。次の月曜日までに一人一案という課題が与えられた。

 

私は唸った。

まいったなと思った。

かくし芸だのカラオケだの宴会モノが大嫌いなのである。

この仕事を始めてからは、当然利用者さんとカラオケを歌ったりすることもあり、むしろカラオケや人前に出ることを躊躇する利用者さんを誘う立場なので、なんとか恥ずかしさを乗り越えて歌ったりパフォーマンスをしたりしているが、出来ることならやりたくないというのが本音であった。

 

しかし、この仕事というのはある種のエンターテイメント性が必要であることは日々感じていた。伊豆さんは「南京玉すだれ」などの芸を持った多才な人で、伊豆さんに及ばずとも、そのような傾向に我が身を投入しなくてはならないと思っていた。

つまり自己の羞恥心などというものは二義的なものとし、一人一案を懸命に考えることになった。

 

その翌朝テレビで松平健の舞台で人気の「マツケンサンバ」がNHKの紅白に出ることを報じていた。舞台の陽気なマツケンが映った。その華やかな映像を見て思った。これを皆でやったらどうだろう。

お年寄りは「暴れん坊将軍」などの時代劇が大好きである。そのマツケンが陽気に歌い踊る。関心がないわけがないと思った。

しかもこれはおふざけムードたっぷりで、腰元風の女性も多数踊っている。マツケンだけではなく女性にも華がありユーモアがある。真面目なカラオケ風では嫌だが、これは何だか自分も乗れそうな気がした。

 

翌日センターで提案すると皆ドッと笑った。

冗談でしょう?と皆戸惑いながらも楽しそうな顔をしていた。

伊豆さんや新人女性たちは乗り気になったが、踊りの映像も音楽も手元にない。それが短時間に手に入れば本格的に動き出そうということになった。

そして数日後私はインターネットで「マツケンサンバⅡ」の動画映像とダンスステップの解説を手にいれた。

早速テープにダビングして皆に渡すと「ええ?ほんとにやるのう」と戸惑いながらも大笑い。事態は動きだした。

 

結構ステップは難しい。忠実にマネするのは不可能だが、華やかだし楽しいし、きっと喜んでもらえるものが出来そうだという予感がする。

きゃあ、きゃあ、クラブ活動のような活気でみんなと盛り上がった。

 

そして伊豆さんは二人っきりになると、それとは別のことを私に聞いた。「五十嵐さんはその後どうですか?」と。

私は「う~~ん、努力のあとが見えないわけではないけど、基本的にあの人の限界かなって印象ですね」と答えた。
確かに何がしかのサジェッションは黒岩氏から行ったのであろうという動きの変化はあったが、基本的に人間関係に対する病理が治るわけはなく、流れの読めない仕事ぶりは相変わらずであった。とにかくチームワークを要求される仕事をしているのに、個人プレーだけで仕事をしようとしている弊害は大きかった。

 

だから今回のかくし芸にしても、あっさりと参加を拒否していた。

カラオケとかは病的なほど嫌がる傾向があり、そのようなイベントがあるとまったく遠くにいて、仕事だというのにその時間だけ傍観者を決め込んでいる五十嵐氏だった。歌わなくとも、利用者さんの立ち上がりとか危険なことに対処しなくてはならないのに、それすらしないで遠くにいるのだった。

 

この仕事をしている以上、ある程度割り切って参加するのが誠実な職員だと私は思う。言ってみればホステスが私はカラオケ苦手だからやりませんと言っているようなもので、それではサービスにならない。下手でもやらなきゃ仕様がないじゃないか、プロ意識に根本的に欠けていると私は腹を立てていた。

そのことを伊豆さんに話すと「そうですよね」と同意してくれた。

そして伊豆さんは五十嵐氏のことはおいておくとしても、このクリスマスのかくし芸を契機として、新人さんたちとのコミュニケーションを深めたいと言った。

あの以前の素晴らしいチームワークで利用者さんにサービスを提供していた時代をもう一度目指したいと言った。フロアの中でアイコンタクトがとれた時代を取り戻したいと言った。

新しい体制の中でギクシャクした関係を口惜しく思う伊豆さんの姿がそこにあった。

 

「マツケンサンバ」という出来るか出来ないかまだ分からないかくし芸は、たんなるシャレに留まらず、人間関係と仕事関係の成熟を願うイベントとしても進行し始めたのである。

 

 

 







30) コーラスライン に続く。

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