わしも介護をやってみた!(31) 月曜以外にマツケンをやるのか?
十二月九日(木)。
前にも書いたが、このかくし芸は月曜のメンバーだけの企画である。
非常勤職員であるため一週間を通して全員が出勤するわけではないという事情により、とりあえず月曜だけの企画ということになる。
でも当然せっかく覚えるのだから一日だけでは勿体ないという気持ちがみんなの中に芽生え始めた。月曜日のメンバーは他の曜日もパラパラと出ている。だから週五日出ている私がいる限り、もう少しバックダンサーをプラスすればショーは可能なのであるが、問題は他の曜日の非常勤職員がやる気になるかである。
ということで伊豆さんは他の曜日の人にも声をかけ始め、私も新人女性に殆ど無理やりビデオを渡し始めた。「え~~~!」と殆どの人が迷惑そうな顔をする。
古株非常勤職員の中でも「ヤダ」という人もいる。まあ、恥ずかしい事である。気持ちは分かる。
でも最古参の馬飼野さんは全面的にあなたの意向に従いますと言ってくれた。有り難い。
そのように、それぞれの戸惑いをみせながらも多くの人がやりましょうかという動きになってきた。
ただ女性で伊豆さんに次ぐ古株である宮口さんには伊豆さんから話が少し行っただけでまだ確たる返事は来ていなかった。「一応ビデオ見てみるけど」との事で話は止まっていた。消極的な印象を私は受けた。
勿論宮口さんとて利用者さんを楽しませることが出来るなら労は惜しまない人ではあるが、私は少しその消極的態度に何か裏があるのではないかと勘繰った。
つまり一応このようなことをやり始めた主催者は伊豆さんだが、マツケンサンバを発案したのは私である。そして週五日出ている私は全員に会う機会がもっとも多いこともあり、伊豆さんではなく私を中心にかくし芸企画は進んでいると言ってよい状態になっている。
古株の方から見れば、ほんのこの前入ったような人間が、先輩たちを差し置いてなにを騒いでいると思われはしないかと気になっていたのである。
ちゃんと根回しをしていればよかったが、結果として新人たちを扇動し企画進行させ既成事実を作ってから先輩に話が行くというマズイ状態になっているのである。ある種の先輩としてのプライドを傷つけることになってはいないか、そういう懸念があった。
そんな時に管理者の富士見さんが声をかけて来た。
「ねえ、マツケンは他の曜日もやってくれるのかなあ?」と。
クリスマスのイベントは勿論センターとしても企画しており、その中のかくし芸コーナーという一コーナーを埋めるためのものとして我々は動いている。
しかしマツケンをやるということはセンター中の話題となっていて、練習風景を事務所のケアマネなどが覗きに来るほどの過剰な人気を呼び始めている。一コーナーどころではなく、すでに今回のクリスマスの目玉企画として成長してしまったのだ。
管理者としても期待しているという富士見さんの問いに私はこう答えた。
「多分出来ると思います。伊豆さんは出勤日でなくともショーにだけは出て来ると言ってますし、ナースの榊原さんも毎日出勤しています。だから最低二三人はバックダンサーがいる事になります。出来るのではないかと思います」と。
富士見さんは笑って「ありがとう。楽しみ」と言った。
私はここでもある中心的立場に立たされていることを感じた。
つまり何故かくし芸のことを富士見さんは伊豆さんにではなく私に聞くのか。伊豆さんは富士見さんらを批判している勢力である。それ故に気軽にこういうことを聞く雰囲気にないのだと思った。
私はそういう新管理体制と古株非常勤の対立構図の中で、どちらにも通じた人間としてのポジションを獲得しつつあるのだ。
それはイソップ物語のコウモリのように、ひょっとするとどっちつかずの卑怯な人間として指弾されるかも知れない危険性を孕んではいるが、また、ひょっとすると和平が可能な道筋を私が作れるかも知れないということでもあるのだ。
マツケンサンバを企画し、それをあっと言う間に新人たちに浸透させた私は誰よりも人心を掌握したフィクサー的立場を固めつつあるのである。
だからこの前入って来たような新人がそのような立場になってしまったことを、古株の方々は面白く思っていないのではないかと私は心配になった。
事実「ヤダ」と言った古株女性から「マツケンは誰がやるの?」と聞かれ「今のところ私がやるのではないかなあという感じですよ」と返事したら「ほう。のってるねえ」と妙に皮肉っぽく言われたのである。
まあ、この人はもともとズケズケと物を言うタイプの人で特別ウラはないと思えるのだが、宮口さんの消極性とも重ね合わせると、心配な思いが広がっている。
(32) 忘年会 に続く。