わしも介護をやってみた!(33) ふたたび月曜日のレッスン。
十二月十四日(火)。
土曜日の忘年会から一日挟んだ月曜日。
再びレッスンの日が来た。ミ-ティングが終り早速踊りの準備に入る。五十嵐氏はそそくさと帰り支度。
その五十嵐氏に伊豆さんが「五十嵐さんもどうですか?」と誘いをかける。当然五十嵐氏は軽く否定のジェスチャーをして帰ってしまう。そうだと思う。参加するわけがない。私ならとっくに諦めているが、それでも誘いをかける伊豆さんの「気さくな執念」も凄いと思う。そういうマメさがグループを補強拡大させていくのだと思う。
しばらくして黒岩氏がフロアを通りかかったので伊豆さんは黒岩氏にも「黒岩さんも参加されるんでしょう?」などと誘いをかけている。
凄いぞ伊豆さん。
黒岩氏は「え?それほん決まりですか?」なんて笑ってさっさと行ってしまう。
あとで聞いた話だが、富士見さんから伊豆さんの方に「黒岩くんも誘ってあげて」と言われたそうである。五十嵐氏とはまた別の意味で非常勤の人と上手く行っていない黒岩氏に、交流の機会を与えたいという富士見さんなりの配慮であった。でも無駄。
レッスンを開始すると、凄い。
みんな格段の進歩である。
ところどころつまづきはあるが、実になめらかに動けるようになっている。
私はマツケンなので、私が登場してからは全部私の背後の踊りになってしまい、女性たちの動きは確認出来ないが、最後の「マツケンサンバァ~、オーレイ!!」で全員ポーズを決めると一斉に「ワー!」と歓声があがった。それほどうまくいったのだ。
もう一回踊ってみる。
やはり最後の決めが終ると「ワー!」と歓声があがる。どうやら本当に「決まって」いるらしい。
あとはコスチュ-ムのこと、マツケンのソロダンスシーンをどう演出するかということ、そして全ての経費は自腹なので、それぞれの支出はあとで折半しようなどということを話し合う。
私はマツケン役の白塗りをどうすれば再現出来るかということで考え込んでしまった。
「ヒャッキンの化粧品に何かないかな?」
「小麦粉つければ」
「でもそれだと眉毛と目張り描けなくなるんじゃ」
「黒のビニールテープを切って眉毛やまぶたに貼れば結構効果でるけど、小麦粉つけたら貼れない」
「絵の具を塗れば?」
「乾くまで大変だな。そんな時間あるの?」
「アクリルだったら私時々顔に描いたりするよ。でも顔全体に塗るとバリバリ?」
諸々意見は出たが宿題になった。
翌日の夜伊豆さんから電話があった。
伊豆さんは興奮していた。皆がこんなにまとまったことと、ひとつの目標が出来た充実感に喜びふるえていた。
そして、こんな目標を思いついてくれてありがとう、あの素晴らしい時代がまた来そうだと語り、こんな雰囲気になったのもあなたの人柄だと思うし、とてもあなたの存在は貴重ですと言う。
面映い賛辞をうけながら私はあることを伊豆さんに聞いた。それは前々から疑問に思っていたことであった。
何故以前の理想ともいえる介護をやっていた常勤と非常勤は一斉に辞めてしまったのか。
一体何事が起きたのか。
それがもしセンターの仕事の構造的なものに対する抗議として行われたものなら、いずれ成熟する私ら新人にも立ちはだかって来る問題ではないのか。その懸念が私には去らなかったのである。
私の問いに伊豆さんはこう言った。
前の責任者Kさんと、センターの所長の確執であって構造的なものではないと。
ある時K氏が所長を影で批判したのだそうだが、それを所長とツーカーの女子事務員に知られてしまい、それがそのまま所長に伝わったのが端緒であったという。
その後ギクシャクした関係は悪化の一途をたどり、結局あのような事態になったのだと言う。
私は解せなかった。
そんなことでK氏にたくさんの非常勤職員がついて行くものなのだろうか?
そもそもK氏の影での批判とはなんであろうか。
それこそが構造的なものではないのか。
伊豆さんは言う。
いわゆる「福祉法人『草のちから』の理念」というものがあり、所長はそれをあまり尊重していないと。つまり「『草のちから』の理念」を実践していたK氏と所長の確執なのだという。
そして最近入った富士見さんも特養の経験はあるかもしれないが、「『草のちから』の理念」に添わない考え方なのだと。そのあと入った黒岩氏に至ってはキャリアもなければ、考え方も酷すぎると斬り捨てる。
もう一人の常勤久保田さんに関しては伊豆さんの評価は高かった。
別の施設(「草のちから」所有)で障害者の介護に従事していたのだが、所長に引き抜かれ勤務に至ったということもあり、安定した力を持っていた。伊豆さんに言わせると、生粋の「草のちから」育ちでちゃんとしているとの評価であった。
「『草のちから』の理念」というものを私はあまり了解していないのだが、所長や富士見さんに共通する思考は分かると私は思った。
二人に共通しているのは「介護、介護って、いつまでも博愛精神でやってられないよ」といった「介護ヅレ」した思考であった。
もちろん懸命にやっているのであるが、限界も当然認めようよというところを結構ペロッと言うところが似ていた。介護という「ビジネス」が様々な矛盾を孕みながら動いていく中で、割り切らなきゃいけない局面も多々あるのは事実だと私も思う。
それに対して伊豆さんは博愛の限界という言い方を許さないというところがあった。それが伊豆さん流の「草のちから」に対する理解のようであった。それが正しい理解なのかどうか私には今のところ分からない。
(34) かくし芸は十五分間のみ! に続く。