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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

わしも介護をやってみた!(35) 十五分間の意味。

 

十二月十八日(火)。

朝一番で富士見さんに聞こうと思っていたら、利用者さんとトラブルがあったらしく富士見さんは懸命に電話で対応していた。そのため何も聞けない。

 

とりあえず仕事である。

何処かでタイミングをみて聞くしかない。



朝のミーティング後、送迎が始まり利用者さん宅に向かう途中、ある送迎車が無線連絡をしている声が聞こえた。

利用者さんの御宅で車椅子のリフトを操作中、途中で止まってしまったと言っている。

富士見さんはとりあえず車椅子の方は車内の別の座席に移ってもらってと指示を出し、故障の詳細を聞いていた。

リフトが途中で止まっているということは外に飛び出しているということである。つまり後部ドアすら閉められない状態なので、そのままでの送迎は無理だなと私は思った。

 

すぐに無線が私を呼び出した。

その後にお迎えに行く予定だった方々のところに行ってくれという連絡だった。送迎車は他に二台あり、その二台に割り振るという作業が急遽行われた。幸いその日の利用者さんは多くなかったので各送迎車とも座席の余裕があり、それは本当に幸運なことだった。



そのような対応でなんとか朝の送迎は完了したが、帰りの送迎までにリフトを直さなくてはならない。同時に直らなかった時の対応も至急決めねばならない。

富士見さんは追われた。

 

しかしフロアの中はそのような裏事情など微塵も感じさせず、のんびりとクリスマス準備である。利用者さんと職員は飾りなどを作っている。

私は新人の中で一番マツケンのフリを覚えている、「亭主が失業してごろごろしている。バッキャローですよ、わっはっは」の女性に話しかけた。

「嫌な話があるんだけど」

女性は飾りを作る手を休ませ「え?」と返事をした。

「かくし芸は十五分しかないんだって、『冬ソナ』もカットだって」と私は言った。

すると新人は「そうなんですよ、富士見さんが『冬ソナ』なんてお年寄りは知らないって言うんです」と言う。

 

「あ、」と思った。

そうか、この新人はミーティングに出ていたのだと遅ればせながら気付いた。

彼女の話によると、あまりいろいろ盛りだくさんにやっても利用者さんが疲れちゃうからと富士見さんに言われたと言う。
だから十五分位にまとめて下さいと言われ、更に「大体『冬ソナ』なんて話は何処から出たの?」とまで富士見さんは言ったという。

そのミーティングには、「冬ソナ」を発案した女性もいたのだが、富士見さんの「論外」といった言い方に遠慮してしまい何も言わなかったそうである。

 


そうなると話は別である。

見解の違いはあれ、富士見さんはその企画を自己満足ではないのかと言っているのである。

確かに「冬ソナ」は大ヒットし多くの中高年女性が楽しんだが、痴呆を含んだセンターの利用者さんがどの程度認知しているのかという問題は確かにあるのである。



洗面台で「冬ソナ」を発案した女性がおしぼりを洗っていたので、私はその人にも話しかけた。

「『冬ソナ』駄目になっちゃったって?」

「ええ、富士見さんが駄目だって」と女性が不満気に言う。

「でもかつらはもう作っちゃったんでしょう」と聞くと「ええ」とやはり不満気に言う。可哀相に思う。

 

そんな時、富士見さんも全ての手配がついたらしくキャアキャア騒ぎながら飾りを作り始めた。富士見さんの甲高い声はフロアに活気をもたらす。三十路に今年入った独身女性の境遇を笑いに包んで冗談を言っている。

「寿退社した~い!」

 

私は話しかけるチャンスをうかがった。

すると富士見さんの方から私に話しかけてきた。

「来月の希望休出てないけど、いらないの?」と言う。

今月は十二月なので少し早めに希望休申し込みの締め切りがきていた。希望休とは有給休暇をどこで使いたいかという要望を出すことである。その要望をもとに管理者がシフト表を組む。

「あんまり来年に有休持ち越しちゃっても使うの大変よ。大分残っちゃってるよ」と富士見さんは言う。

富士見さんは私のことをベテランの戦力として信頼しているそうで、余り休んで欲しくない気持ちがあるということもあり、有休が溜まりすぎたあげく何処かで「まとめ消費」をされては困ると思っているのだ。


私は「そうか、来月のことは余り考えてなかったんだけど、じゃあ何処かシフト表の都合のいいところに一日いれといて」と答えた。先月もそんな入れ方をしてもらっていた。というのは、希望を出したにせよ休めない時には休めない。男性介護者の戦力が増強されるまでは仕方がないと思っているのである。

 

私はこういう冗談を言った。

「どうせ有休とっても恋人もいないし、一人で燻ぶってるだけだから」

富士見さんは「当てつけかい」と殴るポーズをして笑った。

これがタイミングだと思い、私は言った。

「ねえ?かくし芸は十五分なんだって?」

富士見さんは「うん。でもそれ位の時間でしょ?」とケロッとして言う。

そうか富士見さんはかくし芸の具体的イメージとボリュームが理解できていないのだと思った。

私が「マツケンは五分くらいだけど前後のことを考えると十分くらいだと思う。でも紙芝居はもっとかかるはずだなあ」と言うと「あ、それは大体でいいのよ。あくまでも目安、目安」と富士見さんは言う。


 

大分話が違う。

馬飼野さんの話ではかなり管理的イメージが強かった。

でも目の前の富士見さんはそのようなものは微塵も感じさせず、十五分に拘ることなく、利用者さんの疲労が出ない範囲で、考慮してくれればいいというスタンスである。

マツケンも月曜日一日だけしかやってはいけないという意味かと伊豆さんなどは怒っていたが、そうではなく「毎日やって」とケロッとして言う。

どうなっているのだろう。

 

つまり過去の経緯から古株非常勤職員は「対立構造」として全ての言葉を聞く傾向があり、富士見さんは管理者としての発言もあるが、結構無邪気に感想を述べているだけというところがある。

その辺のズレを私は感じた。

富士見さんという責任者としては、非常勤職員が自主的に行うかくし芸にどれだけの時間がかかるのか把握出来なかった故に、十五分という枠を設定したということになるのだが、それは我々がかくし芸の全所要時間を明確に伝えていなかったせいでもあるのである。

もちろんそれはこちらも分かっておらず、やっと具体化するにつれ分かった段階なので致し方ないことなのであった。

 


ここで感じられることは、やはり意志の疎通のなさである。もっと両者の関係がうまくいっていればこんなすれ違いは起きないのである。ちょっと話せば済むことなのである。

また、おそらくこのように気軽な立ち話で打ち合わせをすることと、ミーティングという場で議題として堅く話すこととの微妙な違いが発生しているのではないかと思う。

 

私はその日一時までの勤務だったので、帰宅すると伊豆さんに電話をした。事の詳細を伝えてくれと言われていたのである。私は富士見さんの言ったことを伝え、我々もかくし芸のボリュ-ムについて明確に伝えていなかった反省すべき部分はあると言った。


すると伊豆さんは「でも黒岩さんの話では時間はいくらでもあるって言ってたじゃないですか。別に自分たちだけで勝手に盛り上がっていた訳ではありません。その辺のところは富士見さんに言っていただけましたか?」と聞いた。

私は「その辺は明確には言っていません」と言った。

すると「それはやはり富士見さんに知っておいて貰わねばいけない事だと思います」と伊豆さんは言い「要するに黒岩のアホタレがってことですけど、『冬ソナ』だってもうかつらを作ってるんですよ、今頃そんな事言われても納得行きません」と憤った。

そして「冬ソナ」をやらせてくれと交渉するために、明日の日曜日富士見さんに電話すると言った。

 

もう時間はない。

明後日にはいよいよ本番で、そしてその日富士見さんは休みなのである。
今日明日中には話をつけねばならない。伊豆さんは「冬ソナ」を発案した女性に、必ず月曜日にヨン様のかつらとマフラーを持って来るように電話してもらえますかと私に言った。伊豆さんは今夜忘年会らしく電話をする時間がないという。

私は了解した旨伝えて電話を切った。


時計を見るとセンターでは丁度帰りの送迎が終了し掃除に入っている頃であった。発案した女性はまだ働いている。あのしょんぼりとしておしぼりを洗っていた姿が脳裏に浮かび、一刻も早く復活の可能性があることを伝えたくなった。

ばたばたしていて富士見さんに渡し損なった書類もあり、ちょっと車を飛ばしてもう一度センターに行ってみようと思った。着く頃は丁度ミーティングをやっているだろう。ふたつ用事があれば、わざわざ行ってもヘンじゃないかな、などと妙な勘定をしてスタートした。

 

着いてみると富士見さんはまたトラブルに見舞われていた。センターの窓が何者かに割られていたのである。大きなガラス窓の上部分の、レバー操作で開閉出来る小さな窓だが、特殊なガラスが蜘蛛の巣のようにひびだらけになっている。

警備員と富士見さんが話しこんでいる脇を通り書類を富士見さんの机に置き、フロアで発案した女性に「冬ソナ」のことを伝えた。半信半疑な様子だったが「はい必ずかつらは持って来ます」と女性は言った。

 

少し他の人々とも雑談したかったが、もうミーティングの時間が来ていたので早々に立ち去ろうと玄関に向かうと、富士見さんが追いかけて来た。

「ねえ、あの書類だけでわざわざ来たの?」と富士見さんは聞いた。

「ううん。他にもちょっとあってね」と私は答えた。

「そう」と富士見さんは忙しいにも関わらず何か話したそうな顔をした。
そこで私は伊豆さんのことをちょっと言いたくなった。伊豆さんがどういう言い方を富士見さんにするか分からない。
まかり間違えばまた管理体制の問題が露出し、嫌なことになるかもしれない。なるべく対立ばかりにさせたくない気持ちが私にはあった。

 

少しおちゃらけて私は言った。

「明日だと思うけど伊豆さんから電話があるヨ。よろしく」

すると富士見さんは「え?『冬ソナ』やりたいって?」とびっくりしたような顔をした。分かっているのだ富士見さんは。

私は「う~~ん、それもあるけど・・いろいろね、夢のように素敵な話さ」ととぼけた。

富士見さんは「めんどくせ~~~!」とおちゃらけた。時々彼女はこういうことを言う。

 

センターからの帰り道、一体この顛末はどうなるのかと思った。

 

 








 

36 いよいよ明日本番 に続く。

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