わしも介護をやってみた!(37) 本番
十二月二十日(月)。
月曜日が来た。
出勤した私は朝一番で音響のチェックとかつらの準備に入った。
黒岩氏が「気合入ってますねえ、もうスタンバってますか」と笑った。
皆続々と出勤して来た頃にはミーティングの時間になって残念に思った。できることなら朝もう一回だけでも踊って打ち合わせをしたかったのだ。
このままぶっつけ本番で行くしかないと覚悟して、朝の送迎に向かった。
バイタルチェック、髭剃り、爪切り、入浴、ドライヤー、昼食と着々と進み、クリスマスケーキを利用者さんと作り終わったら、いよいよ本番である。
伊豆さんが「もうマツケンさんはスタンバって下さい」と言う。
確かに着物を着たり、メイクをしたり手早く出来る自信がなかったので私は一番に楽屋(お風呂の脱衣所)に入った。着物はある奥さんの息子さんのを貸して貰っていた。
服を着たまま着物を着て、眉毛と目張りをやった頃みんな入って来た。
「帯締めてくれる?」
「きゃー、何?そんなメイクするの?」
「こんなみっともない、かつら被れないよう」
「え、ヒャッキンで買ったの?」
一気に騒々しくなった。
私のメイクを見てみんな笑い転げる。成功しているようだ。
するとみんな負けないようにヘンなメイクをやり始めた。おいおいマツケンより目立たんでくれよと思うが、もう止まらない。おてもやん風にしたり眉毛太くしたりして、それぞれ笑い転げる。
「女捨てたね」などと言って笑う。
まさしく学芸会前の興奮。
日頃のうっぷんをぶつけるかのように顔を作り、コスチュームを派手にする彼女らは、もうマツケンがどんなに派手にしても追いつかないというエスカレートぶり、一体どうなってしまうのだろうと思う。
いよいよフロアで黒岩氏が利用者さんに今日のイベントについて話し始めた。
女性たちは自分たちのコスチュームの話題に夢中で、黒岩氏の話など聞いていない。こんなに騒々しいと、出のタイミングを間違えないかと心配になる。
そして遂に「マツケンサンバ」の曲がかかった。
CDからとった音源ではない。
CDの「マツケンサンバ」は前奏が短く、すぐにマツケンが歌い始めていて、前奏部分で彼女らが踊る時間がなくなっている為に使えなかったのである。
この音源を揃えるのも苦労した、結局テレビで放送した時のものを録音し音源にしたのであるが、それは失業中で「バッキャロー」と奥さんに心の中で罵倒されている旦那さんがやってくれたものだ。
だからテレビ司会者の「では松平健さんで『マツケンサンバⅡ』です!!」という声まで入っている。
まさにその声でみんな一斉に飛び出して行った。
ある程度踊ったところで私の登場である。
当然ではあるがマツケンは眼鏡をかけていない。
そのため眼鏡を外してスタンバっている私の視界はひたすらぼやけている。そのぼやけた視界の中で、出のタイミング待つ。
何回も何回も聞いた前奏部分が聞こえて来る。果たしてちゃんと踊れるのか。今朝、踊った時も二三ヶ所分からなくなっていた。
そして出番が来た。
私はぼやけた世界へ飛び出して行った。
ドッと熱気が伝わってきた。みんな笑っているらしいがぼやけた視界ではよく分からない。
歌の部分は口パクで適当に手振りをやっていればいいのである程度楽だが、間奏のダンスシーンがうまく踊れるか懸念された。
利用者さんの背後、遠くの方には多くのギャラリーがいることが分かった。所長の体型が見える。ケアマネさんやヘルパーさんの体型も見える。事務室は空になっていることが分かる。
今日勤務ではない非常勤女性の体型も数人見える。マツケンだけは見に行くよと言っていた人たちだ。自分が出るのは「やだ」と言っていた人の体型も見える。
そして「柘榴」の利用者さんも数名来ている。「柘榴」とはこのセンター近くのミニ・デイサービスで、一般のアパートを借りて四五人の利用者さんにサービスを提供している。
週三日の予定でスタートしたのだが、軌道にのってしまい週五日稼動するような状態になっていた。そのため「柘榴」の責任者である久保田さんは踊りたがっていたのに出演することは出来なかったのである。
でも私が渡したビデオを毎日「柘榴」で流し、利用者さんと楽しんだという。久保田さん自身もかなり練習だけはしたそうである。でも今日は利用者さんと観る立場である。
いよいよ間奏のダンスシ-ンが来た。
バックダンサーが一斉に楽屋に下がり、舞台には私と伊豆さんと男性一名が残った。
私は踊り始めた。
照れてはいけない。
余りにも生真面目にヘンな腰つきをするところにこのダンスの魅力があるのだから。
二箇所失念したところがあったが、ポイントポイントのフリは全て合わせられた。
間違えたところは背後の伊豆さんたちが、適当に「間違えた私」に合わせてくれることになっていたので大丈夫だったろうと思う。何しろ背後のことはまったく分からない。
再び歌のシーンが来た。
身振り手振りも忠実に再現しようとしたが、やはり思い出せないところがあり適当になる。
「ああ、恋せよアミーゴ、踊ろセニョリータ」の部分は観客に色っぽい視線をなげかける部分である。ぼやけた視界では何処に自分の視線が行っているのか分からない。でもとにかくやたらとオカマっぽくやれば必ず笑えるシーンである。懸命にしなを作る。
そして最後の「サンバ!ビバサンバ!」部分が来て、もう一度「オーレイ!!」で決める。この部分はすべて私のタイミングにバックダンサーが合わせることになっていた。
私は練習した通りのタイミングで「オーレイ!!」とポーズをとった。
一斉に凄い拍手が来た。
みんな喜んでいることが分かる。バックの女性たちが一気に引き下がり私一人になる。
ホッとしてはいられない。「冬ソナ」の時間である。
ぼやけた視界のなかでトークを開始する。
「今日は私のほかにもう一人素敵なゲストをお呼びしております」と語り、タイミングをみてテープを入れかえる。
再生ボタンを押すとあの「冬のソナタ」の綺麗なピアノが流れ始める。
あるお婆さんが「冬のソナタだ!」と叫ぶ。この方はテレビ通で時代劇から何から、なんでもござれの人である。
私は「そうです!さすがですね!」と言い、楽屋を指差し「ぺ・ヨンジュンさんが来ておられます!」と叫んだ。
ところが、ヨン様がなかなか出て来ない。
慌てて扉を開けて覗きこむと、ヨン様役の男性は先ほどバックダンサーをやっていたので着替えに手間取っている。
しかも男性は鼻を真っ赤に塗っている。
女性たちが面白がって、マツケンのメイクの時に塗ってしまったのだ。
ああ、赤鼻のヨン様かよ、だからむやみにメイクしちゃ駄目なんだよと思ったが、もう仕方がない、赤鼻のヨン様を登場させた。
大爆笑であった。
利用者さんの間を歩きまわり、足腰のおぼつかない方々とのデートはやはり無理だが、それぞれの座席で記念写真を撮った。もちろん「マツケンもいれて~~!」と入った。
このあと紙芝居をやり、時間的には丁度よい時間で終了した。
夢中であったが、なんとか無事に終えてみんなは安堵した。
伊豆さんは「打ち上げいつかやろう!」と言った。
そう、やりたいものだ。
でもマツケンはあと三日やる予定なのだ。そして明日が二日目である。まだステージは続く。
(38) 二日目 に続く。