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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

わしも介護をやってみた!(38) 二日目。

十二月二十一日(火)。

かくし芸というのは、あくまでもその曜日曜日の非常勤職員が自主的に行うものである。

月曜日は伊豆さんのリードでこのようなショーが実現したが、翌日の火曜日がどうなるかというのは不確定であった。とにかく非常勤職員同士が話し合う時間がない。



この日は富士見さんも出勤していたが、やはり朝から忙しそうで険しい表情で業務をこなしていた。私はひょっとして富士見さんは怒っているのではないかと思った。

伊豆さんがどういう言い方をしたかは知らないが、結果として富士見さんの意向をねじ伏せたのである。表面上はどうあれ面白くないことなのではなかったろうか、そういう気持ちが私にあった。

 

伊豆さんは、今日は出勤していない。

ショーをやる午後一時過ぎに、ショーのためだけに出て来る予定である。

だからショーをやる段取りの、最終的な詰めの作業は私がしなくてはならない。もちろん火曜日もマツケンをやる根回しはしていたが、火曜日のメンバーである古株非常勤職員宮口さんなどからは不参加の意向を聞いていた。

そのことが私を臆病にさせた。

「月曜組」はノリノリではしゃいでいるが、それはこの職場で浮いた存在になっているのではないかという懸念があった。

悪ノリとまではいかないけど、独断専行気味にコトを進めているという印象を、宮口さんをはじめとする古株職員や管理者にもたれているのではないかという気持ちがあった。

 


昨日はマツケンから「冬ソナ」という流れでうまく行ったが、今日も「冬ソナ」をやれるかどうかは未定だった。富士見さんは嫌がるのではないかと思った。

そのことをはっきりさせなければならなかったのだが、確認のタイミングをみつけることが出来ないまま時間だけが経って行った。

 

そしてもうひとつ問題があった。

「冬ソナ」のヨン様役がいなかった。男性職員が私を含めて三人しかいないのである。

五十嵐氏はまったく蚊帳の外だし、黒岩氏は体が大きすぎて用意したコートが着られなかった。それに音響係という役目があった。

新人女性に男装してもらおうかと思ったが、マツケンで踊っているので昨日と同じく「早がわり」が難しそうだった。

不参加の宮口さんということも考えたが、宮口さんは妖艶な如何にも女性らしい容姿の持ち主で、男装をしてもヨン様のイメージから遠そうだった。

「冬ソナ」は諦めるしかないなと思いながら時間だけが過ぎて行った。

そんな時、あるお爺さんに目がとまった。

痴呆の症状に独特の愛嬌のある方で、トイレに行っても、御飯を食べていても、すぐに遊び始める人であった。

例えば職員が「早く御飯食べましょうよ」とじれて言うと「ほほう、そうですか、御飯ねえ、はっはっは、食べましょう」などと言ってお箸でお茶碗を叩いたりしてちっとも食べずに遊ぶ。

そういうある種の集中力が著しくかけた人なのだが、結果としてのユーモアが職員を笑わせ続けていた。その人に目がとまった。

 

この人にヨン様をやらせたらどうだろうか。幸い足腰はしっかりしている。

黒岩氏にその話をした。笑った。ナースの榊原さんも「あっはっは、それいい」と喜んだ。

いけると思った。

よし、このネタで富士見さんに話しかけようと思ったら、富士見さんは女性の入浴介助でお風呂の中だった。

女性の入浴時間が長引いていた。

女性の後が男性の入浴なので、このまま行くとかくし芸そのものの時間がなくなってしまう。そう、我々の仕事は介護なのであってかくし芸ではない。


それでもなんとか遅れ気味に男性の入浴はスタートし、私たち男性職員三人は懸命に十二時の昼食が遅れないように介助をした。ひやひやものだったが十二時十五分には昼食がスタート、すべり込みセーフというタイミングとなった。

 

昼食が終了し開始時間まで三十分となった頃伊豆さんが来た。

伊豆さんは私のように臆したところがないので、富士見さんに「今日も昨日ぐらいの時間に始められそうですか?」と聞いた。

富士見さんは「私昨日見てないんで分からないんですけど多分いいんじゃないんですか」と不機嫌そうに言った。

 

いや不機嫌というのは私の心の勝手な反映である。

 

伊豆さんは「昨日ヨン様うけましたよ。大評判」と楽しそうに言った。

私は、ああ、そういうことは言わないほうがいいのにと思ったが、こういう屈託のなさが伊豆さんのいいところでもある。

 

その会話のシッポにくっついて「対立」を和らげるように、私は今日のヨン様のキャスティングについて話した。

富士見さんは笑わなかった。

ただ「昨日時間的に収まりました?」と聞いた。

私は「大丈夫ピッタリ二時に終りましたから。それに今日は紙芝居がないから少し遅めにスタートしてもいいでしょう」と言った。

富士見さんは「おまかせします」と言った。

素っ気無い感じがした。

 

伊豆さんは宮口さんにも話しかけ、ヨン様の着付けをお願いし、私が朝から臆して出来なかった段取りをあっと言う間にすませた。
宮口さんは「踊りには参加出来ないけど、利用者さんの傍らからサポートします」というスタンスだったので快く承知してくれた。

でも私は冷ややかな印象を受けた。

もちろん自分の心の反映に過ぎない。富士見さんの素っ気無さもである。

 




やがてマツケンが始まった。

昨日よりバックダンサーは少なく、ひとり一人の力量が試された。

みんな懸命に踊り、私もさしたるミスはなくマツケンは終了した。

そして「冬ソナ」の時間が来た。

昨日と同じトークを始める。昨日に続いて初めての経験だが眼鏡を外した状態で喋るというのは本当に心もとない。ちゃんと自分の言葉が伝わっているのかどうか確信がもてない。人間は視覚としても言葉を発しているのだと分かる。

絶妙のタイミングで黒岩氏が「冬ソナ」の旋律を流し始めた。この綺麗な旋律に心惹かれない人はいないだろう。

私は旋律にのって「もう一人のゲストです!」と叫んだ。宮口さんが黒岩氏に負けない絶妙の間合いでヨン様を登場させた。

みんなワッと笑った。

お爺さんはヨン様になりきっていた。

スマートだった。

身振り手振りもオーバーでこれまた絶妙のタレント性を発揮し、大爆笑の世界が展開した。

富士見さんにもバカ受けであった。

 

利用者さんたちは笑い転げ、その笑いの渦の中をお爺さんはひょうひょうとねり歩く。

お爺さんがこんな世界を見せてくれるとは。

この日はオンブズマンも二名来所されていたのだが、後で「感動しました」と言われるほどの出来であった。

 

こうして大好評のうちに二日目は終ったのである。

 

 

 






39) 三日目と四日目 に続く。

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