わしも介護をやってみた!(39) 三日目と四日目。
十二月二十四日(金)。
翌日の水曜日、私の勤務はなかった。
それでもショーをやるなら、伊豆さんのようにショーのためにだけでも出かけて良かったのだが、その日はボランティアさん来所日で、「歌謡ショー」が行われることになっていた。
夜伊豆さんから電話がかかって来た。
明日のことについてである。
今日伊豆さんは出勤していたのだが、馬飼野さんと明日のだしものについて話をしたそうである。
伊豆さんは明日「勤務ではないけど、昨日のようにショーのためだけにでも出て来る」と馬飼野さんに言ったのだが、馬飼野さんに「そこまでしなくてもいいですよ」と返事をされてしまったという。
伊豆さんは少し不安になった。
確かに明日木曜日のメンバーは馬飼野さんを中心に手品をやることで話がまとまっていた。強制ではないが一人一ネタということで、企画が進んでいた。
伊豆さんは「そこまでしなくてもいいですよ」という馬飼野さんの言葉が、伊豆さんに対する思いやりなのか、マツケンに対して消極的という意味なのか判然としなかったという。
そこで伊豆さんは「明日馬飼野さんと相談して欲しい」と言うのだった。
もしショーをやるのなら行くという。
確かにかくし芸はそれぞれの曜日の職員が自主的に行うものである。去年は手品をやったから今年もそれで行こうというのが馬飼野さんの考えであろうと思う。だからいくらマツケンでのっているからといって、他の曜日にまででしゃばる事は出来ない。
私は明日の朝一番に馬飼野さんの気持ちを確認するという「大役」を引き受けることとなった。
その電話で私は伊豆さんに「月曜組」が過剰に浮いてしまっているようなことがないかという懸念を話した。
すると伊豆さんは絶対そんなことはないと言った。伊豆さんは伊豆さんなりに根回しをやったそうで、古株非常勤さんはそんな気持ちで見てはいないと太鼓判を押した。私は自分の懸念を、臆した自己の心の反映なのだろうと思わざるを得なかった。
翌朝私は馬飼野さんに確認した。
馬飼野さんは「せっかく覚えたんですからねえ、やらにゃあならんでしょう」と笑った。
でもそのあと「しかし十五分しかないんでしょう?」と言った。
私は「いえ、それはあくまでも目安ということらしいです。とにかく二時からビンゴを始められればいいということらしいです」と話した。
馬飼野さんは少し懸念を示すような表情をしたが、納得してくれた。
私はセンターからすぐ伊豆さんに電話をした。
伊豆さんは嬉しそうに「ありがとうございます。では一時過ぎに」と言った。
こうして三日目もマツケンや「冬ソナ」や手品という盛りだくさんのショーをやることが出来た。
そして四日目がやって来る。
四日目は「冬ソナ」を発案した女性が階段を踏み外し骨折するというトラブルに見舞われていた。一ヶ月の休職という。
当然踊れない。しかし伊豆さんや幾人かの「月曜組」も出勤していて、メンバーの不足は補えそうだった。
複数日利用されている利用者さんも多数いらっしゃるので、四日目となるともうショーを観ておられる方ばかりになって来ていた。だから「今日は何をやってくれるの?」と嬉しそうに聞く人や「あなたがあんなことするとは思わなかったわあ」などと言う人がいた。
意外だったのは「良かった」という人が多かったことである。
私は「面白かった」という感想は予想していたが「良かった」とか「素敵だった」という感想は予想していなかった。
滑稽なものとして提示したつもりだったのに、ある種のストレートな感動が利用者さんの心に広がっていったのだと思わざるを得なかった。
そのせいだろうか、四日目に歌いながら最前列の利用者さんと握手していたら、熱烈なキスを私の手にするお婆さんもいて大爆笑。
お婆さんの凄いパワーに私はたじろいだ。
そしてこの日の「冬ソナ」は馬飼野さんがヨン様をやってくれて、これまた大喝采。
マツケンも受けたが、実は連日ヨン様の方が大受けでこの日も例外ではなかった。
一緒に写真を撮ってという要望が相次ぎ、マツケンとヨン様は利用者さんの間を飛び回った。
一日が終り、帰りの送迎では私が運転で伊豆さんが添乗という組み合わせになった。
車の中はショーというひとときを共有したぬくもりで溢れていた。
伊豆さんが「マツケン如何でした?」と利用者さん一人ひとりに訪ねると、笑いとともに感銘とも形容すべき声が返って来た。中には最後まで誰がマツケンをやっていたのか分からなかった利用者さんもいて、これまた皆で大笑い。
もう年の瀬で、今年の利用も今日で最後という人達もいた。
「良いお年を、また来年お会いしましょう」と挨拶をする中、全ての利用者さんを送り届けた。
私と伊豆さんは二人っきりになった車中で「お疲れさまでした」とお互いに挨拶をした。
そう本当にお疲れ様である。今週は二倍働いた様な気がする。だから今日は一部踊りを失念したりして「頑張れマツケーン」などとバックダンサーに励まされた。
何はともあれ、伊豆さんと私はショーが成功した喜びの中にいた。
そしてこの成功はショーだけの問題に留まらず、センターの職場構造を打破する動きでもあるのだ。
伊豆さんはこの職場を素敵なデイサービスにする一歩は確実に動き出したと言った。そう、そうなって欲しいと願わずにはいられないと私も思う。
私は「いつか打ち上げやりましょうね」と言った。
伊豆さんは「是非!」と応えた。
でもただでも忘年会、新年会と飲み会続きの日常である、奥さんたちが集るのは難しいだろうと思った。骨折した奥さんもいる。
そうだヨン様大成功だったとあの奥さんに電話しなくては。
あわやボツになりかけた企画が大受けだったと伝えなくては。きっと喜んでくれるだろう。
淋しそうにおしぼりを洗っていた後ろ姿を思い出しながら運転した。
(40) 仕事納め に続く。