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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

わしも介護をやってみた!(40) 仕事納め。

 

十二月二十五日(土)。

この日土曜日は私の仕事納めの日だった。

センターそのものは翌週月火とやっているが、私は富士見さんのはからいで有休を二日間消化することになっているのである。

 

今日もクリスマス週間で何がしかのかくし芸をやるのだが、伊豆さんが用事で来られないということと、私が午後一時で帰ることもありマツケンはやれなかった。

何か手品のようなものをやるようである。

 

しかし利用者さんから「今日はやらないの」などと言われガッカリされたりした。ちょっと嬉しい。

午後一時になって帰る時、ひとり一人の利用者さんと挨拶をした。殆どの人がマツケンが楽しかったと言った。あなたがこんなに面白い人だとは思わなかったという人も。

 

来年また元気でお会いしましょう。

そう言って別れた。

 

また元気でお会いしましょう。

それは単なる挨拶では、残念ながらない。

 

私がこの仕事を始めて半年近くが経っており、その間、すでに五名の方が亡くなっていた。あの七夕の短冊に最後の願いを書いた方を始めとして、「私はこんなところに連れて来られる覚えはない」と怒っていたお婆さんや、その他ここに書き記すことが出来なかった幾人かのご老人が他界されていた。

そう、あのチャンカ、チャンカとリズムにのって私と歩いたお爺さんもお亡くなりになった。「踊り踊るなあ~ら♪ちょいと東京おんど~~♪」という歌と手拍子が、血尿のお爺さんの最後の思い出となったのである。

 

本当に思いがけず死は訪れる。決して痴呆の症状の順番でもなければ、ADLの軽重でもない。

昨日までお元気だった方が翌日には亡くなっているなどということが本当にあるのである。

まったくもって人というのは分からない。

特養に入所された方、グループホームに行かれた方も数名おり、そのような別れも経験した。

 

そんな中で、また来年一年間一緒に過ごせたらと願いながら帰路に着いた。

 

 

 

                          -終-

 

 

41) あとがき に続く。

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