わしも介護をやってみた!(7) 七夕の願い。
七月八日(木)。
送迎役のため利用者さんのお宅を覚えるのが急務の自分。
毎日仕事の帰りに自転車やバイクで道を確認している。しかし仕事中の送迎時は夢中で運転しているので記憶がとぎれているところも多く四苦八苦。確かにこの路地の何処かだということは分かっているのだが家が確定できないところがある。お年寄りの名前は分かっているけど、殆ど家の表札とお年寄りの苗字は一致しないので確認がとれない。
お年寄りは一体どの親族に身を寄せて暮らしているのか、どのような家族関係の中にいるのか、その不一致だけでもいろいろ想像してしまう。お爺さんは一致する確立は高いがお婆さんはとてもとても。デイサービスという業務がお年寄りのためというより、半分以上は家族の負担を軽くするためと言われるが、人々がひとつ屋根の下で暮らすというのは安らぎとともに息苦しいものもまたあるということである。生半可ではない。
あるお婆さんはいつも車に乗る時ぼやいている。
「息子が可哀想なんだよ。わたしみたいなババアがいちゃ嫁が来ないんだから。私がいるから帰って来ないんだから。息子が可哀想だよ。私なんか早くくたばっちまえばいいんだ」
さて七月はプログラムとして「七夕飾り」を一週間やったのだが、飾りは作ってもなかなか「願い事」の短冊は書いてくれないお年寄りたちだった。
「なんの願いもないよ」
「字なんか書けない」
「え?金持ちになりたいと思わないかって?今更思わないよ」
みんな照れなのか、渋々願い事をしぼり出し、手が満足に動かないひともいるので職員の代筆で短冊を完成させる有り様。そうやって完成した何本もの七夕飾り。それでも「孫が元気に育ちますように」などと微笑ましい願いも。
でも、いよいよ七夕が来た昨日七月七日、あるお年よりが亡くなった。
心筋梗塞とのこと。
家族が外出から戻ったら倒れており、すでに手遅れだったらしい。
ご自分でちゃんと歩けるし元気そのものだったのにと意外な気持ちに職員一同なる。
その人の短冊には「いつまでも健康でいられますように」とあった。
遺筆なのではと一瞬思ったが、字が下手だからと職員の代筆だった。
でもそれはその人の最後の願い。