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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

山田ファンの始まり(12)巨匠化がもたらした弊害

 

「山田ファンの始まり(12巨匠化がもたらした弊害

 

 

 

ある時ネットでこんなことを書く山田ファンがあらわれました。




 

「あいどんが山田太一の悪口を言っているのをこの耳で聞きました」

「山田太一の家族の悪口も言っている」




 

驚くような発言でした。



そんなことは言っていません。何を根拠に言っていると思いました。

呆れました。

個人のブログでの発言ですから、何を書こうと勝手ですが、虚偽を書かれたらたまらない。

 


その後も中傷は延々と書き続けられます。

それは私だけではなく、「ドラマ・ファン」の常連投稿者にも及びました。

 

「おおむかし○○○(註、本名を暴露)というババアから、いわれなき誹謗中傷を受け、当方が支払った金額。

1万円にしようか5千円で済ませられるのかだいぶ迷った。あっちは朝日新聞読者の『正義の人』で本気で当方を罵倒してくる。とりあえず5千円。

これでダメだったらつぎにまた5千円でいこうとケチなわたしは算段を立てた。

とにかく○○○(本名)という中年女性が怖かったから、平身低頭の謝罪ポーズをして5千円札を入れた封筒を差し出した。

権力欲が満たされたのか、団塊のババアは封筒を受け取ってくれた。

○○○(本名)からは「許してやるよ」みたいなメールが来た。

以降、◇◇◇(HN)と○○○(本名)が当方の悪口をネット掲示板に書くことはなくなった。」

 



 

この書き込みもまた事実無根です。強迫の事実はありません。いかにも詳細に語っていますが、一から十まで嘘です。

それを、わざわざ本名を暴露してまで、お金をとられたと書き込むのは明らかに犯罪です。

 


書き込んだ男はネット上では悪名高い人物で、あちこちで訴訟沙汰を起こしていますから、頭がおかしいとの噂がしきりです。

 


ですからここでとりあげるような人物ではなく、知人の弁護士からは「こういう手合いは、構ってもらいたくて仕方ないんだから、喜ぶだけですよ」と言われ、他の山田ファンからは「ひがんでばかりいる情けないやつ。相手にするだけ損」と言われました。

私もそう思います。



しかし、こういう悪しき男が出現した背景には、山田ファンの変化という問題があり、お目汚しではございますが論を展開しますので、しばしお付き合い下さい。

 



山田さんは功成り名を遂げて巨匠になりました。

山田さんが望むと望まざるに拘わらず、権威をまとうことになりました。
山田太一を知っているということはインテリの証という趣もあり、哀しいかな権威主義的に山田ファンを標榜する人たちも現れたようでした。

 

特別若くもないこの男がどの時点で山田ファンになったのかはわかりませんが、山田作品に接した時、少なくとも山田さんは巨匠になっていたと思えます。
そこに問題がある。





 

一般的に、自分のことを権威主義者と思っている人間は一人もいませんし、誰しもがそんな愚か者ではないと思って生きているものです。
しかし私の漫画仲間が権威主義に陥っているのにまったく無自覚だったように、権威主義から自由であるのは非常に難しいことです。

 


この男の場合も自分は権威主義者ではないと思っていることは間違いありません。

そこで、権威主義者ではないという保証を、何処にもっていこうとしているかというと、古参の山田ファン、つまり私などを権威主義者と断定することにより、保証を得ようとしているようなのです。
そこに中傷をし続ける根拠があると思えます。

 




男はこう言っています。

こいつらは山田太一を聖人君子のように思っている。山田太一はそういう作家ではない。毒のある作家だ。それが分からずに山田太一は絶対なのだと宗教的に信奉している権威主義者なのだと。

 

山田太一の毒なんて誰だって気づいています。それを、自分だけが気がついたような顔をして、ちゃんとした論証もせずに、いえ、論証出来ないから、嘘のエピソードを作って私たちを俗物に仕立てあげようとしているのです。



 

この男には、山田太一に権威もなにもなかった時代があったことを想像できない、単純思考があります。
山田太一を意識した時には山田太一は権威だったという体験しかないからそうなってしまうのです。

山田太一に権威が発生する前からのファンには「山田さん」と呼ぶ親しさしかありません。「先生」と呼ぶ人は一人もいません。



 

まだ男との関係がひどくなかった時「ドラマ・ファン」のオフ会に男が初めて参加しました。皆さんほとんど初対面です。

男はこんなことを言います。

 


「山田太一の本を一冊も読んでない者が、どうして山田ファンと言えるんだ」

 

山田ファンの女性がドラマは見ているけど本は読んでいないと言ったからですが、山田太一はテレビドラマのライターですから、ドラマを見ているだけでファンという人がいてもおかしくないはずです。

でも、そんな奴は山田ファンじゃないと言うのです。




 

その場はほとんど女性ばっかりのオフ会だったのですが、男はチェリーボーイか?と言いたくなるほど落ち着きがなく、あがっているのか?大丈夫かなあ、と心配していた矢先に、そういうことを言ったのです。




まあ、うんと過激なことを言って、その場を制しようとしたのかも知れませんが、こんな稚拙な論理で制することができるわけがありません。

 



更に男はこんなことを口走ります。

「俺の母親は、俺の目の前で飛び降り自殺をしたんだ、この気持ちは誰にも分からない」と。


私はよく読んでいませんが、本人のブログでは呪文のように語られているエピソードのようでした。





それは自分のブログで言っている分にはかまいませんが、こんな公の場で言うには、もっと配慮をしてから言わないと有効ではありません。
自己中心的な心情吐露でしかない。
それが分からないようでした。





オフ会というのは親睦会ですが、この男は喧嘩を売って切れ者イメージを喧伝する場だと勘違いしているようでした。
この日のオフ会は失敗と判断し、早々におひらきの段取りに入りましたが、ここでもう一つ事件が起きます。

 










 

山田ファンの始まり(13)薫陶の限界」に続く。

2021.611
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山田ファンの始まり(13)薫陶の限界

 

「山田ファンの始まり(13薫陶の限界

 

 

 

支払いになった時、男は飲み代を払いませんでした。

 

私たちは男にビールを奢る約束をしていたからです。

少し前に山田さんの講演があり、その要約文を男が書いてネットにアップしてくれていて、そのことへの感謝でした。今度のオフ会では一杯奢るよと約束していたのです。

 

ところが、山田ファンじゃないと誹謗された女性が、その約束をよく了解していなかったのです。女性は、お金も払わないで帰るのか、なんて人だと激怒したのです。

不幸なすれ違いでした。

そいう波乱に継ぐ波乱でオフ会は終わりました。

 

 

翌日女性は掲示板を読み直してそのことに気付き、掲示板に「よく読んでなくて、すみません」と謝ってこられました。

 

私は「まあ喧嘩はあったけど、とにかく怪我人が出なくて良かった」なんて書き込みました。

日頃どんな飲み会やってんだと思われそうなことを言って笑い話にしようとしたのですが、事態は更に急変します。

 

 

男は「ドラマ・ファン」に「お金を返却したい」と書き込んできたのです。


女性にメールを下さいと言っていました(HNをクリックするとメールを送れるようにしてありました)。

それがだめなら、女性の最寄りの駅まで行きますので手渡ししたいとか、私書箱止めでお金(5千円図書券)を入れておくから、それでどうだろうかとかとも言い、とにかく女性への連絡方法をいろいろ提案してきました。

 

私は分かりませんでした。

ご馳走したのはオフ会を主催した私です。それを一参加者に過ぎない女性に何故返そうとするのでしょう?

女性は綺麗な人で、男は気のあるそぶりを見せていましたが、そういう下心なのでしょうか。でもこの人は奥さんです。昔の言葉で恐縮ですが「女ひでり」の男は恥ずかしいことをするもんだと思いました。


当然、そんな要求に応じられるわけもなく、私は「ご馳走したのですから返却には及びません」と「ドラマ・ファン」に書き込みました。

男の書き込みはそれ以後なくなり、一件落着したようでした。

 

 

それからも山田さんの講演会が散発的にあり、「ドラマ・ファン」のみんなと参加していました。男はいつも最前列にいましたが、話をすることはありませんでした。講演会が終わるとすぐに帰っていたようでした。

 

ある時山田さんのトークショーが終わったあと、山田さんとどっかでお茶を飲みましょうかなんて話をしていました。

男は、たまたまフロアの端にいた○○○さんに、近づきました。そして手に持っていた封筒を強引に押し付けました。○○○さんは驚きましたが、手に封筒を持たされました。

男は逃げるように去り、封筒の中を見ると、5千円入っていました。

 

慌てた○○○さんは、私と山田さんのところへ駆け寄り、「どうしましょう?」と相談にきました。途方に暮れた表情でした。しかし返そうにも本人はもう逃げ去っていました。

 

 

それが5千円授受の真相です。

おごられる覚えはないというなら、正々堂々と私に返せばいいのに、こそこそと主催者ではない人に押し付けて行ったのです。

 

それを脅されて支払ったと被害者顔して書く。これが山田ファンかと思いました。

山田作品に出会うというのは、人間のもっともコアな部分を揺さぶられる体験と言え、その人を浄化せずにはおかないと私などは思っていますが、そうでない人もいて、犯罪者もいるということなのです。

山田作品からの薫陶というのも限界があるのだと思わざるを得ません。

 





それから更に奇妙な思い出があります。今でも謎の思い出です。

男は脚本家志望らしく、私に原稿を読んで欲しいと言ってきたことがありました。意外でした。池袋の駅前でしたが「何故私に?」と聞きました。

少し私が脚本を書いたことがあり、そのことを知っているからとのことでした。

だけど私の作品を見たこともないだろう、面白いものを書いたかわからないだろうと言いました。すると山田さんとのお付き合いも知っているしと・・ごにょごにょ言って奇妙な笑みを浮かべました。まるでチェシャ猫のようでした。

 

 

まあ、少しでもキャリアのある人に見てもらいたいというのは分かります。しかし決定的に奇妙なことがありました。

 

ほんの何分か前に、私たちは山田さんと池袋の喫茶店でお茶を飲んでいたのです。山田ファンと映画関係者と数人でした。

ですから、そんな原稿を持っていたなら、何故山田さんに出さなかったんだと思いました。

もちろん山田さんが受け取らない可能性はあったけど、それでも、私か山田さんかと言えば誰が考えても山田さんでしょう。山田さんを否定してまで私に原稿を出す必然性を感じませんでした。

 

男はあれだけブログで山田太一を語っているのに、喫茶店では一言も喋りませんでした。2時間近い間でしたが、無言でした。あこがれの山田太一の前であがっていたのでしょう。

 

むかし、男のブログに行った時、「山田記事」だけ読みました。その見当違いの思い込みと、自己中心的な文章に呆れました。読書家のようですが、狂った羅針盤でいくら読んでも無駄だと思いました。

この男は自分だけが賢いと思い過ぎている。
母親が自殺したという一件も、その不幸に滑稽なほどスポイルされている。
インテリぶって、まるでチンパンジーがスーツを着ているような陳腐さです。
「ウジ虫ブログ」という評判に納得しました。

 

それでも、哀れな情熱だけど、山田太一に恋い焦がれているのは本当のようでした。
しかし、結局原稿を出せなかった。
それで、せっかく持って来たんだから、私に渡そうとしたのではないかと思えました。



男は「感想は結構です、読んでいただくだけでいいです」と言いました。そうは言っても感想は欲しいだろうと思いながら、原稿を受け取りました。

 

 

 

 

 

山田ファンの始まり(14)悪しき山田ファンのヒエラルキー」に続く。

 

2021.6.11

山田ファンの始まり(14)悪しき山田ファンのヒエラルキー

 

「山田ファンの始まり(14悪しき山田ファンのヒエラルキー

 

 

原稿を読んでみて驚きました。完結していないのです。連続ドラマの一回目という原稿なのです。そんなものの感想を言うのは難しい。

脚本の持ち込みなんてやったことないから、こういうもので持ち込んでいるのかなと思ったりしました。

私は山田さんが世話をしてくれたから脚本を書いたことがあるのであって、それ以外にテレビ局にアプローチなんてしたことはない。

漫画は持ち込みで連載をかちとるなんてことはあったけど、テレビは全く無経験。まして完結していない原稿なんて、もうテレビ局の関係者に出すしかないものだと思いました。

 

男とは、そういう思い出があります。

 


その後ブログを見ると、驚くことに、「山田太一には会ったことはない」と書いており、「山田太一と会うことを好んでおられる方もいらっしゃるようですから、そういう方々にお譲りします」なんて書いています。

 

山田さんの前で一言も喋れなかった臆病者が、会ったことがないと嘘をつき、会いたい人に譲りますよと、まるで私の思いやりで皆さん会えるんですよと言っているわけです。
この陳腐なお体裁はなんでしょう。

 

要するに内弁慶ならぬネット弁慶なのです。現実に対してしっぽを巻いて逃げる気の小さい男が、PCに向かった時だけオレ様口調で大口をたたいている。
気の小さいことが問題なのではなく、そういう自分にちゃんと向きあうことなくごまかして、小賢しい知恵で嘘をつき続けていることが問題なのです。

 

私の頭にはあのチェシャ猫の笑顔が残っていました。

男はよく「山田太一の弟子を自称するあいどん」とブログに書いています。
弟子を自称なんてしたことはないし、そんな徒弟制度はないけど、男は、そう書くことにより、あいどんって奴は頭のおかしな奴なんだと、ネガティブキャンペーンをはっているわけです。
しかしあの笑顔を思い出すと、ひょっとすると本気で思っていたのかも知れないと思えるのです。

 

この男はかつて通った「シナリオセンター」に苦情を言って、センターと訴訟沙汰になったという過去を持っていますが、ものを書くなんて教えられる世界じゃないと思っている私としてはヒマ人だなあと笑っていました。

しかしこの男は案外ものを書くことは教えられる世界だと思っているのかも知れない。
山田太一の弟子になれるかも知れないと思ったのかも知れない。

あいどんに忖度をすることによって、山田太一に取り入ろうとしたのではないか。

それが上手くいかなかったから、怒り狂ってあいどんのネガティブキャンペーンをはっているのではないか。

 


この男の根幹にあるのは山田太一という権威です。
その権威の下に山田ファンとしてのヒエラルキーを構築し、そこで優劣を競う世界を展開しようとしている。


 

「山田太一の本を一冊も読んでない者が、どうして山田ファンと言えるんだ」と男が言った背景には、テレビドラマはほとんど放送がなく、レンタルも限られたものしかなく、中古市場にある山田書籍を追いかけるしかないという現実があります。


後発山田ファンにとっての山田太一というのはほとんど書籍であって、映像ではない。
その哀しい現実がこんな誤った山田ファンを発生させてしまったのだと思えます。

 

 

 

現在、この男は5千円恐喝記事などをブログからこそこそと消しています。

訴訟をおこされるのが怖いのでしょう。

しかしデジタルタトゥーは、消しても拡散して永遠に消えないからデジタルタトゥーなのです。嘘の情報は永遠にネット上を漂い続けます。


 

未来の山田ファンが、山田太一について検索したら、そういうものがひっかかってきて、真偽には関係なく情報のひとつとして入って来るということです。

私やドラマ・ファン常連は、陰で山田太一の悪口を言う狡猾な奴と思われ、後輩山田ファンを恐喝する犯罪者だと思われ続けるのです。


こういう罪人は法で裁くしかありません。裁いても嘘情報は消えないけど裁くしかない。

 




 

山田さんの作家歴は60余年になります。

昔は偶然つけたテレビの中に、なんだかいい人見つけたという感覚が山田体験だったのに、そういう人ばかりではなくなった。

新しい山田ファンは山田太一の評価が固まっている中で、自分の山田体験が始まるわけです。雑音があるのは仕方ないことです。歴史がありますから。

そして各時代ごとの山田ファンが存在していて、更に雑音の数を増やす。無垢な状態では山田作品を鑑賞出来ない悲劇があります。




山田太一の巨匠化はそういう現象を引き起こしていると思います。

ウジ虫みたいな男の出現は、悪しき人間はいつの時代もいるという現象にすぎませんが、山田ファンはそういう状況下にあるということだけは認識しておかなくてはならないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山田ファンの始まり(15)山田さんの家庭」に続く。

2021.6.11

山田ファンの始まり(15)山田さんの家庭

 

「山田ファンの始まり(15山田さんの家庭

 

 

 

若い時の話に戻ります。


 

「自分が生まれて来て良かったと思えないうちは、子どもなんて産めない」そう女子大生は言いました。心理学専攻で、私と話の合う女性でした。


私もまた子供を作るなんてとんでもない話で、生まれてきたけど本格的に人生に参画していいかどうか戸惑っていました。生まれてきた責任という言葉がありますが、私もそのことにこだわっている若者でした。




 

自分の意思で生まれてきた者は一人もいない。



そのことは、深いところで親を憎む気持ちを育てていました。平凡で善良な両親でしたが、そんな気持ちを醸成していたのです。

自分がもし子供を作るなら、そのことの答えを見つけ出さない限り無理だと思っていました。家を出て一人暮らしをする動機もそこにあり、悶々と原稿を描く動機もそこにありました。

 

「もし人生が苦悩に満ちているものなら、子どもを作ることは苦悩の再生産ではないか」(井上ひさし「道元の冒険」)「家庭の幸福は諸悪の本」(太宰治「家庭の幸福)そんな言葉に惹かれていました。

 


でも友人たちはなんとなく結婚し、「ガキがガキ作ってどうすんだよ」なんて笑いながらなんとなく子持ちになっていました。私は、それでいいのかと、怒りすら覚えていました。

 

 


ところが、山田さんとの交流で、私は家庭と言うものが「いいもの」だと思い始めていたのです。

山田さんの家庭で、お子さんとの交流を見ていると、そんなこだわりが随分観念的な考えだと思えてきたのです。






独身生活をおくる私にとって、時折り訪れる山田さんの家は、唯一の家庭でした。

幼いお子さんの縦横無尽の活動ぶりにびっくりしていました。山田さんはその活動をゆったりとした目で見ているのです。

 



例えば私と山田さんがソファーに座って話をしていると、幼稚園のお子さんが山田さんの隣でリコーダーを吹き始めるのです。もう、やかましくて会話が出来ないほど。でも山田さんは特別怒りもしません。ゆったりと私と会話を続けます。

 


勘の鈍い私は後で分かったのですが、お子さんは「ほら、こんなに上手く吹けるようになったんだよ」と私に自慢していたのだと思います。私は上手だねえと褒めなければいけなかったのです。まったく気の利かない若者です。山田さんはお子さんの気持ちを分かっていたのか、叱りもしなかった。

 


しかし九州の私の父だったらどうだろうと思いました。子供の気持ちはわかるけど、お客さんの前だ、静かにしなさいと叱責したと思います。そういうお体裁を優先したと思います。山田さんはそこが違いました。

 





こんなこともありました。


小学生のお子さんが、「大きくなって彼氏ができたら、あそこでデートするんだあ」なんて夢を語っていました。すると山田さんが「その時は、パパが行って邪魔してやる」と笑いました。

するとお子さんは、なんて馬鹿なことを言うんだ、という顔で「パパはその時死んでるんだよ!!」と言いました。

私はびっくりしました。いくらなんでもそれは言い過ぎだろうと思いました。

 

さすがに山田さんも言葉に詰まりましたが、かろうじて「じゃあ、幽霊になって邪魔してやる」と返しました。

でも山田さんの劣勢は返せませんでした。

お子さんの言葉に深い意味はなく、大人は自分たちが大きくなった頃はみんな死んじゃってるんだ、くらいの気持ちだったのだと思います。

 




子どもって凄いなあと思いました。



子どもは観念をぶち壊してくれる。私は家庭のダイナミズムとも言うべきものに触れ、それは「いいもの」だと思い始めていたのです。

 



それからこんなことも。

確か「男たちの旅路」とか「岸辺のアルバム」なんかを書かれていた頃だったと思います。夕食が終わって、しばらくリビングに山田さんがいないということがありました。

ご家族も自室に戻っていて、誰もいなくて、ポツンと私だけでした。山田さん何処だ?と思ったら、かしゃかしゃと台所から音が聞こえ、見てみると、山田さんは台所でお茶椀を洗っていました。

 

当番なのかなと思いました。筆一本で家族を養っているのに家事も分担している。九州の私の父には絶対ないことで、新しい家庭を見た思いでした。今でこそそういう男性はたくさんいますが70年代のことです。






それが山田さんの実践していた家庭でした。

 

 



そんな時に山田さんは家庭崩壊劇「それぞれの秋」や「岸辺のアルバム」を書きます。


マスコミは家族崩壊現象をセンセーショナルに書きたてます。今後の家族はどうなると煽ります。


別に山田さんは家族無意味説を唱えているわけではないのだけど、家族崩壊というワードは一人歩きを始めます。

 

山田さんは、自宅では微笑ましい家庭を営み、十分にその栄養を吸収しているのですから、マスコミが言うほど悲観的に家族を見ているわけではないと私は思っていました。



むしろそういう哀しいドラマを描きながら、一人一人の、ふくよかな人間描写に注目すべきだと思っていました。




権謀術数に重きをおかない展開、小さなこだわり、哀惜、おっちょこちょい、出した言葉と自分の乖離、生存の曖昧さ、そのジレンマ。

 



今でも山田ドラマと言えば、家族崩壊を描いた辛口ホームドラマという括りがありますが、それは一面しかとらえていないと思っています。


巨匠になった山田太一には、おびただしい通念が蔦のようにはびこってしまっているということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山田ファンの始まり(16)結婚式」に続く。



2021.7.9

山田ファンの始まり(16)結婚式

 

「山田ファンの始まり(16結婚式

 

 

 

 

山田さんが家庭崩壊劇で注目されているころ、無謀にも私は結婚しようかと思っていました。家庭のダイナミズムを味わってみようと思っていたのです。


いえ、相手は最初にお話した心理学専攻の女子大生ではありません。


二人で「自分が生まれて来て良かったと思えないうちは、子どもなんて産めない」なんて言ってたらお話になりません。むしろそういう観念性からは遠く離れた女性を選びました。

山田さんも喜んでくれました。

 

 

 

選んだ女性は早速とんでもないことを言いました。




「山田さんに仲人をお願いしようよ」




 

私には考えられない提案でした。

この人は山田さんがどれくらい忙しい人かなんてわかっていないのです。なんだか有名な人くらいの認識しかないのです。



ところが山田さんは「雇われ仲人でいいんだよね」と具体的な返事をします。

「雇われ仲人」ってなんだ?と思われるかも知れませんが、本格的に両家への挨拶、結納、仲立ちを行うのではなく、ほとんど結婚式のみに立ち会うという意味で、山田さんはそれならばと言われたわけです。

 



 

もう家庭のダイナミズムどころではない、結婚だけでとんでもないことになりました。

しかも私は九州で結婚式を挙げようとしていたので、忙しい人にご足労ねがうことになるのです。




式に参列する親戚知人は、山田太一って何やってる人?え?シナリオライター?何それ?と、分かる人は少なく、倉本聰の定番ネタで、「昔シナリオライターやってますなんて言ったら、どんなライター売ってるんだ?と言われたもんです」というのがありますが、そんな状態でした。




 

私の両親は、さすがに私からいろいろ聞いて、それなりに山田情報は入っていました。



何より私が山田太一と言う名前を意識する前から「記念樹」だの「3人家族」だの「女と刀」だのを観ることが出来たのは、両親がテレビのチャンネルを「木下恵介劇場」に合わせてくれていたおかげです。




たくさんの作品の中でどれが山田ドラマかということは分かっていなかったと思いますが、ドラマの雰囲気は分かっていたと思います。素養は十分にあったのです。でも、それはあくまでも石井ふく子の「東芝日曜劇場」を楽しむように「木下恵介劇場」も楽しんだということに過ぎませんでした。

 

 


戦時中、山田さんのお父さんが湯河原に別荘を持っていたことは山田ファンならご存知でしょう。
その話を聞いて母は、「ほら、別荘ば持っとらすとよ。金持ちやもん。私らとは身分が違うとよ。それでなきゃ、テレビに名前が出る人にはなれん」と言いました。

 

山田さんのエッセイでは、別荘と言っても、ミカン畑の中にあった小屋のようなもので、疎開した時に、とりあえずそこに住んだという話だったのに、別荘という言葉だけに反応して、貧乏人とは違う人なんだと言ったのです。

 

まあ、小屋という表現も山田さんの謙遜だったでしょうし、裸一貫から中華料理店を成功させたお父さんが、別宅を持つというのは、時代の貧しさを被っていたにせよ、確かにお金持ちと言えたでしょう。





山田さんがテレビの仕事が出来るのも、金持ちの特権階級だから出来る、才能の問題も、金持ちの血筋だから備わったのだと両親は思ったのです。

 



その山田さんが、結婚式前日に私達と両親を「お食事に招待したい」と言われました。



両親は「そんな偉か人と、お食事なんて、とんでもない」と震え上がります。

見たこともない高級レストランでナイフとフォークがずらりと並んだ光景を想像したのかも知れません。失礼なことをしてしまうかも知れないと思ったのかも知れません。


 

山田さんご夫妻を九州に招くにあたり、当然のことですが、飛行機もホテルも全部こちらで準備しました。貧乏人の必死の頑張りでした。

山田さんは、そんな私たちに、散財させて申し訳ないと思われたのかも知れません。また仲人としての事前打ち合わせという思惑もあったと思います。

しかし両親はそんなことを考えるところまでには至らず、怯えの中に埋もれてしまったのです。

 

 

私たちは食事に行きましたが、結局両親は行きませんでした。

ナイフとフォークが並んでいるようなレストランではなく、河豚の高級割烹でした。でもそんなことは行ってみなければわかりません。私たちが河豚のコースを楽しんでいる頃、両親は残り物とお茶漬けで済ましたようでした。

山田太一というのは両親にとって畏怖すべきものでした。「お前は分不相応の人間とつきあっているのだ」と私に対して思っていました。

 

以前、田宮二郎さんが、山田さんのお宅を訪問し、いろいろと相談をしていたことが週刊誌で話題になったことがありました(田宮さんが自殺した頃だったと思います)。

その時、山田さんが役者はもちろん、スタッフすら家庭に招くことはなかったので珍しいことだったと書かれていました。

 

山田さんは滅多に他人を招かない人なんだと、その時初めて知りました。

そうすると私は何なんだ?と思いました。私は親戚でもないのに山田家の幼いお子さんや夕餉の風景を体験している珍しい存在のようでした。



確かに私と山田さんは謎の関係だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山田ファンの始まり(17)なんの利害もない関係」に続く。



2021.7.9