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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

わしも介護をやってみた!(5) ハゲ頭を洗う必然性。

六月二十八日(月)。

初めての送迎運転は大失敗。

お年寄りの体を慮って慎重に運転し過ぎ予定時間を大オーバー。皆さん予定時間に準備して中には外で待っている人もいるというのに。

というのも送迎運転というのは、通常の運転とはまったく違う配慮を要求される。急ブレーキ急発進はもちろん絶対禁止だが、それは一般的な意味ではない。普通の発進とブレーキがすでに急なのだ。

それほど利用者さんの体にかかる負荷を考えなくてはならない。

車には通常二台の車椅子が乗っているが、この車椅子に乗った状態の揺れというのも独特である。実際に私も車椅子に乗って普通の運転をされたらどうなるかという体験をさせてもらったのだが、とてもファミリードライブのような気持ちの運転は出来ないと感じた。

 

また道路というのは実に起伏に富んでいる。舗装はされていてもマンホール部分は洗面器の底のようにへこんでいるし、舗装が取れている部分も多々ある。それを避けながら走るのだが、避けきれないときは「穴」に降りる時にゆっくりブレーキを踏みながら降りて行く。そしてゆっくり「穴」を上って来るという操作を繰り返す。そうやってガクンという揺れを防ぐのである。

 

もちろんそんなのんきな運転が出来るのは狭い道の時だけで、ある程度広い道に出ると後続車をイライラさせるので出来ない。停車して後続車に追い越してもらったり、あるいはある程度の揺れは仕方ないと判断して走る。

この仕事は自分の車だったらこんな狭い道は絶対走らないというところばかり走る。それは利用者さんの住んでいる周辺は当然生活道路ばかりということに由来する。どの道も殆どが昔農道だったところである。とてもとても車が走るような道ではない。

しかし送迎車は出来うる限り利用者さんの御宅前まで行き、必ず玄関まで添乗員が送り迎えをするように義務付けられている。車のドアの向きまで利用者さんの家向きにして停車しなくてはならないので、わざわざUターンしたり細い路地をバックで入っていったりするほどである。

 

 

七月三日(金)。

富士見さんが「この仕事は入浴介助が一番大変です。それに慣れさえすればね」と言っていたが、確かに入浴介助は大変である。

湯船につかるわけではないが一時間以上浴室内にいて、利用者さんの体を洗い、利用者さんが代わるごとに椅子や洗面器を洗う。更に個浴という個人向きの小さな浴槽も人が代わるごとにお湯を抜き、掃除し、再びお湯をはるという汗だくの仕事である。かなりのスピードが要求されるし、浴室の熱で意識朦朧となる。

 

しかも入浴というのはもっとも危険な作業である。利用者さんの転倒の危険はフロアよりはるかに高いし、介助も裸体ゆえにつかまえるところに限界がある。一歩間違えると死亡事故につながりかねないのだ。

 

意識朦朧状態で何人も洗っていると、洗う順番を忘れそうになる。利用者さんの体を洗う順番やその都度の声かけはマニュアル化されている。まずシャワーからお湯を出し利用者さんの手にかけ温度確認をしてもらう。ぬるめが好きな人もいれば熱めが好きな人もいる。その確認をしてもらってからシャワーを体にかけ始める。この時必ず自分の人差し指をシャワー噴出し口に出しておく。これはふいに温度が変わった時の用心で、隣の人のシャワーが出るだけで温度が変わることもある。

 

そして「では、頭にかけまーす」と言って頭にかける。「シャンプーつけまーす」と言ってシャンプーをつけ洗い始める。「何処か痒いところ御座いますか」と必ず聞く。頭を泡立てた状態で「では手に石鹸をおつけしますからご自分で顔を洗っていただきますか?」と、あくまで強制ではなく促しで、利用者さんの手に石鹸をつけ、利用者さんに顔を洗ってもらう。そして頭にシャワーをかけシャンプーと石鹸を流す。

 

それから体である。体は背中と腕は洗ってあげるが「(体の)前はご自分で洗われますか?」とタオルを渡す。利用者さんのADL(日常生活動作能力)によってそこから先は変わって来るが、全部洗ってあげなくてはならない人もいるし、殆どまったく介助の必要のない人もいる。

 

さてこの前から気になっているのだが、この頭をシャンプーする時のことである。

ハゲ頭の人がいるのだ。

シャンプーは一応かけるが、やはり頭頂部は泡がたちにくいので耳とか首筋近くの多少髪の毛が残っているところで泡立てる。その泡を頭頂部に持って行って洗うという行為を行う。

その時、洗う必要あるのかなーなどと失礼なことを思ってしまう。でも頭に油も出てるしやっぱり洗わなきゃいけないんだろうな。つるつる指がすべるだけで虚しさを感じるのだけど・・・・。

 

 

 

(6) 評判と不評 に続く。
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わしも介護をやってみた!(6) 評判と不評。

七月六日(火)

橘氏の退職が今朝正式に通達された。

七月二日の入浴介助時に黒岩氏に叱責され、納得出来ない橘氏はそのままセンターの所長に抗議。「ここまで言われてはやってられない」と辞意を表明していた。当然所長らのひきとめ策が講じられたと思うがこの結果となった。残念だねと他の新人と話す。

 

ここでこのセンターの管理体制を説明しなくては話しが了解しにくいと思えるのでざっと概略を。

 

所長(男性)の下に富士見という女性責任者がいて、久保田という女性常勤職員、黒岩という男性常勤職員が配置され非常勤職員を管理している。

三人とも三ヶ月ほど前にその大任についた二十代から三十代になりたての若者である。

管理者が何故三ヶ月前に新人になってしまったのかというと、三ヶ月前にそれまでの管理者が複数同時に辞めたからである。

何か「政変」のようなものが起きたらしい。

おそらく非常勤職員も大量に辞めたと思われる。だから私のような非常勤職員が何名も雇われたのであろう。

 

さて問題はスタートした職場における新人管理者と古株非常勤職員の軋轢である。介護の「やり方」、あるいはもっと深く言えば「あり方」を巡って細々対立しているらしく、これまでの方法を踏襲したいベテラン非常勤職員と新しいことをやりたい新人管理者という図式があるらしい。

 

中でも同性介護を基本とするこのセンターでは、黒岩氏は男性チームのリーダーでもあるのだが二十五歳という若輩にも関わらず態度が大きいと不評である。いくら上司といっても年上の非常勤男性職員に対する態度が傲慢であるとパート女性の不満は留まらない。

 

今回、おそらく六十代前半と思える橘氏とのトラブルも「またか」という印象で捉えられている。以前にもさる年輩男性がいびられて辞めていったらしいのである。私もおそらくいびられているのではないかとパート女性の同情を受けているのだが、今のところそういう事はない。

 

まあ、若さ特有の思い込みと、私を叱責したあの女性(久保田)のように「正しいことは言ってかまわない」という狭量さの問題はあるが、私は様々な職場体験でそういうのは慣れっこなので我慢できる。橘氏は慣れていなかったのかも知れない。

 

で、その黒岩氏が何故橘氏を叱責したかと言うと、直接のきっかけは私である。

入浴介助時、私は衣服の着脱の役をしていたが、車椅子に座った利用者さんのパンツとズボンを上げる際、自力で立てる人なのかどうか分からなかったので橘氏に聞いたのである。利用者さんに聞いても明確な返事が得られなかったので先輩に聞くしかなかった。

 

しかし橘氏もよく分からなかったらしく、浴室で利用者さんの体を洗っている黒岩氏に聞いた。黒岩氏は忙しくてとても脱衣所には出て来られない風だったが、なんとか浴室から出てきて対応してくれた。

 

しかし入浴終了後黒岩氏は橘氏に言った。言ったというより殆ど怒鳴っていた。

 

「橘さん!あなたは介護というものをどう捉えているんですか?あなたは寺尾さんの大先輩なんですよ?ああいうことを一々私に聞くということはどういうことですか?そういうの僕、はっきり言って一番嫌いなんですよ!」

橘氏は「いや、私も咄嗟のことで、分からなくて思わず黒岩さんに聞いたんです」と言った。

すると黒岩氏は「いや、事情は分かりますよ。でもね、私が聞いているのは橘さんがどういう気持ちで介護をやろうとしているかということなんですよ」

とそこまでは聞こえたが、私は浴室の掃除をしていたため後は口論のようなものが切れ切れに聞こえるだけで明確な論旨は聞こえて来なかった。

 

掃除が終って出ると黒岩氏はもうフロアに戻っており、橘氏だけが憮然とした顔で脱衣所の掃除をしていた。

「私のことで迷惑かけてすみませんね」と私は謝った。

更に「でも介護のやり方を間違えて、万が一取り返しのつかないことになったら困りますからね。利用者さんが怪我をするとか・・『失敗しましたスミマセン』じゃ済まない仕事ですからね」と言うと橘氏は「そうなんですよ。私も分からなくて咄嗟に聞いちゃったんですよ」と言った。

 

橘氏は「私はもう」と言い腕でバツ印をジェスチャーし、「こんなこと言われてまでやる気はないです。もう辞めます」と言った。そのあと所長とお昼御飯も食べないで話をしていた。

 

 

また苛めて辞めさせたというのが非常勤職員の一致した見かたであるが、その時もう一人新人男性(三十三歳)が脱衣所にいて一部始終を目撃しており、彼は苛めとは思わなかったという。一応論旨の通った主張を黒岩氏はしていたということである。ただ、いくら正しい論旨でもあの剣幕はないだろうと私は思う。あれじゃあ傷ついちゃう。

 

段々と職場になれて来たが、なれると同時にどちらの勢力につくかということが今後問われてきそうである。事実どちらの勢力からも秋波が送られてきている。

黒岩氏は古株の言うことなんて聞き流しておけばいいんですよと私に笑いかけてくるし、パート女性からは黒岩のいう事なんて気にしないでなんでも相談して下さいねなんて言われる。

三十三歳の新人男性もそうなのかと思ったら、彼は黒岩氏が贔屓してあまり叱らない新人と見えているようで「あいつは黒岩の仲間だ」という判定になっているらしい。

 

人間が生きるということは生臭いことだ。








7) 七夕の願い に続く。

わしも介護をやってみた!(7) 七夕の願い。

七月八日(木)。

送迎役のため利用者さんのお宅を覚えるのが急務の自分。

毎日仕事の帰りに自転車やバイクで道を確認している。しかし仕事中の送迎時は夢中で運転しているので記憶がとぎれているところも多く四苦八苦。確かにこの路地の何処かだということは分かっているのだが家が確定できないところがある。お年寄りの名前は分かっているけど、殆ど家の表札とお年寄りの苗字は一致しないので確認がとれない。

 

お年寄りは一体どの親族に身を寄せて暮らしているのか、どのような家族関係の中にいるのか、その不一致だけでもいろいろ想像してしまう。お爺さんは一致する確立は高いがお婆さんはとてもとても。デイサービスという業務がお年寄りのためというより、半分以上は家族の負担を軽くするためと言われるが、人々がひとつ屋根の下で暮らすというのは安らぎとともに息苦しいものもまたあるということである。生半可ではない。

 

あるお婆さんはいつも車に乗る時ぼやいている。

「息子が可哀想なんだよ。わたしみたいなババアがいちゃ嫁が来ないんだから。私がいるから帰って来ないんだから。息子が可哀想だよ。私なんか早くくたばっちまえばいいんだ」

 

 

 

さて七月はプログラムとして「七夕飾り」を一週間やったのだが、飾りは作ってもなかなか「願い事」の短冊は書いてくれないお年寄りたちだった。

「なんの願いもないよ」

「字なんか書けない」

「え?金持ちになりたいと思わないかって?今更思わないよ」

 

みんな照れなのか、渋々願い事をしぼり出し、手が満足に動かないひともいるので職員の代筆で短冊を完成させる有り様。そうやって完成した何本もの七夕飾り。それでも「孫が元気に育ちますように」などと微笑ましい願いも。

 

でも、いよいよ七夕が来た昨日七月七日、あるお年よりが亡くなった。

心筋梗塞とのこと。

家族が外出から戻ったら倒れており、すでに手遅れだったらしい。

ご自分でちゃんと歩けるし元気そのものだったのにと意外な気持ちに職員一同なる。

 

その人の短冊には「いつまでも健康でいられますように」とあった。

遺筆なのではと一瞬思ったが、字が下手だからと職員の代筆だった。

でもそれはその人の最後の願い。

 

 

 








8)ミーティング に続く。

わしも介護をやってみた!(8)ミーティング。

七月九日(金)。

さて昨日七月八日は一時間きっかりの予定でミーティングが行われた日でもあった。

新しい管理体制と非常勤新人の増加で仕事のやり方が不統一になっているという古株非常勤の突き上げがありこの時間が設けられた。

 

でも一日の業務の始まりから仕事内容を一つひとつ話し合って確認していたら、お昼までの確認で一時間を過ぎてしまい、後半のお昼から終業までは後日ということになった。それほど話はじめたらバラバラだったのである。

 

新人常勤職員とベテラン非常勤職員の、言葉は丁寧で優しいけど折々にあらわれる意地とこだわり、それは予測されたものの、ここまで不統一ということは後一時間やってもとてもミーティングが終るとは思えないと思う。

でもそれはそれで少しずつ進むしかない。

 

ところでこのミーティング中意外なことがあった。

あの不評ふんぷんの黒岩氏がまったく発言しなかったのである。かろうじて質問されて答える程度で、あの傲慢と評価される人物にしてはまったく発言を控えた態度を貫いたのである。

 

理由はミーティング後明らかになる。

 

ここで一人の人物を紹介しなくてはならない。

馬飼野さんと言う七十代の男性非常勤職員である。介護歴八年のベテランで、言ってみれば彼が非常勤職員の精神的かなめであり、理屈ではない介護を知る「生きた辞書」とも言うべき人物である。

 

馬飼野さんに対する信頼は厚く、あるパート女性などは私に「黒岩の言う事なんて聞かなくていいの、馬飼野さんの言うことだけ聞いてればいいの」と極言して憚らない。

馬飼野さんはそのような傾向を「女性たちは少し感情的になり過ぎている」と困惑している。

 

その馬飼野氏が昼間に黒岩氏に懇々と諭したらしいのである。

橘氏が辞めたこと。

そしてその前にも辞めた人がいること。それがどんな意味を持つのか。そういうことを馬飼野さんなりに語ったらしい。それ以上の詳細な内容は分からないが、そのことが黒岩氏の発言を控えさせる結果となったらしい。

 

ミーティング終了時馬飼野氏は言った。

「この『草のちから』(社会福祉法人。20ヶ所近い施設を営む)の会長は随分昔こういうことを私に言われました。この会では常勤職員は二十代の方しか雇いません。それ以上の年齢の方は非常勤職員として雇用しています。それは常勤職員には『介護の専門性』を期待し、非常勤職員には『人生経験に培われたもの』を期待しているからです。その両者のよりよき融合を私は願っていますと・・・・」

 

そう馬飼野氏は言い、更に「私は、このことをもう一度常勤職員の方々は考えていただきたいと思うんです。色んな人生経験を持った方が介護の現場にいらしている。そのことを生かす方向で考えていただきたいんです」と締めくくった。

 

会長なる方の職員の分け方意識には問題があるが、介護の現場には福祉を学んだ若者とパート女性と定年後の男性しかいなかった時代の話であろうから、そんなものかも知れないと私は思った。

それでも理屈ではない人生経験を介護の現場に持ち込もうという主旨には賛成である。そのことを生かす方向で職場も行かなくてはならないことは明白である。馬飼野氏はそのことをもう一度考える必要があると強調していた。

 

ミーティングが終った時すでに時間は二十分もオーバーしていた。早々に会議は終了し、その日勤務でなかった者で会議だけ残業時に参加した者もおり、あたふたと次の予定に向けて一同は解散した。

 

でも帰りしなにセンター出入り口で非常勤組の女性と馬飼野氏の立ち話(ミーティング二次会?)がはじまり、なんとそれから一時間以上も続いてしまった。

やはり常勤職員の妙なエリート意識が匂うところに問題の根っこがあり、黒岩批判が花開く。三ヶ月前まではこんなじゃない素敵な職場だったのよと嘆く女性の方が、こんな時に入ってきたあなたは本当に可哀想などと同情されたりして、さてさて、これからどうなっていくのかと思う私である。

 












9 黒岩氏のこと に続く。

わしも介護をやってみた!(9) 黒岩氏のこと。

七月十一日(土)~七月十三日(火)。

傲慢。

年輩職員に対してもぞんざいな口をきき退職にまで追い込んだ。介護の実際に際してはまったくの素人なのに謙虚さがない。黒岩氏に対しては非難轟々で、その傾向は橘氏の退職によって更に強くなって来ている。

 

ある女性は最近のエピソードを憤る。

「黒岩さんはもの凄く遠回りをするの。それで利用者さんに飲み物も飲ませないのよ」と。

 

どういうことなのかと言うと、日曜日に三人の職員で近くの町の「七夕祭り」に利用者さんを連れて行った時のことである。「七夕祭り」の帰りに渋滞に引っ掛かり予定通りに帰りつけないのではと思われ別ルートを走り始めた。もちろんそちらも詰まっていたが国道ほどではないと予想された。

 

女性はそこで少し車を止めて休憩し、持参した飲み物を利用者さんに飲んで頂きましょうよと提案した。渋滞の走行とはいえ、随分長いことノンストップで走っていたのである。すると黒岩氏は「どうせノロノロ運転なんだから、このまま飲んで貰って下さい」と言ったという。

女性は驚いて「センターで飲む時ですら介助の必要な人がいるというのに、いくらノロノロ運転でもそんな事出来ないでしょ。何も長々停車するという事ではなく五六分の事ですよ」と抗議したと言う。

 

すると反論されたのが気に障ったのか黒岩氏は返事もしないで走り続ける。女性は暫く黙っていたが、いくら経っても止まる気配がないので再び抗議した。しかしまったく返事はない。黒岩氏は完全に臍を曲げているのだと認識する。

 

やがて女性はもっと変なことに気付く。

曲がるべき交差点を曲がらなかったのだ。このまま直進し続けたらセンターから遠ざかる一方である。この人は渋滞を迂回したのはいいが、よく道を分からないで走っている。いや、臍を曲げてしまって平常心をなくしているのかもしれない。

このままでは益々時間の遅れを取り戻せなくなる。

次の道で曲がれば最小限のロスで済む。そう思った女性は、黒岩氏のプライドを傷つけないようにそのことを伝えたと言う。黒岩氏は面白くない顔をしたが無言で従った。

 

そんなこんなでかろうじてセンターに帰り着いた苦労話を女性はした。

そして言った。

「人の批判が気にいらないのは分かる。私だって正しいことを言っているとは限らない。でも、その不快さを利用者さんの前で出すのはどうかと思う。結局飲み物は利用者さんに出せなかった。こんな事、つまり仕事以前のことで苦労するのはたまらないし、何よりも利用者さんに申し訳ないと思う。あの人はそういう事がまるで分かっていない」と黒岩氏の人間的未熟さを誹謗した。

 

私も話を聞きながら、もしそれが女性の感じた通りの出来事であるのなら、黒岩氏は傲慢というより幼児性の強い人間ということになってしまうと思った。真実は何処にあるのか。

 

さて、それはともかく私は黒岩氏をどう捉えているのだろう。

私は現時点ではそのように極端な幼児性に遭遇したことはない。

確かに二十五歳という若年ゆえか、主張を通すことに躊躇いがなく「正しいことは主張していいんだ」という「単純さ」が見て取れる幼さを感じるだけで、それ以上の支障は感じていないし、そんなに間違ったことを言っているとは思えない。むしろスポーツクラブのインストラクターをやっていた過去もあって、ボディメカニクスなどの教えは成る程と感心させられているくらいである。

 

ただ橘氏の一件の時、それまでの橘氏との経緯がどうあれ、彼が一片の後悔もなかったことが残念だと思うのみである。彼は「橘さんへそ曲げちゃった」と言っただけで、退職という事態になってもさしたる反応がなかったのである。

彼の中では「ダメな奴は排除する」という論理しかないのだなと思わざるを得ない。

 

そんな中で、私自身は彼の論理では「ダメな奴」という評価にはなっていないようである。むしろ私に対して妙な劣等感すら持っているふしが見える。どういうことかというと、例えば首からかけている職員証のプレートの肩書き部分が私一人だけ赤い文字で書かれているのを気にしていたりするのだ。

 

最近入った私と同じ新人も含めて全員黒い文字で書かれているのに、私だけ赤い文字なのだ。理由は不明だが、そのことを彼は将来の幹部候補ゆえの色分けではないのかといった空想を、あくまでも冗談めかして言ったりするのだ。

 

ある時こういうこともあった。社会保険加入のため年金手帳を提出する際「寺尾さんは選挙なんか出ちゃいそうだから、未納議員になったりしないようにしないとね」などと、これも冗談めかしてだが、でも半ば本気で言ったりするのである。その私に対するイメージの広げ方に驚いてしまうのである。

その空想のあり方は十分幼児的と言えるかも知れない。

 

 













10)イメージ に続く。