忍者ブログ

山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

わしも介護をやってみた!(20) チャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカ。

 

九月十七日(金)。

昼食後は何がしかのプログラムがある。ゲームであったり、おやつ作りであったり、ドライブであったり、利用者さんを退屈させないことはもちろん、なるべく体を動かせるようなレクリエーションを心がける。

 

それが終り三時のおやつを出し帰りの支度が整ってから車に乗るまでの間、ひとときの退屈な時間が生じる。かといって何かゲームをやるような時間もない。

個別に少し会話をするくらいのことしか出来ないのだが、あるベテラン非常勤女性はこういう時必ず歌を歌い始める。歌詞を印刷したコピー本があるのだがそれを配り、昔懐かしい歌を手拍子で歌う。

 

ほんのひとときであるが、帰りしなにそういうことがあると本当に気分よくセンターをあとに出来るのである。終りよければ全てよしではないが、「仕上げ」というものは大事である。ベテランはよく知っている。

 

この日もそんな感じで歌が始まった時、私はフロアの横の部屋でベッドに眠っているお爺さん(血尿を出した方)をおこしてトイレ誘導をしようとしていた。お爺さんは少し眠ったので元気を回復されたらしく、歩いて行けそうだった。

赤ちゃんの「あんよは上手」の要領で両手を前でとり、少しずつ歩いてもらって部屋からフロアに出ると丁度歌が「東京音頭」になっていた。

踊りお~どるな~あ~ら~、ちょいと、とうきょう、お~ん~ど~お~♪というやつである。そしてチャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカ、というあのリズム。

 

そのリズムと手拍子が丁度お爺さんの誘導のリズムと重なってしまった。

私が面白がって誘導する手をより一層リズムにのせると、それに合わせてお爺さんは足を出した。歩きやすそうだった。一歩一歩と私の手の誘導がまるで盆踊りのような按配になり、フロアの半ばまで来たところでみんな一斉に気付いた。

ドッと笑った。

お爺さんもその笑いで自分たちが衆人環視の下で踊るように歩いていることに気付き「何させるんだよう」という苦笑いをした。それを見てまたみんなが笑った。

 

チャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカ。

私たちはみんなの手拍子でトイレに入って行った。ドアを閉めると、トイレのドア越しにまたドッと笑い声が聞こえた。

 

送迎車の準備が出来たらしく、そのあとすぐに利用者さんの呼び出しが始まり皆で歌いながらエレベーターに向かい始めた。

トイレから出たおじいさんも、チャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカと向かった。

また笑い声。

 

思いがけずいい「ショー」をやったと私は思った。「ショー」ではお爺さんに申し訳ないけど。

 

 

 





21) 行ってらっしゃいお姫さま に続く。
PR

わしも介護をやってみた!(21) 行ってらっしゃいお姫さま。

 

九月二十三日(木)。

その日一番目に迎えに行くのはNさんというお婆さんだった。

この人は必ずと言っていいほどトラブルがある。とにかく車に乗せるまでが一苦労である。ガスの元栓チェックはもちろん、電気のスイッチ、戸締りもチェックする。


 

いつだったか「食器を洗ってるから出かけられない」などと言われ、急遽私が洗い物を済ませてやっと車に乗せたということもあった。息子の嫁が逃げて行ったことを自分のせいだと心配し、自分なんかくたばってしまえばいいんだと言っていた方である。

この人をうまく誘いだせるかどうか、それによって後の送迎の時間表が変わって来る。私と添乗員(馬飼野さん)は気合をいれた。

 

お宅へ伺うとNさんは玄関の前の木箱に腰かけて泣いていた。

馬飼野さんが「どうしたんですか?」と聞くと「昨日息子が私を殺そうとしたんだよお」と凄いことを言い、杖を握りしめて泣いた。

「ひいいい~」というNさんの声が静かな朝の住宅街に響き渡った。「あたしゃあ口惜しくて口惜しくて生きていたくないよお」と嗚咽するNさんに馬飼野さんは「そうですか。では一度車に乗りましょう。車に乗ってからいろいろお話を伺います」と乗車を促した。

 

すると「行かないよ!!もう死んだ方がましさ!!」とNさんは叫んだ。

そして「ありがとうよ。あんたたちは仕事だもんね、突然行かないなんて言ったら迷惑だよね。でもごめんよ。今日は駄目。行く気になれない」と言い再び「ひいいい~」と泣いた。

 


馬飼野さんと私は相談した。このままここで手をこまねいている訳にはいかない。こういう時は他の利用者さんを先に迎えに行き、最後に再びこの人を迎えに来て説得するというのが常道であるが、このままの状態でNさんを放置しておくわけには行かなかった。「殺そう」とした息子さんは、もう仕事に出かけていてNさん一人なのである。

 

私たちは富士見さんに無線をいれた。

富士見さんは「すぐ行きます」と言い、本当にすぐ来た。一番目のお宅だから車で一分なのである。

そしてとりあえず後のことは富士見さんにまかせて私たちは残りの方の送迎に向かった。
富士見さんはかなり説得したそうだが、その日
Nさんはセンターに来なかった。家の中を確認したら一応食べ物はあったので一日家にいても大丈夫だろうと富士見さんは判断し、あとでケアマネに来てもらおうと思ったそうである。

 

Nさんが本当に殺されそうになったのかどうかは分からない。ただ昨夜は息子さんの他にも誰か女性がいて、Nさんにそういう気持ちを持たせるようなことを言ったらしい。もちろん妄想も入っている方なので一方だけの話を聞いて断定するようなことではなく、富士見さんもとりあえず細かい対応はケアマネにまかせるしかないと思ったそうである。

 

老人と家族の問題は決して一筋縄な世界ではない。

たくさんのしこりを抱えている。奇麗事ではない肉親の世界がある。

大抵の家庭はお嫁さんや娘が介護にあたっているが、やはり送り出し方ひとつをみても様々な軋轢を感じさせる。

 

あるお嫁さんはお婆さんに「行ってらっしゃいお姫様」と皮肉っぽく言って送り出した。辟易した表情だった。

そのお婆さんはとても世話焼きで体は健全な方なのだが、かなり痴呆の入った世話焼きはとても危険であると職員一同緊張している。

例えばある人がソファーで昼寝をしていると、突然その足をわしづかみにし、タオルケットの中に足をいれてしまう。
つまり足が出ていて寒いだろうという世話焼きなのである。でも何もその人には言わないで突然そういうことを行うので、やられたほうはビックリする。そのビックリさせたことには何の反省もない。

 

ある時は人の落としたお箸を拾ってあげようと、あっと言う間にテーブルの下にもぐりこみ職員を戦慄させた。
自分の思ったことはどんな失礼なことであろうとポンポン言う。親切で言ってるんだからという気持ちなのである。

そんな調子で誰にでもかまうので、怒り出す利用者さんもいる。しかしこのお婆さんの気持ちの中では水戸黄門の印籠のように「思いやりという免罪符」が輝いている。一点の曇りもない。世話焼きは彼女の「存在意義」なのである。

間違いなくそのパワーは家庭でも発揮されていると思われ、家族の疲労度は相当なものだと思う。「行ってらっしゃいお姫様」という言葉の背後にどれほどのものがあるのか計り知れないという気が私はする。

 

そしてこの人という訳ではないが、その背後に老人虐待という事実が存在する。

 

入浴介助時に利用者さんの体の観察をするのはそういう「跡」を発見するためでもあるのだ。決して健康だけを願ってやっている訳ではない。

痣を発見したと終業ミーティングで発言すると富士見さんは必ず「つねったような痣でした?」と聞く。

私はドキっとしてしまう。そういう視点で痣を見る習慣がないのだ。

愛憎の世界の生臭さは一通りではないと思う。

 

 

 



22) クリアーな人が放っておかれる優先順位 に続く。

わしも介護をやってみた!(22) クリアーな人が放っておかれる優先順位。

 

十月十二日 (火)。

あるお婆さんが言う。

「私は考えているんです。ここに来ることを。だって、つまんないんです。ただ座っているだけだし。これじゃ家にいて孫と遊んでいるほうがよっぽどましです」

 

これは耳が痛い発言である。

どうしてもフロアの中でポツンとひとりで放っておかれる人は発生する。そういう状態にならないように職員は懸命にやっているのだが、残念ながら限界がある。そのような時は雑誌や本を渡したりテレビを見ることを勧めたりする。でも細かい字が読めない方もいるし、耳が遠い方もいるのでなかなかうまくいかない。

 

フロアの優先順位はまず危険の回避である。

妄想があり立ち上がりが頻繁な方、行動に粗暴性があり他の利用者さんに迷惑をかける方、お茶などを差し上げた時誤嚥むせこみがあり、つきっきりでないといけない方。そういう方々が優先順位のトップになる。

このような方が三人くらいいると、もう職員の対応はアップアップとなる。結果として「さして手がかからない方」は放っておかれることになり、手がかからない方というのは殆どの場合、痴呆のない思考のクリアーな方なので、より一層退屈感を感じることになる。

 

言ってみれば昔の中学や高校で非行に走る子どもに対しては熱心な対応を学校がしたのに、手のかからない「普通の子」は放っておかれたのと一緒で、問題を抱えている人の方が優先するのである。しかし抱えている問題が大きかろうと小さかろうとサービスは平等に提供しなくてはならないと思う。

 

お婆さんは更に言う。

「でもね、変なことを聞いたんです。私がここに来るのは私のためじゃないんですって。私の家族のためなんですって。私がここに来ると家族がホッとするんですって。私って邪魔者なんですかねえ」

これは更に耳の痛い言葉である。返答に困った。

 

 




 

23) 三十三歳。イケメン新人五十嵐氏の介護とは? に続く。

わしも介護をやってみた!(23) 三十三歳。イケメン新人五十嵐氏の介護とは?

 

十月二十七日(月)。

「五十嵐さん」と改まった口調で大先輩の馬飼野さんは言った。

入浴介助が終り利用者もフロアに戻し浴室内の掃除を進めている時のことである。

 

「五十嵐さん、あなたに言っておかなくてはならないんだけど・・」と更に改まって馬飼野さんは言った。

その日馬飼野さんと五十嵐氏は運転手と添乗員というコンビで朝の送迎をやっていたこともあり、馬飼野さんは新人五十嵐氏を見ていて問題点を見つけたらしいのである。フロアに戻ったらそれを言う時間もなくなってしまう。今この時しかないと馬飼野さんは判断したらしい。

 

馬飼野さんは言った。

「五十嵐さん、まず指示には無条件に従っていただかないと困ります」

「はい」と五十嵐さんは神妙に答えた。

「私たちが指示を出す時は、ある局面では危険を回避する場合も多々あります」

「はい」

「私たちがあなたの名を呼び、これこれをやってくれと言う時は命の危険すらある場合があるわけです」

「はい」

「ですからすぐ指示に従っていただかないと困るんです。一瞬でも考えられると間に合わないんです。あなたを今朝から見ていてどうもそこが良くない。自分の判断をいれないで欲しいんです」

 

そう言われて五十嵐さんは少しムッとした表情になった。

まあ言ってみれば無条件に指示に従えということであるから言葉だけストレートに受けとると承服できないものもあるのであろう。

 

五十嵐氏は言われたことに思い当たることがあるらしく「それはあのことですか?」とある具体例を出した。

馬飼野さんは「あれもそうですけど、そうではなく全般的なことです」と言った。でも五十嵐氏は全般的なことではなく、「あのこと」に対する具体的反論を始めた。それは指示にはちゃんと従ったけど何故遅れたのかという理由である。

 

それを聞いて馬飼野さんは「ですからそれはあなたの考え方であって、とにかくすぐに従っていただかないと困ると言ってるんです。今やっていることを放り出してでもやってもらわないと間に合わないんです」と言った。

でも五十嵐氏は更に反論した。すると今度は別の具体例が出てくることになった。

 

将棋好きのご老人がいるのだが、バイタルチェックをやる前に将棋をさせてはならないから将棋板を利用者に渡さないように馬飼野さんは指示した。将棋をすると血圧があがり正しいチェックにならないという配慮である。

 

でも五十嵐氏はテーブルに出してしまった。

そのことを言及されると五十嵐氏は言った。

「渡したわけではないでしょう。利用者さんに『出して』と言われてしまったので将棋を始めやすいようにテーブルに出してあげただけです。それもちゃんと『血圧を測るまではしないで下さいね』と言いました」と。

馬飼野さんは「それがいけないんです。出すなと指示されたら出さないで欲しいんです。目の前に出したらどうしてもしてしまうでしょう。余計な判断を加えないで欲しいんです。そういうことが多すぎるんです」と言った。

 

五十嵐氏は承服できずまた少し意見の応酬があり、かなり煮詰まった感じにはなったのだが、長々と議論をしている時間はなく、とりあえず不和を残しその場は終った。

 

上意下達に無条件に従えないのは分かるし、五十嵐氏の柔軟な対応の何処に問題があるのかも線引きが難しいところである。

何度も書くが、この仕事は優先順位を常に考えていなくてはならないところがあり、利用者さんのふいの立ち上がりによる転倒などは早急に対応しなくてはならないトップ項目である。しかし職員によって微妙に優先順位が違っていることも事実なのである。

それは個々の職員の介護に対する考え方が作用しているせいと思え、様々な人がある志やキャリアを持って介護の世界に入ってきている中で、こだわりのポイントが違っているのである。

では一体五十嵐氏の介護とはどのようなこだわり、理想なのであろう。



 

五十嵐氏は一人ひとりによく対応するし、私などよりはるかに優しく接する。

ある人とは折り紙を、ある人とは将棋を、ある人とは絵を描いたり、その対応の密度は凄いものである。

 

しかし五十嵐氏は先輩女性に注意をされる。

「ひとりに対している時間が長すぎる。私たちはたくさんの人々を相手にしているのであって、一人だけを相手にしているわけではない」と。

 

五十嵐氏は腐った。

そんな言われ方をされるとは思っていなかったのである。

ひとり一人に密度をもって接するのが悪いことなのか、むしろそんな言い方の中にある「効率主義」こそ批判されるべきではないのか。五十嵐氏が黒岩氏にそのことの愚痴をこぼしていたのを私は目撃している。

 

黒岩氏は自分が批判されていることもあり、非常勤女性のいう事なんて一方的だから気にしないほうがいいよなどと慰め、馬飼野さんの忠告にも、そういう言い方が多いんだよあの人、聞き流すしかないよというアドバイスをしていた。

 

で、馬飼野さんの方からも私は聞いている。

忠告のあと五十嵐氏がフロアに戻ってから馬飼野さんは言った。

「黒岩さんに一番初めに言ったのもこのことなんです。今までどんなキャリアがあったのか知らないけど介護の現場では、一度自分の思い込みを捨ててもらわないと困るんです。危険なんです。基本は基本として覚えてもらわないと」

 

これでは確かに女性たちが言うように黒岩と五十嵐は仲間で、それを批判する馬飼野と女性職員の対立という単純な図式が完成してしまう。

さて、では黒岩氏と五十嵐氏は仲間なのであろうか?

これもまた微妙である。

というのも黒岩氏は五十嵐氏に対しても苛立っているのである。

 

例えば五十嵐氏の入浴介助時の仕事が遅いのである。

それはひとり一人の利用者さんに丁寧に対応するゆえに遅いとも言えるのだが、無駄に丁寧というか必要以上に時間をかけているという側面もあるのである。

 

それを黒岩氏は苛立っている。

「利用者さんにはゆっくりとお風呂に入ってもらいたいけど、それは介助がゆっくりという意味ではない」と斬り捨てる。

いつだったかこういうことがあった。

十名近い入浴者がいるのに五十嵐氏はその人々の入浴が終るまでの間、たった一人しか介助出来なかったのである。一人の脱衣を手伝い、風呂に誘導し、体を洗い、浴槽に誘導し、お湯からあがられた利用者を再び脱衣所に連れて行き、服を着せる。それが終った時には、他の十名近い入浴者の介助は終っていたのである。

 

勿論ADLのレベルによってとても時間のかかる人とそうではない人がいるので一概に早い遅いは言えないのだが、私などが三人四人介助する間にたった一人なのである。

これは明らかに異常なことと言え、その上五十嵐氏はそのことを自覚していなかった。これでは黒岩氏でなくとも苛立つだろう。

 

介助というものはやればいいというものではない。

やらないということも介助なのだ。例えば衣服の着脱。手を出さずに見守るという必要もあるのである。あるところまでは手を貸して、あとは時間が許す限り自分でやってもらい自立を促すことも必要なのである。

それが五十嵐氏には出来ない。

ひとりの人間と対応するとその人だけになってしまう。一から十まで面倒をみてしまう。

ここまで手を貸したら次の人に移り、他の人を介助しながら前の人は見守りだけということが出来ない。

 

ある時など湯上りの利用者の足の爪切りまで始めてしまい、それは足に固定の補助具を装着している人で、フロアに戻って再び補助具を外して爪を切るより今やったほうがいいじゃないかという判断だったらしいが、他にも利用者はおられ、尚且つ介助のあと風呂掃除だの洗濯だのが控えているのに、それはないだろうと馬飼野さんに注意をされた。

その時でも五十嵐氏は不満気だったのである。

この異常とも言える五十嵐氏の集中度は一体なんなのであろう。

 

フロアの中でもそういうことがよくある。

折り紙などの「工作モノ」を利用者と始める。するとそのことだけになってしまい、近くで利用者が立ち上がるという危険なことが発生しているのにまったく気付かない。慌てて遠くの職員が駆けつけて対応するのだが、そういうことが起きていることにも最後まで気付かない。しかも自分自身で折り紙や絵を描くことに熱中してしまい目の前の利用者すらそっちのけのこともある。


 

女性たちは批判する。

「自分が楽しんじゃってるんだよね」

 

ある時非常勤女性の大ベテランが、仕事終了時のミ-ティングで現在の新しい管理体制を批判した。大ベテランとはあの宮口精二の如き剣の達人である。

あ、この際だからこの方の名前は宮口さんとします(今頃なんだ!)。

 

宮口さんはその批判の中で「新人の方でもいくら注意をしても分からない人がいる。こんな職場では利用者さんが可哀想だ」と新人たちにも鉾先が行ったのである。もちろんどの新人とも言わないし、全体のこととしてのニュアンスを強くして宮口さんは言ったのであるが、五十嵐氏は「それは私のことではないかと思うんですけど」と言い始めた。

宮口さんと五十嵐氏はその日運転手と添乗員という送迎コンビだったのだが、馬飼野さんの時と同じく何かあったらしい。宮口さんは「いえ、あなたのことを言っているわけではないんだけど」と対立を避けようとしたが、五十嵐氏は反論を始めた。

 

それはこういうことである。

帰りの時間が来て利用者さんを車に乗せてあげている時のことである。

五十嵐氏はある方を運転助手席に乗せたあと、シートベルトをつけない状態で次の利用者を後部座席に座らせようとしていた。
それを見た宮口さんは五十嵐氏に注意をした。何故ちゃんとシートベルトをつけるところまでやって次の人に移らないのか、運転助手席はただでも一般座席より高い位置にあり、転落の危険性があるじゃないかと。

 

その時のことだろうと五十嵐氏は言っているのである。

「いえ、そのことはそのこととして私はもっと一般的な傾向を言ってるんです」と宮口さんは言ったが五十嵐氏は反論した。

 

五十嵐氏の言い分はこうである。

利用者さんの車への誘導は職員がひとりずつ連れていくことになっているのだが、その状態であれば五十嵐氏もそうしただろう、ところがその時五十嵐氏の後ろにもう一人ついて来てしまっていたのである。

二人の人間に同時に対応することは出来ない。

そこで仕方なくああいう対応になったと五十嵐氏は主張した。

助手席に乗せた方はある程度足腰のしっかりした方でADLも確かな方だったから、シートベルトをかけない状態でもひととき大丈夫だと判断したという。

 

しかしもう一人はそうではなかったので、とりあえず助手席の方は放っておいてそちらの方を重点的に対応した。ADLを考えた結果そういう対応をしたと主張。

五十嵐氏は「それとももう一回利用者さん二人を出入り口の椅子まで連れ帰り、セオリー通り一人ずつ連れて行けばよかったのですか、それこそ危険じゃありませんか、一人で二人を誘導することになるんですよ」と言い、咄嗟のこととはいえ自分が如何に思慮を重ねた上でそのような行動をとったのかということを力説し語気を荒げた。

 

宮口さんはその言葉を「あなたは自己弁護をしているだけじゃないですか」と一言で斬り捨てた。常勤職員が慌てて険悪さを和らげようと、不測の事態には完璧な対応は有り得ないし、批判はあるだろうけど仕方ないじゃないかととりなした。

宮口さんはその常勤職員に噛み付いた。そもそもどうしてそういう事が起きるのかと言っているのだと。基本がなっていないからだと。いい加減な管理と新人教育体制で利用者さんを危険な状態にさらしているじゃないかと宮口さんは言った。

 

しかし常勤職員は元々ベテラン非常勤職員を煙たがっていることもあり「まあまあ」という対応を示し、その場の扱いはまるで宮口さんのヒステリーというニュアンスとなった。

宮口さんも「もう何を言っても同じね」と捨て台詞を吐いてそっぽを向いてしまい議題は別のところに移った。

 

私はその時具体的な事情がよく呑み込めなかったので一切喋らなかったが、確かに不測の事態を招いた最初の過ちは、ひとりずつ連れて行くことになっているのに、後ろにもうひとりついて来た事にある。

常に回りに注意をする。ひとり一人を的確に誘導するという基本をまっとうしていれば早期にそのことに気付いていた筈である。宮口さんはそのことを言っているのに、その後に発生した不測時の対応を如何にするかという問題にすりかわってしまった。

宮口さんも無念であろう。

 

しかし何よりも問題なのは五十嵐氏にまったくそのことの反省がないということである。

まずその基本をまっとう出来なかった事を詫びてから反論するならともかく、不測の事態に対する自分の判断を自慢とも思える口調で語り、自分は精一杯やっている、一点の曇りもないと主張する姿をどう捉えればいいのか。

 

彼はひとり一人に丁寧に対応するために、周りを見ろと言ってもひとりの人間と向き合うとそれだけになってしまう。それは愛情の深さとも言えるのだが、たくさんの利用者の中でのひとりと対しているのだという視角の広さが残念ながらない。全体を見ることに限界がある。それが危険さを招いている。

 

これは訓練不足のせいなのか?訓練すれば獲得出来るのか?

 

どうも私が思うに無理なのではないかと思い始めている。

五十嵐氏はまるでひとり一人の恋人になろうとでもしているかのごとく接するが、それは彼の「心の闇」が作用しているのではないかと思えるためである。

 

五十嵐氏は「人間に対する距離」が近すぎる。

彼が如何なる理由によって介護の世界に入って来たのかを私は知らないが、彼の異常なほどの人間に対する近さは逆に「愛されたい」という渇望に思える。確かな繋がりを得たいという無意識の熱望があるように思える。

 

そして自分を批判された時に異様なほど細かく反論するあのプライドの高さは明らかに自己愛の大きさを物語り、それは任意の他者にも向かっているはずである。

全体の中のひとりではなく「オンリーワン」の関係を至上とするかのような姿勢は介護と言えるのか。

私は彼を批判する根拠をたくさん持っている。ケアセンターの介護はひとりでなせるものではなくチームワークである。だから様々な不都合が発生している。

黒岩氏どころではなく私もイライラし通しである。

しかしストレートに批判するのは避けている。何故なら彼のようなタイプが間違いなくストーカーのような行為をする病的なタイプに思えるからである。迂闊にプライドを傷つけるのは危険である。

 

人間に対する見当違いの距離の近さ、それを「愛」と思い込んでいる人はごまんといる。彼もそのひとりだと思える。恨みを買うというはっきりとした覚悟がなければ、そして彼の心の核心を打ち砕き、再生させるという覚悟がなければ批判や忠告は出来ないと思っている。

 

先日五十嵐氏と送迎のコンビを組んだ。二回目である。

前回は私が運転で彼が添乗だったのだが、五十嵐氏は少しプライドが傷ついたようだった。五十嵐氏は運転と添乗というと、添乗という役回りを一段低くみているらしく「こんな組み合わせもう二度とないでしょうね」などという発言をした。私は発言の趣旨がその時飲み込めなかったが、後でプライドなんだなあと思った。

 

しかし今回は五十嵐氏が運転、私が添乗という役回りである。ホッとした。

夕刻の送迎が終りセンターに帰る途中二人だけになったので雑談となり、五十嵐氏は今度飲みに行きましょうよなどといい、私もそうだねと気軽に応えた。

そいう話をしながら私は運転席のあることが気になっていた。

運転席のハンドル脇にその日の「送迎表」という小さなメモが貼り付けてあるのだが、それがいつまでも貼ってあることが気になっていたのである。

 

「送迎表」とは利用者を送り届ける順番と座席位置を示したものである。順番は利用者の住所に沿って組まれており、独居老人のお宅では迎えのヘルパーの都合で何時まで到着、あるいは何時以後でなくてはならないといった細かい指示が書いてある。大切なメモである。

 

しかしそれはその日限りのもので送迎が終ると無用のものとなり運転手が破棄するのだが、五十嵐氏はよく貼ったままにしていることが多いのである。「送迎表」には運転手と添乗員の名前が書かれており、誰が外し忘れたかということがすぐ分かる。

だから翌日に乗車した運転手が気付き、それを取り除きその日の「送迎表」を貼ることとなりひと手間増えることとなる。私だけでも四五回そういうことにあったので、また忘れるんじゃないかと気になっていた。

 

いよいよセンターまであと少しというところで私は明るさを装って言った。

「それ、もう外しておいたほうがいいんじゃない。また忘れちゃうよ。五十嵐さんのメモよく貼り付けたままだよ」と。

すると五十嵐氏は「え~~。それは有り得ないなあ」と笑い「それ、私が添乗の時のやつでしょう。私は絶対忘れませんよ」と更に笑った。

「ううん、五十嵐さんが運転手の時のやつだよ。一回二回じゃなくてもう四五回あるよ」と私が言うと五十嵐氏は「絶対そんなことありませんよ」とまた笑った。

そして忘れない理由を言った。

 

以前とり忘れたことがあり、先輩に前日のメモが貼ってあると次に乗車する者が混乱するからと注意をされ、それ以来毎回事務所に返却する運転日報のファイルにメモを貼り付けて戻しているのだと言った。

そうしないと気持ちが悪いのだとも言い、それだけ気をつけているのだから絶対あり得ませんと五十嵐氏は笑った。

 

私は呆れた。

いくら心がけているにせよ、それが達成されていないのではという疑いをなぜ持たないのかと思った。もう何回忘れているんだ、一回や二回じゃないから言ってるんだぞと思った。

メモのとり忘れを見る度に、大した手間ではないが「やる事に一々完成度のないヤツだな」と苛立っている私にしてみれば、そこまで能天気な自信を見せられて二の句が出ない状態になった。でも私は「そうか添乗の時のものかも知れませんねえ」とごまかして笑うしかなかったのである。

 

彼は自分を信じている。ある範囲の中で人を愛している。好青年と言ってよいだろう。

しかし介護者としては人格的に危険だという思いが拭えない。

様々な問題を孕みながら、それでも彼はキャリアをつけていっている。このまま行けば、いつのまにか彼は職場の大先輩になってしまうのである。事実後輩は続々と入って来ており、彼は私同様中堅どころになりつつあるのである。新人は私だけではなく当然五十嵐氏にも教えを乞うて相談している。

彼はどんなことを教えているのか。かなり暗澹たる気持ちに私は成らざるを得ない。

 

 

 





「わしも介護をやってみた!」(24) 五十嵐氏との関係。

わしも介護をやってみた!(24) 五十嵐氏との関係。

 

十一月十二日(金)。

私は運動をかねて出来うる限り自転車通勤をしようと思っている。約二十五分から三十分の行程である。殆どの人が車で来ているので「そんなに遠い所からあ」などと驚嘆されたりする。

しかし今日は午前中雨が降っていたこともあり車で行った。

それがある運命の引き金を引く結果になったかも知れないと、今思っている。

 

 

 

一日の仕事が終り歩いて五分ほどの駐車場に向かう途中のことである。伊豆さんというキャリア五年の古株パートさんと一緒に歩くことになった。あの宮口精二の如き剣の達人よりも古く、馬飼野さんに続く女性最古参である。いつもはセンターの駐輪場前でさようならなので、駐車場まで一緒に歩くなどということは大変珍しいことである。

 

 

伊豆さんは歩きながら「馬飼野さんあなたのこと誉めてますよ」と言い私の仕事ぶりを誉めてくれた。数ヶ月まえの「政変」の時に惜しまれながら辞めた有能な非常勤男性がいたそうなのだが、彼の穴を私が埋めていると馬飼野さんは絶賛しているそうである。

その人は腹話術や手品も出来る器用な人で、利用者さんを楽しませる才能に溢れた方だったそうである。その人の穴を埋めたなどと言われると恐れ多いのだが、それに比して五十嵐氏はという話になり、駐車場についても話は終らず立ち話となった。

 

あの流れを読めない仕事振りと独断振りがとても迷惑ということでは話は一致。大きな交差点の角にある駐車場で車の音に負けないくらいの声で話し、勿論黒岩氏のことも槍玉にあがった。

話に夢中になり駐車場から出ようする車の邪魔をしていることに気付き、慌てて脇までどいて、足が疲れてきたこともあり「私の車に乗って話しましょう」と伊豆さんに言われ更に車の中で話し、なんと二時間も喋ってしまった。

なんとかこの職場をよくしたい、お互いに頑張りましょうということで別れた。

 

久し振りにお喋りし過ぎた興奮と、ベテランに評価されている自分という高揚感の中で私は帰路についたのであるが、嫌なことに気付いた。

 

暗くて分かりにくかったが、あの話の途中で出て行った車は五十嵐氏の車だった。

ということはあるところまでは私たちの話は聞かれた可能性がある。

車の音が激しかったが信号の状態によっては静かになる時もある。もし車の窓を開けていてエンジンをかけてなかったら聞こえた筈である。

 

自分の陰口を叩かれているのを偶然聞くという、血が逆流するような瞬間を彼は体験したのかも知れない。そういえば彼の車は私たちが邪魔だったこともありなかなかスタートしなかった。それは聞き耳をたててしまい出るに出られなくなったせいではなかったか。

 

 

忠告をするなら細心の注意をしなくてはならないと思っていたのに、これは失敗だったと後悔している。

さて来週からどうなるか。

もし聞かれたことが分かるような態度で出てきたら、もう憎まれ役を買うしかないだろう。腹を決めねばならない。

 

 

 




「わしも介護をやってみた!」(25) 管理者は五十嵐氏をどう見ているか。