「写真の裏」&「夏の一族」
「写真の裏」
「今夜もテレビで眠れない 第1話」1995年TBS単発ドラマ。
名作です。
TBS社屋が移転することになり、その準備で騒然としているテレビ局に、一枚の写真を返して欲しいと現れた家族。
その写真はお婆ちゃん(加藤治子)の夫の写真。出征する時に撮った大事な写真を、終戦記念日特集のモーニングショーに貸していて、それを返して欲しいと言ってきたのだった。
ディレクターの役所広司は、古い写真だったので、もっと綺麗な形でパネルにして家族に渡していたのにと思うが、家族はどうしてもオリジナル写真を返してくれと言うのだ。
何故なのか。
写真の裏に加藤治子の夫の言葉が書いてあったからだと言う。
ところが引越し準備中で写真は簡単には見つからない。
娘名取裕子と、その夫柄本明は、失くしたんだと怒り始める。自分たちとロビーで会った時も、自分たちを誰なの分からず、調子のいいことばかり言ってた役所広司。まったくテレビマンというのは、口八丁手八丁で信用ならない。
追い詰められた役所広司は、名取裕子を別室に案内する。
何かまた企んでいるのか?と警戒する名取裕子に「写真はここにあるんだ」と役所広司はロッカーから写真を出す。
しかし見せられた写真は、丁度顔の辺りが破れている酷いもの。理由は分からないが、何故かこういうことになってしまった、そういう不手際があった。
でも問題は写真の裏だ。
ひっくり返すと、裏には何も書かれていない。真っ白。名取裕子は愕然とする。じゃあ、お爺ちゃんの言葉というのは。
「お婆ちゃんぼけちゃったんだ」と悲鳴に近い声をあげる名取裕子。
にこにこと座っている加藤治子の前に戻る一同。
役所広司たちは写真を失くしたことを深く詫びる。
加藤治子はこう言う。
「いいの。私は、ただね、裏に書いてあったお爺ちゃんの言葉が忘れられないだけ」
「それは、なんて書いてあったんですか?」
「おかしいわねえ、こんなに物忘れがひどくなってるのに、その言葉だけは忘れないの」
「それ、お婆ちゃんぼけてない証拠よ」と涙声で言う名取裕子。
「あたし久美って言うもんだから、久美へって書いてあって」
「写真の裏に久美へって?」
「ええ・・久美へ。お国のために戦争にいくのですから、お互い泣いてはいけません。久美とは1年3か月の夫婦の暮らしでしたね。いっぺんも喧嘩しませんでしたね。その気になれば結婚一日目から別れの日まで全部細かく思い出せるような気がします。あの日、久美はこう言って笑った。あの日久美はこんな顔して振り返った。・・ああ、生まれてくる子に逢いたいよ。おれの子供を抱いてみたいよ。戦場に来た以上、もとより命を惜しむものではないが、たとえ命はお国に捧げても、心はきっと久美のところへ帰ります。それくらいは、お上も許してくださるだろう・・・まだ続くのだけど・・・おかしいわねえ、こんなに長い手紙。写真の裏に書ききれないわよね」
「書ききれますよ。細かく書けばまだまだ書ききれますよ」
「ぼけたんじゃないでしょうねえ」首をかしげる加藤治子。
「そんなことないわよぉお婆ちゃん」と名取裕子が涙ぐむ。
「そんなことありませんよ」
「続けて下さい」
「私は久美のこれからの生活を心配します。あ、久美の心は心配しません。久美の心は分かっています。私は久美の永遠の夫です。・・ああ久美。これだけは書いておかなければなりません。もし私の戦死の公報が入ったら・・入ってしまったら、あなたはまだ若い。生まれて来る子供と一緒に、私を忘れなければなりません。私を忘れて新しい人生を求めなければなりません。・・・・ううん。そんなことはしなかったわ。私はあなたを忘れなかったわ。若いあなたを今でもちっとも忘れていないわ、うふふふ」
名取裕子が泣き崩れて言う。
「お婆ちゃん、お婆ちゃんに優しくしたいのよ。でも、うちの人、気が良くて、あたしが優しかったら生きていけないんだもん、しょうがなくきつくなってるんだから」
そんな家族の光景に、呑気に涙ぐんでる暇はなく、テレビカメラにおさめようと駆け回る役所広司たち。視聴率に向けて奔走するテレビマン。そんな姿をとらえてドラマは終わる。
役所広司、柄本明、名取裕子。
ふと思い出すと、この3人は「悲しくてやりきれない」のトリオ。
その上、演出高橋一郎。まるで同窓会。生き生きとした3人の芝居に納得です。
見事です。
参考書籍「戦没農民兵士の手紙」とあり、ネットで取り寄せたのですが、どの部分なのかまだ捜し切れていません(笑)。
高橋一郎のTBS定年退職作品。
オムニバス形式で、市川森一作品「第2話 あの人だあれ?」、早坂暁作品「第3話 猫坂の上の幽霊たち」も思い出深い。
「夏の一族」
1995年NHK土曜ドラマ3回。
主人公渡哲也は「春の一族」の緒方拳同様、不遇なサラリーマンとして登場します。不景気が日本を覆っています。
妻、竹下景子とは距離があります。倦怠期という問題もあるけど、渡哲也の姉、加藤治子がネックになっている。姉とは言ってもまったくの他人。でも異様に仲がいい。戦火をくぐってきた二人の絆に竹下景子は穏やかならぬものを感じている。
話は、娘宮沢りえの妻子ある男との交際や、竹下景子の揺れ動く気持ちをカットバックしながら、渡哲也の営業マンとしての苦闘を描いて行きます。背景には退職させようという会社側の思惑もあり、未来が見えない状況。
どんなに絶望的であろうとも、渡哲也にとれる方法はひとつ。コツコツと売り上げを伸ばすこと、それしかない。そういう展開です。
クライマックスは加藤治子と渡哲也の語りになります。
空襲の炎の中で出会った二人の絆。
天涯孤独の二人は、母子であり、姉弟でもある。どういう言葉でとらえようと、かけがいのない関係。
やがて渡哲也の結婚の問題が出た時、加藤治子は母子でも姉弟でもなく恋人だったという自分の気持ちに気が付きます。
加藤治子と渡哲也は、「俄-浪華遊侠伝―」の林隆三と藤村志保のような関係です。年齢差があっても強く惹かれる気持ちを、お互いに抑制している。まったく一緒です。
加藤治子は結婚する前に一回だけ抱いて欲しいと言ったことがあると告白します。
林隆三と藤村志保が一回だけ寝ちゃって気の置けない友人として続いたように、加藤治子と渡哲也も同じ世界に入って行きます。
そういうことがあったという告白が、みんなになされます。
最後は「写真の裏」のラストシーンの、拡大版のような世界です。
廃墟になったアパートで、加藤治子は死者との空間を見つけます。ボケているのかいないのか、死者とよもやま話をする。本当にそういう事実があったのかどうかは分からないけど、加藤治子の心にとらえられた真実。
廃墟の窓からもれる死者の灯りを、加藤治子だけではなく渡哲也と竹下景子も見ます。
これを合理主義の視聴者がどうとらえるかというところですが、ラストは、山田ドラマらしく、廃墟に全員あつまり小さなパーティーをします。
死者と共に生きていくシーンでしょう。
人間の関係は死者との関係も含めて、簡単なものではなく、思いがけない世界がある。そういう微妙な問題をとりあげた、山田さんらしい主張のドラマだったと思います。