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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

小寒む(1)

 

 

 

「小寒む」(1)

 

 放送・1967年(昭和42年)1月5日(木)21:0021:30

 TBS「おかあさん」第412

 

「おかあさん」という一話完結シリーズの中の1本です。

21:0021:30のゴールデンタイム。30分枠。1時間ドラマなんてなかった頃。

 

このドラマを私は観たことがありません。

山田さんが脚本を貸してくれて、この作品を知りました。

 

コピーもなかった頃で、私は大学ノートに書き写しました。

 

山田さんはある時この脚本を紛失されていて、私のノートだけが現存する唯一の脚本となっています。そういう意味で貴重な資料になってしまいました。山田さんの許可を得てここにアップいたします。

 

         

昭和42年の正月3日から始まる話です。

コンビニも、24時間営業もなく、大体の商店は休みで、三ヶ日はおせち料理を食べて過ごすのが当たり前だった頃です。

そんな中で、切手や葉書を売るためにかろうじて開けている店があり、そこから話は始まります。

 

 

 

○大川乾物店、店と茶の間

 

  孝(35)が店に出ている。

        

 孝「(葉書を数えながら)はい葉書十枚(と女の子に渡し)毎度ありい(傍に立っている中年の女に)え、奥さんは?

 女「七円切手、三枚頂戴」

 孝「はい切手三枚(と引き返す)

 女「まったく年賀状って来ないと思うと来て出した所から来ないんだもの」

 孝「うちなんか毎年三ヶ日は葉書と切手で商売繁盛でね」

 

  「今日わ」と妹優子(25)が他所行きを着て、スーツケースを持って入って来る。

                      

 孝「なんだ明日じゃなかったのか」

 優子「そのつもりだったけど(女へ)おめでとうございます」

 女「おめでとう、早いお里帰りね」

 優子「えヽ」

 女「大変ね、静岡からじゃあ」

 優子「えヽ、混んで混んで(と奥へ)

 孝「サラリーマンもいいけど、転勤ってのがあるから」

 女「じゃ二十一円ね」

 孝「はいどうも」

 女「なかなかいヽ、奥さんぶりじゃない」

 孝「いや、なにやってんだか、毎度どうも」

 優子「(靴を脱ぎながら)なにやってんだか、とは何よ」

 孝「バカ。挨拶ってもんだよ」

 優子「旦那、今日から勤めになっちゃったのよ」

 孝「三日から仕事か、きついんだな」

 優子「支店出したばっかりでしょう、夜は遅いし。来ちゃった、だから」

  「あら、いらっしゃい」と義姉の初子(31)が二階から降りて来る。


       

 優子「今日わ、おめでとうございます」

 初子「おめでとう。今年もよろしく」

  「おめでとう。おばさん」と小学校二年の邦雄(7)が階段を駆け降りて来る。

 




優子「あら、おばさんは、ないでしょう」

 邦雄「お年玉くれれば、お姉さんだけどさ」

 優子「そう来るだろうと思って(と、ハンドバックから小袋をだし)はい、これ」

 邦雄「サンキュー。じゃ、ちょっと行って来るよ(と裏へ出て行く)

 初子「ありがとうございますって言うの」

 邦雄の声「毎度ありいッ」

 初子「ごめんなさい来るなり」

 孝「ま、手でも洗えよ」

 優子「お母さんは?

 孝「そういやあ、いないな」

 初子「お昼すぎに、ちょっとって出たのよ」

 孝「お正月だ、何処か浮かれて歩いてるんだろ」

 優子「お兄さんじゃあるまいし」

 初子「さあさあとにかく、そこじゃあ。こっち来て炬燵へ入って頂戴」

 優子「はい」

 

 

 

WIPE―

 

 

 

 ○茶の間()

 

四人で炬燵を囲んで夕食を食べている。孝は晩酌である。テレビが歌謡曲をやっている。

 

 初子「(手を出し)優子さん、お替り」

 優子「ううん、お茶、すいません」

 初子「一膳?

 優子「おかずおいしかったから、おかずでお腹いっぱい」

 初子「そう(とお茶を注ぎながら)だけど、こんな事、ほんとにはじめてなのよ」

 孝「映画でも見てんのさ」

 初子「お正月は混んでるもの。足の弱いお婆ちゃんが入るかしら」

 孝「他に時間のつぶしようがないじゃないか」

 初子「(お茶を優子に差し出しながら)だから気になるのよ。もう七時半よ」

 優子「ほら、池上の高松さんへ寄ってるんじゃないかしら」

 初子「私もそう思ったけどそれなら電話くれるわ、お婆ちゃん」

 孝「高松さんは、死んじゃったろ」

 邦雄「御飯」

 孝「今年の、いや去年か、ほら」

 初子「(飯をよそいながら)そうだ。去年の十月になくなったんだわ」

 優子「そう」

 初子「一人だけの音染みだって、お婆ちゃん、がっかりしてたわそう言えば」

 優子「じゃ他に何処へ寄るとこあるかしら」

 孝「どこだってあるさ。東京は広いんだ。お婆ちゃんだってたまには、あてもなく歩きたいさ。俺だって歩きたいよ」

 初子「歩けばいヽじゃないの。私がいつ止めました?

 優子「でも、お母さんあてもなく歩くかしら」

 孝「ふん。そこが問題だ。明治の女は、果してあてもなく歩くか、どうかだ」

 初子「呑気な声出して。あなたのお母さんですよ。心配じゃないんですか、ほんとに」

 

 

 

  ―WIPE



小寒む-2-に続く。

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小寒む(2)

 

「小寒む」(2) 




 

 ○店の前()

 

 店の雨戸をはずして、横の路地へしまう孝。

  「兄さん」と清二(27)が来る。サラリーマン風である。

 

 孝「よお」

 清二「まだ、お母さん?

 孝「うん」

 

  不機嫌に戸を運んで行く。清二ちょっと見ていて中へ入る。

 

○店

 

  「お早よう」奥を伺うように言って清二歩いて行く。

 

○茶の間

 

 優子「(食卓をかたづけながら)清二兄さん?

 清二「(顔を出し)昨日来たんだってな」

 優子「うん。御飯すんだ?

 清二「(のぞいて)普通の飯か」

 優子「三日お雑煮だもの、もう倦きたって」

 清二「俺は元旦に此処で食べたっきりだからな」

 優子「鱈昆布のお雑煮?

 清二「ああ、お袋特製のな(と炬燵へはいる)

 優子「心当り、大体みんな当たったのよ」

 清二「外へ泊るのお袋嫌いだもんな」

 優子「好きも嫌いも、泊れるところなんてないもの、お母さん」

 清二「親戚は、ないし、俺のとこかお前のとこぐらいだな」

 優子「私のとこは遠いもの」

 清二「俺のとこは、掃除と洗濯に来たように、なっちゃうしな」

 初子「(廊下をへだてた台所から来て)ああ清ちゃん(疲れた顔をしている)

 清二「お早ようございます。」

 初子「すいません、今日から会社でしょう、」

 清二「いや、どうせたいした仕事にならないから」

 初子「来て貰っても、どうしていヽか分らないんだけど」

 清二「警察へは、すんでるんですか?

 初子「やっぱり届けた方がいヽかしら」

 清二「他の者ならともかく、お袋が黙って外へ泊るなんて考えられないからな」

 初子「じゃあそれ、お願いしようかしら、」

 優子「そんな事なら、私行くわ。兄さん御用始め、休まない方がいいんじゃないの」

 清二「そりゃその方がいヽけど―もうちょっと事情を聞きたいな」

 優子「事情も何もないのよ」

 初子「―」

 清二「(困って)そりゃまあそうだろうけど」

 初子「(突然、顔をおおって泣く)

 優子「お姉さん、昨日から疲れてるのよ、」

 清二「いや、僕は、別に、そんな意味で言った訳じゃないんですよ」

 

              ― WIPE―

 

 

 

 

 ○店の前

 

  初子と孝がガタガタ雨戸を閉めている。「どうしたの」と優子が顔を出す。

 

 孝「余計な事言う奴がいるよ(乱暴に優子の前に雨戸をたてる)

 優子「(見えない孝に)なんだって?

 孝「(雨戸をすべらして顔を出し)親が何処か行っちゃったのによく金儲けが出来るだとさ」

 初子「探しにもいかないで、一家揃って家にいるって」

 優子「スーパーのお婆さん?

 孝「いいさ向うがその気なら、こっちだって、いつか全商品1割引をぶつけてやるから」

 初子「ねえ、一枚だけ開けとく?

 孝「閉めちゃえ、閉めちゃえ、また何言って回るか分りゃしない(と自分は中へ入る)

 優子「警察から今電話があったわ」

 孝「なんだって?」

 優子「都内の交通事故にそれらしい人ないって」

 

   雨戸、全部しめられる。

 

 孝「探しに行かないんじゃないよ。探しようがないんだ(と茶の間の方へ)」

 初子「(雨戸のくぐり戸から入って来て)お向かいの養子、さっきから、こっちばかり見てる」

 優子「まだ世間ってうるさいのね」

 初子「自分達が親を粗末にしてるから、私達も同じだろうって思うのよ、とんだ誤解だわ」

 

 

○茶の間

 

 孝「(寝ころがって)まるで台風だ。雨戸閉めて天井見てちゃ」

 初子「お母さんにこにこ笑ってたわよ。昨日の朝だって、白菜がほんとにうまくつかったって、にこにこしてたわよ」

 孝「―」

 初子「優子さん、あなた、どう思ってるか知らないけど私天地神明に誓って、やましいことないつもりよ」

 優子「そりゃ信じてますけど」

 孝「ますけど、なんだ?」

 優子「ううん信じてます」

 孝「どっかないかなあ、もっと探すとこ」

 優子「一つあることは、あるんだけど」

 孝「どこ(起き上がる)」

 優子「あんまりあてにならないけど」

 孝「いいよ何処だい?」

 邦雄が入って来て「あれ、休みにして温泉にでも行くの」

 孝「ふざけんじゃないよ」

 邦雄「スーパーのばばあ、うるさいのさ」

 孝「お前にもなんか言ったの?」

 邦雄「子供は親に似るから、この子も親不幸だろうだって」

 孝「畜生、あのばばあ(立上る)」

 初子「あんた」

 

 

 

 




小寒む-3-に続く。

小寒む(3)

小寒む(3)





 

 

○村田花輪店

 

カーテンをかけた、ガラス戸を開けて優子が入って来る。

 花輪、造花で一杯の店内。

 誰もいない。

 

 優子「ごめん下さい」

 

 部屋と店を仕切るガラス障子がちょっと開き、寝転んでいたらしい村田雄作(60)が顔を出す。

 

 雄作「今日は休ませて貰ってるんですが」

 優子「すいません。買い物じゃないんです」

 雄作「誰もおらんですがね」

 優子「村田雄作さんじゃありませんか?」

 雄作「そうですが?」

 優子「大川です、大川の娘です」

 雄作「さてと―(と起き上がる)」

 優子「(軽く失望して)山西です、山西幾代の娘です」

 雄作「ああ幾代さんとこの(とガラス障子を大きく開ける)」

 優子「はい」

 雄作「そりゃまあ、大きくなって」

 優子「(仕方なく笑って目を伏せる)」

 雄作「それで儂に?」

 優子「はあ、でも私の見当ちがいらしいです」

 雄作「幾代さんどうかしたかね」

 優子「ええ、でも―」

 雄作「(上がり框へ座布団を置き)まあ此処へお座んなさい」

 優子「いえなんだか変ですけどもういいんです。失礼しました」

 雄作「気になるね、何があったんですか」

 優子「はあ」

 雄作「かまわなかったら聞かして下さい。誰もおらんですよ、みんなで嫁の里に行っとるんで」

 優子「はい」

 雄作「さあ」

 優子「(座り)実は、母が昨日から行方不明なんです」

 雄作「行方不明?

 優子「随分さがしたんですけど」

 雄作「そりゃ心配だが、書置きかなにか?」

 優子「いえ、ただ突然、昨日のお昼から」

 雄作「そう。―しかしそれなら一泊じゃないの。一泊ぐらい何処かで」

 優子「外で勝手に泊まるなんて母には考えられないんです」

 雄作「そう云やあそうだが」

 優子「大体外泊なんてしたことない人です。心当たりさがすったって、なんて母のつき合いは、狭いんんだろうって涙が出るくらいなんにもないんです」

 雄作「(うなづき)私まで尋ねてくれるようじゃあね」

 優子「この五・六年ですけど思い出したみたいに時々村田さんのこと話すんです」

 雄作「そう」

 優子「機のいい時に亡くなった父の話じゃなくて、あなたのことを自慢するみたいに」

 雄作「若い思い出だから、段々綺麗にしちゃうんだろうね」

 優子「まさかとは思いましたけど、念のためにお尋ねしてみようと思って」

 雄作「あの明るい幾代さんが、どうしたんだろうね」

 優子「あんまり明るいんで周りが安心しちゃって、いろいろ考えるんです」

 雄作「だからってスネたみたいに消えたりする人じゃないと思うが」

 優子「こんな事になって考えると、あなたの思い出をあんなに楽しそうに話したのは、内心母の結婚は不幸だったからじゃないかって」

 雄作「そんな事ないよ、内心不幸で、あんなに明るくしてられるもんかね」

 優子「あんなにって此頃の母を御存知なんですか」

 雄作「いや、三四年前だが、お宅の前を用事で通ってね、二言三言、話しただけだったけどね」

 優子「渋谷の道玄坂のこと聞きました」

 雄作「ああ、出征する前の夜だったね」

 優子「何回も坂を上ったり、降りたりしたそうですね」

 雄作「名残り惜しくてね」

 優子「母の鼻緒が切れて、横道で直した事も聞きました」

 雄作「ああ、不良にかこまれてね」

 優子「明日出征するんだ。今日だけの逢う瀬を邪魔しないでくれって、怒鳴ったそうですね」

 雄作「(笑って)よく知ってるね」

 優子「不良がしっかりやれって肩を叩いたそうですね」

 雄作「しっかり戦争をやらされたよ五年支那にいて、帰って来たら、当たり前の話だが、

 他所の嫁さんだったよ」

 優子「父が亡くなって、もう八年になります」

 雄作「そうかね」

 優子「失礼ですけど奥様は?」

 雄作「うん?倅と嫁の里へ、今日はね」

 優子「そうですか」

 雄作「女房がいても子供がいても、この年になると親爺父ってものは、妙に一人ぼっちなもんでねえ。そんな幾代さんの話聞かされると、なんだか無性に会いたくなるなあ」

 優子「―(うつむく)」

 雄作「何処行っちゃったんだろうねえ、この寒いのに」



 

 

 

 小寒む-4-に続く。

小寒む(4)

 小寒む(4)

 

○大川乾物店

 

 茶の間(夜)

テレビから銃声が聞こえている。見ている邦雄。いきなりテレビを止める初子。

 

 邦雄「なにさ」

 初子「お婆ちゃんがいないのよ。みんなで心配してるのよ」

 邦雄「テレビとは関係ないじゃん」

 初子「邦雄、本気でそう思うの。お前は心配じゃないの」

 邦雄「警察が探してんでしょう」

 初子「(孝の方を見て)あんた(と救いを求める)」

 

 孝、炬燵で夕刊を見ていた形、傍で優子がお茶をいれている。

 

 孝「邦雄お前そんな冷たい事本気じゃないよな」

 邦雄「どうしてテレビを見ると冷たいのさ」

 孝「心配でそんなもの見てられない筈じゃないか」

 邦雄「(フンと立上り)父ちゃんだって夕刊見てるじゃないか(と階段の方へ)」

 孝「(怒鳴る)邦雄」

 

パチャンと障子が閉まる。

 

 優子「内心心配してるのよ、男の子だから顔に出ないのよ」

 孝「いや、変に冷たいんだ、あいつは」

 優子「(苦笑して)自分の子じゃないの」

 孝「俺もそうだと云うのか」

 優子「そんなこと云ってないわ」

 孝「冷たい云やあ、お前の方が冷たいよ、なんだ、今日も泊まってくのに、亭主に電話もかけないじゃないか」

 優子「訳があんのよ」

 孝「どんな訳だ」

 優子「云えないわ、そんなこと」

 孝「とにかく、あてこすりみたいな事云うな」

 優子「ひがみよ、兄さんの」

 孝「何故俺がひがむんだ」

 

 「お母さん」と店の方で清二の酔った声がする。ハッとする三人、孝立って障子を開ける。

 

 

○店

 

 清二雨戸のくぐり戸を閉めて「お母さん、俺、冷たかったよ」と呟く。

 孝「なんだ清二、こんな時にお前酒のんで来たのか」

 清二「お母さんは?」

 孝「まだだ(とひっこむ)」

 清二「俺ね、お母さんに悪いことしちゃったんだよ(茶の間の方へ)」

 

○茶の間

 

 孝「(座ろうとして振り向き)なにい?」

 清二「(顔を出し)俺、冷たいことしちゃったんだよ」

 優子「いつ?」

 清二「去年」

 孝「去年の事なんか云うな。何かと思うじゃないか」

 清二「七日前だよ。大晦日の前の前の前の日だよ」

 孝「何したんだ」

 清二「俺映画に誘ったろ」

 孝「ああ、お婆ちゃん喜んで出かけてったよ」

 清二「ところがね映画館の前で俺、バッタリ会社の女性と会っちゃったんだよ」

 優子「それで?」

 清二「私も見たかったわとかなんとかしつこいんだ」

 孝「お前、おばあちゃんすっぽかしちゃったのか」

 清二「俺はいいって云ったんだよだけどさ、私はいいから二人で御覧って」

 初子「そんな事、帰って云ってなかったわ」

 清二「兄さんに云うと怒るからって云ったら、黙ってやるって」

 孝「バカヤロ」

 優子「じゃお母さん映画の時間分だけ、何処かでつぶして帰ったのね」

 清二「だからさ、俺、今度の事それが原因だったらって」

 孝「そんな事で家出するほどお袋は馬鹿じゃないよ」

 清二「そうだったらいいけど」

 孝「よかないさ、お前の冷たいのにも呆れるよ」

 清二「そうさ俺は冷たいよ、だけど兄さん達も少し変じゃないか」

 孝「俺達のことをとやかく云う資格はないよ」

 初子「聞きたいわ、私」

 清二「そんな事ってあるかね、全然やましいところがないなんてむしろ不自然じゃないか、え、優子、お前だってきっとやましいことがあるはずだぞ、きっとな(ところがる)」

 初子「清ちゃんあなたがそんな風に思ってんなら云うけど、そりゃ私だっていろいろあるわよ」

 孝「初子やめとけ」

 初子「でもどれ考えたって家出の原因になるとは思えなかったから、だから黙っていたのよ、蒲団のことだって」

 孝「蒲団?」

 初子「蒲団お母さん毎日干したでしょう、干すだけならいいわよ、だけど三十分位パンパン叩くんだもの、じゃ、どんな布地だって半年と保たないじゃないの」

 孝「それで此頃蒲団干すのやめたのか」

 初子「だけど蒲団が干せないからって家出する人がある?花のことだって」

 孝「花?」

 初子「御仏壇の花よ。三日にあげずかえてたじゃないの」

 孝「それを、お前なんか云ったのか」

 初子「花代だって馬鹿にならないわよ」

 孝「だけど、あれはお袋のたった一つみたいな楽しみじゃないか」

 初子「よくあなたそんな事云えるわね。五千円の小遣い三千円にしちゃったの、あなたじゃないの」

 清二「(起き上がり)わかったよ(腹立たしく云う)俺も兄さんも姉さんも、多分優子もな。たいした仕打ちをしてたもんだよ。それでもお母さんにこにこにこ(と涙をふく)」

 優子「私ね昼間村田さんのところへ行ったでしょう。その時、とってもドキンとしたことがあったの。村田さんね、こう云ったのよ。何処にいるんだろうなあ、この寒いのにって」

 孝「―」

 優子「私達、昨日から一度もそんな事云わなかったわね。自分は悪くない、するだけの事はした、いやしなかったってそんな事ばかり気にしてたわね。私も正直云って私のせいじゃないって、なんとなく楽な気持ちになったりしたわ。でも、本当は、原因が誰にあるなんて事より、こんな夜に、どんな思いで何処にいるんだろう、寒いだろうなあって、そう思ってあげる気持ちの方が大切よね、やましいって云えば、そんな自分が一番やましいわ、恥ずかしいわ(と深くうつむく)」

 清二「怖いと笑い出す奴がいたけど、お袋は悲しいと笑っちゃう性格(たち)だったのかなあ。そんならいつも悲しかったわけだなあ」

 孝「(そっと目を拭き)死んじまったような口きくなよ」

 

 電話のベル。

ハッとする一同。

 

 優子「(立とうとする初子を制して)私、出ます(と店へ)」

 初子「(顔を押える)」

 優子「もしもしはい、そうです―はい、あ、それ母です、母がそちらに?」

 孝「(立ち上がる)」

 

○店

 

 優子「渋谷の道玄坂病院ですね、道玄坂、―気がついて、家の番号を言ったんですね―はい」

その電話をかこむ孝、初子、清二

 

  ―WIPE―

 

 

 



小寒む-5-に続く。

小寒む(5)終

 小寒む(5)終

 

 

 ○店(朝)

 

 店の前にタクシーが停っていて、それから降りる優子、後ろから出る母(58)を助ける。

 孝も前の席を降り、その母をささえる。

 

 母の声「(降りる足だけ見せ)大丈夫大丈夫」

 清二「お帰りお母さん」

 初子「お帰りなさい」

 母「(ニコニコして)はい、ただいま。とんだ目にあったよ」

 清二「おぶおうか」

 母「なに、もうケロリなのさ。二日も気を失ってたなんて嘘みたいだよ(と奥へ)」

 清二「血管がどうかしたんだって?」

 母「コレステローラとか云うんだってさ」

 清二「コレステロールは病名じゃないだろう」

 母「そうかい、まあ、いいさ、治ったんだから」

 

 

○茶の間

 

 母「(清二にささえられながら上がる)よいしょ。あ、すまないけど熱いお茶一杯頂戴な」

 初子「はい、いま(と台所へ)」

 清二「どうしたんだい、心配したよ」

 孝「(来て)お母さん、寝た方がいいんじゃないの」

 母「うん、お茶一杯のんで」

 清二「気を失っちゃったんだって?」

 母「ニュース見ててね、暖房が暑いんだよ」

 清二「へえ、お母さんニュース映画なんか見るの」

 母「そりゃまだ五十八だもの」

 優子「ショールかけてた方がいいわ(と母にかける)」

 母「ありがと」

 清二「ねえ、それで(と炬燵に顔をつけて母をのぞく)」

 母「なんだい、子供が話をせかすみたいに(とその顔を撫でる)」

 清二「(気持ちよさそうに)へへ」

 優子「(その顔をつつき)いい気になるな」

 清二「へっ、やいてやがらあ」

 母「(笑って)バカ。それでね外へ出たらキュンと寒いだろ。急に気持ち悪くなってさ、こりゃいけないと思って、病院さがしたんだよ、人に聞いてさ、坂をゆっくりのぼっていったんだよ。そこでわかんなくなっちゃったんだねえ」

 清二「(孝へ)なにさ、それ」

 孝「つまりな。脳の血管が切れるのが脳溢血だろ。お婆ちゃんのは、血管がつまっちゃったらしいんだ」

 優子「頼りないのよ、兄さん。先生にさんざん説明されたのに」

 孝「あの医者、ドイツ語まぜすぎるんだ」

 初子「お待遠さま(とお茶をおく)」

 母「ありがと。初子さん、心配かけて、ごめんなさいよ」

 初子「いいえ」

 孝「いや、よかったって云っちゃあなんだか、お婆ちゃんが二日いなかった事、俺達、いろいろ考えさせられたよ、ある意味じゃよかったよ」

 

 外から邦雄が帰って来る「あ、お腹すいた。なんかない?」と茶箪笥へ行く。

 

 孝「邦雄、お婆ちゃん帰って来たんだぞ」

 邦雄「あ、お帰り、お婆ちゃん(と事もなげに云って菓子を頬張る)」

 初子「邦雄!どうしてあんたは、もっとあったかくなれないの」

 

 

 

○母の部屋

 

 優子にささえられそっと床につく母

 

 母「やっぱりホッとするよ、お正月だからって出歩くんじゃなかったよ」

 優子「お母さん」

 母「なんだい」

 優子「道玄坂で倒れるなんて、因縁ね」

 母「バカ」

 優子「渋谷なんて遠いのに、わざわざ行くなんて、お母さんも淋しいのね」

 母「お母さんもって、お前もなんかあるんじゃないのかい?」

 優子「わかった?」

 母「なんとなくね」

 優子「でもいいの。本当はお母さんに夫婦喧嘩の愚痴云おうと思って来たの。喧嘩して一日早く来ちゃったのよ、でもやめたわ。恥ずかしくなっちゃった。お母さんの方がずっとずっと大変なのに、お母さんにこにこにこにこ笑ってたんだもんね」

 母「別に大変なことはないさ」

 優子「ごめんね、お母さん」

 母「なに云ってんだい、お前はいい子じゃないか」

 優子「私もう一晩泊めて貰う。お母さんの横へ寝かして貰う」

 母「いいね久しぶりで」

 優子「じゃ、ちょっと旦那に電話かけて来る(立ち上がる)」

 母「―(見送る)」

 優子「こっちからあやまるの癪だけど今度だけはあやまっちゃうわ」

 母「泊まらないで帰って来いって云うよ、きっと」

 優子「そうかしら」

 

クスッと優子、陽気に出ていく。

 見送って、とり残されたようにいる母。

 微笑が消え、涙が光っている。

 

 

           -終―




2021.4.15