小寒む(1)
「小寒む」(1)
放送・1967年(昭和42年)1月5日(木)21:00~21:30
TBS「おかあさん」第412話
「おかあさん」という一話完結シリーズの中の1本です。
21:00~21:30のゴールデンタイム。30分枠。1時間ドラマなんてなかった頃。
このドラマを私は観たことがありません。
山田さんが脚本を貸してくれて、この作品を知りました。
コピーもなかった頃で、私は大学ノートに書き写しました。
山田さんはある時この脚本を紛失されていて、私のノートだけが現存する唯一の脚本となっています。そういう意味で貴重な資料になってしまいました。山田さんの許可を得てここにアップいたします。
昭和42年の正月3日から始まる話です。
コンビニも、24時間営業もなく、大体の商店は休みで、三ヶ日はおせち料理を食べて過ごすのが当たり前だった頃です。
そんな中で、切手や葉書を売るためにかろうじて開けている店があり、そこから話は始まります。
○大川乾物店、店と茶の間
孝(35)が店に出ている。
孝「(葉書を数えながら)はい葉書十枚(と女の子に渡し)毎度ありい(傍に立っている中年の女に)え、奥さんは?」
女「七円切手、三枚頂戴」
孝「はい切手三枚(と引き返す)」
女「まったく年賀状って来ないと思うと来て出した所から来ないんだもの」
孝「うちなんか毎年三ヶ日は葉書と切手で商売繁盛でね」
「今日わ」と妹優子(25)が他所行きを着て、スーツケースを持って入って来る。
孝「なんだ明日じゃなかったのか」
優子「そのつもりだったけど(女へ)おめでとうございます」
女「おめでとう、早いお里帰りね」
優子「えヽ」
女「大変ね、静岡からじゃあ」
優子「えヽ、混んで混んで(と奥へ)」
孝「サラリーマンもいいけど、転勤ってのがあるから」
女「じゃ二十一円ね」
孝「はいどうも」
女「なかなかいヽ、奥さんぶりじゃない」
孝「いや、なにやってんだか、毎度どうも」
優子「(靴を脱ぎながら)なにやってんだか、とは何よ」
孝「バカ。挨拶ってもんだよ」
優子「旦那、今日から勤めになっちゃったのよ」
孝「三日から仕事か、きついんだな」
優子「支店出したばっかりでしょう、夜は遅いし。来ちゃった、だから」
「あら、いらっしゃい」と義姉の初子(31)が二階から降りて来る。
優子「今日わ、おめでとうございます」
初子「おめでとう。今年もよろしく」
「おめでとう。おばさん」と小学校二年の邦雄(7)が階段を駆け降りて来る。
邦雄「お年玉くれれば、お姉さんだけどさ」
優子「そう来るだろうと思って(と、ハンドバックから小袋をだし)はい、これ」
邦雄「サンキュー。じゃ、ちょっと行って来るよ(と裏へ出て行く)」
初子「ありがとうございますって言うの」
邦雄の声「毎度ありいッ」
初子「ごめんなさい来るなり」
孝「ま、手でも洗えよ」
優子「お母さんは?」
孝「そういやあ、いないな」
初子「お昼すぎに、ちょっとって出たのよ」
孝「お正月だ、何処か浮かれて歩いてるんだろ」
優子「お兄さんじゃあるまいし」
初子「さあさあとにかく、そこじゃあ。こっち来て炬燵へ入って頂戴」
優子「はい」
―WIPE―
○茶の間(夜)
四人で炬燵を囲んで夕食を食べている。孝は晩酌である。テレビが歌謡曲をやっている。
初子「(手を出し)優子さん、お替り」
優子「ううん、お茶、すいません」
初子「一膳?」
優子「おかずおいしかったから、おかずでお腹いっぱい」
初子「そう(とお茶を注ぎながら)だけど、こんな事、ほんとにはじめてなのよ」
孝「映画でも見てんのさ」
初子「お正月は混んでるもの。足の弱いお婆ちゃんが入るかしら」
孝「他に時間のつぶしようがないじゃないか」
初子「(お茶を優子に差し出しながら)だから気になるのよ。もう七時半よ」
優子「ほら、池上の高松さんへ寄ってるんじゃないかしら」
初子「私もそう思ったけどそれなら電話くれるわ、お婆ちゃん」
孝「高松さんは、死んじゃったろ」
邦雄「御飯」
孝「今年の、いや去年か、ほら」
初子「(飯をよそいながら)そうだ。去年の十月になくなったんだわ」
優子「そう」
初子「一人だけの音染みだって、お婆ちゃん、がっかりしてたわそう言えば」
優子「じゃ他に何処へ寄るとこあるかしら」
孝「どこだってあるさ。東京は広いんだ。お婆ちゃんだってたまには、あてもなく歩きたいさ。俺だって歩きたいよ」
初子「歩けばいヽじゃないの。私がいつ止めました?」
優子「でも、お母さんあてもなく歩くかしら」
孝「ふん。そこが問題だ。明治の女は、果してあてもなく歩くか、どうかだ」
初子「呑気な声出して。あなたのお母さんですよ。心配じゃないんですか、ほんとに」
―WIPE―
小寒む-2-に続く。