秋の駅(前編)
「秋の駅」
1993年フジテレビ単発ドラマ。
このドラマの話をする人に会ったことがありません。人気ないのかな?
プロデューサーは「早春スケッチブック」や「マニゴン・バゴン・タオン」などの演出をした河村雄太郎ともう一人、多分福島テレビのスタッフと思われる人。
演出は今や大御所となった河毛俊作。おそらく初めて山田さんと組んだのでは。
会津柳津駅という田舎の小さな駅を中心に展開する24時間の物語です。
それに惚れている三人の男(布施博、益岡徹、村田雄浩)。
それぞれ引っ込み思案な男たちが、うじうじうじうじしていたのに、突然プロポーズしようと決心したところから話はスタートします。
どうして決心したかというと、こういう経緯です。
JR職員布施博が、会津柳津駅から別の駅に転勤することになり、田中好子とは今日でお別れという局面。そこで、どうしても言わないと切ないという気持ちでプロポーズしようと思います。
そして何故か布施博は益岡徹に電話をします。前日の夜のことです。
益岡徹が同じく田中好子に気があることは布施博にも分かっていました。そんなに親しい間柄ではないけど感じていました。もし自分の知らないところで交際が進んでいたらという疑いが布施博にはぬぐえないのでした。
布施博は「ぶしつけに聞かしてもらうけんど、そちらはKIOSKの美代子(田中好子)さんとは何かありますか?」と聞きます。
益岡徹は「は?」と言います。
「KIOSKの美代子さんと関係あるかどうか・・」と布施博は更に聞きます。
益岡徹は呆れて「関係あるわけねえべ」と答えます。
「そうか」と布施博は安堵します。
「なんだべ、急に、こんな夜に」
「いや、こだわりあっかなと思って」
「こだわりっておめえ・・」
「ねえですか」
「ねえですかって、俺が彼女と何があるって言うだべ」
「はは、だったらいいんです。なんかあ、後味悪いことになってもいけないと思って」
「後味ってなんだ?美代子に何するって言うだ?」
「なんにもしませんよ。はは」
布施博は「どうなるかわかんないが明日プロポーズしようと思っている」と伝えます。そして電話を切ります。
これが良くなかった。あ、良くなかったというのは布施博にとって良くなかったということです。黙っていればいいものを、引っ込み思案で、いじいじしてて、妙に真面目なところがあるもんだから、そんな電話をして墓穴を掘ってしまった。
当然こんなことを言われて、益岡徹も心おだやかではいられない。何もないって言ったって、何もないわけじゃない。現実は田中好子と何もないけど、全然、まったく、気持ちとしては、何もないどころじゃない。ありすぎるほどあるんだ。そう思います。
そしてもう一人。町の駐在さん村田雄浩も話を聞いて、遅れをとるわけにはいかないとアプローチに向けて動き始めます。
「夏の故郷」(1976年NHK銀河テレビ小説)で取り上げた農村の嫁不足問題は今も根強く残っており、というかもっとひどくなっており、結婚は面倒というイメージが若者に浸透していることもあって、結婚を夢みる人々は益々不利という事情があります。
この三人の他にも、女性に恵まれない若者たちが数人登場します。
観光で訪れた女性二人と出会い「チャンスだ!!」と有頂天になりちやほやする姿が、名所旧跡を背景にして展開します。男女の出会いって、なんと興奮することでしょうか。でも、うまくいきません。最後は仲間内の足の引っ張り合いとなってしまい喧嘩に。
このドラマのBGMは「優歌団」です。
独特のブルースがそれぞれのシーンに、滑稽味や、けだるさや、美しさを、与えます。
こういうことも起きています。
レストランで働くブラジル人女性に会うために、恋人のバングラデシュ人が警察から脱走してきます。
手配の顔写真が、駐在所の村田雄浩にファックスされて来て、村田雄浩はプロポーズどころではなくなり、更に旅館の主人からこんなことを言われます。
「勘だけど、死ぬんじゃないかって感じの老夫婦が、旅館を出て帰って来ない。心配だから探してくれ」と。
バングラデシュ人は林の中を逃げています。
その林に老夫婦(千秋実、丹阿弥谷津子)がいます。
勘は当たっていて、二人は心中しようと思っています。
お爺さんは言います。
「何がおこるって言うんだ、この先の俺たちに何がある、結婚して52年で、今が一番仲がいい」
「ほんとね」とお婆さんが答えます。
「仲がいいまま、楽しく二人で極楽行っちまおうじゃないか」
そう言うお爺ちゃんですが、やはりいざとなるとふんぎりがつきません。
差し迫った病気になっているのはお婆さんのほうだけで、お爺さんは老化以外に問題はなく、お婆さんは私に付き合わなくていいのよという気持ちがあります。でもお爺さんには妻に先立たれて生きていく希望は持てません。
熊か?と怯える老夫婦。死のうと思っていたけど熊に殺されるのは怖い。凍り付く二人の前に出て来たのはバングラデシュ人。突然の遭遇にどちらも驚きます。
この思わぬ出会いが事態を大きく変えて行きます。
老夫婦はバングラデシュ人に同情し、ブラジルの女性との仲立ちをしようと、彼女の職場のレストランに向かいます。
林に残ったバングラデシュ人は身を潜めていますが、あの二人の女性にふられた若者たちに見つかります。若者たちは面白くない心情を「外国人狩り」にぶつけます。必死に逃げるバングラデシュ人。
そのチェイスが行われているころ、いよいよ布施博、益岡徹、村田雄浩のプロポーズが始まります。
まるで「ねるとん紅鯨団」(ドラマ公開時は、このバラエティが人気だった)のように、三人同時のプロポーズです。
田中好子は驚いて「嫁不足も深刻ね。子連れの、出戻りの、KIOSKのおばさんに、三人も言ってくれるなんて」と言い「ありがとう、自慢になるわ。いいえ、人に言いふらしたりしない、心の中で反芻するわ」と言い「結婚する気はないの、ごめんなさい」とはっきり言います。
見事に撃沈する三人。
秋の駅(後編)に続く。