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作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。
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八月六日(金)。
フロアの中で何よりも気を付けなければならないのは「立ち上がり」である。
精神的に不穏な人、妄想の入っている人は突然立ち上がる。そしておぼつかぬ歩行で転倒する。
老人にとって転倒は恐るべきことである。老人は簡単に骨折する。そして一度寝たきりになると回復は難しい。いちどきに弱って行き他の病気や褥瘡を併発する。寝たきり老人の第一歩が転倒等により臥床生活に入ることなのである。
「立ち上がり」後の転倒予防のために職員は最大のエネルギーを使う。ガタッと椅子を動かす音がしたら即座に職員は駆けつける。
しかし「立ち上がり」は妄想が入っている方ばかりがするわけではない。当然頭がクリアーな方がおりADLにさしたる問題のない方もいらっしゃるのであり、その場の必要に応じて動こうとするのである。
例えば新聞や雑誌を読みたいので置いてある場所まで歩く時、トイレに行く時、バックなどの荷物をロッカーにとりに行く時、などなど。でも職員はトイレを別として常にご老人を立ちあがらせない。欲しいものをお聞きし自分達が取りに行く。
老人の動くことの中でもっとも頻度の高いのが、食事後に食器を下げようとすることである。特にお婆さんはこれをやりたがる。
センターのサービスは結局上げ膳据え膳状態に老人を追い込んでいるのだが、行楽地の旅館の接待と殆ど変わりがない。違うのは「歓楽」のための接待と「健康」のための接待という違いだけである。
長年主婦としてやってきたお婆ちゃんの感受性はその上げ膳据え膳状態に耐えられない。お茶碗くらい下げなきゃと申し訳ないと思ってしまう。
でも職員は絶対させない。人情としてはとても良く分かるし、出来る人にはやってもらったほうが良いとも思う。自立支援という視点に立てばそのほうが良いと私は思う。でもセンターはさせない。事故が怖いから。
介護の問題と自立支援の問題は簡単にラインが引けない問題だが、結局事故が起きた時の責任問題があるために、利用者のためにではなく責任問題のために過剰に老人を保護しているような部分がセンターにはある。
もちろん責任問題だけではなく健康を慮っての過保護なのだが、お茶碗を片付けたい、出来ることなら洗いたいというお年寄りの願いが叶うためには多くのハードルがあると思う。
八月九日(月)。
ある日悪友とスナックで飲みつつ介護の話をしていたら、隣で飲んでいた奥さんが話しかけて来た。
「介護関係の仕事なさってるんですか?」と聞いて来る。「いえ、ご免なさい、少しお話が聞こえたものですから」と言う。
私が「ええ、デイサービスに勤めてますけど」と答えると「どんな気持ちでなさってるんですか?やはり介護の理想があって?是非ともお聞きしたいです」と熱っぽく聞いて来る。私は「最近始めたばかりですから、私も模索状態ですけどね」と答える。
すると「老人介護って間違ってますよね」と凄いことを言う。かなり酔っているようである。
いきなりの発言にたじろぎながらも「確かにあの上げ膳据え膳状態の介護は何処かヘンな感じがしますね」と答える。
「ですよね」と奥さんは我が意を得たりという顔になり「過保護ですよね」と言う。
奥さんの言葉には「要介護度3」とか「ADL」とかかなり専門的なものが入っており、現実に介護老人を抱えてらっしゃるのかなと思って聞いてみた。
すると抱えているわけではなく特養で働いているという。どおりでである。
で、その介護にすっかり幻滅しているのだという。もうとてもこれ以上特養で働けないという気持ちで一杯だという。だからあなたがどういう気持ちで働いているのか聞きたいという。
酔った口調で奥さんは「若い二十歳の娘より年寄りの方が大事なんてどっかおかしいよ」とまた凄いことを言った。
詳しく聞くと、年寄りのオムツ交換で抵抗されて二十歳の娘が顔をひっかかれたとのこと。それもかなり深く、恐らく傷は残るのではないかと言われているとのこと。
「老人をちょっとでも怪我させたら書類にサインさせられて謝らなきゃいけないのに、これから未来が一杯ある娘がそんな目にあっても詫びひとつもらえないんだよ」と奥さんは嘆いた。「若い娘に較べたら老人なんて廃人じゃないか。もう絶対治らないんだよ年寄りなんて。おかしいよ年寄りだけ大事にして」と更に愚痴る。
二十歳の娘に較べれば年寄りには価値がないというのは、かなりな問題発言だが、そのことをこの奥さんに説明するためには、人間というものをどう捉えるかという根本的な問題から説明しなくてはならないと思われた。
人間は完全体として存在しているわけではない。
健常者、身障者、老人、様々な違いを持って人は生きている。
健常者でも多くの違いを併せ持って存在しており、その差異が時代を追うごとに細分化している現在である。
そのような時代に、廃人、あるいは価値がない人間というものは存在しうるのか。
例えば社会の役に立つとか立たないとか、生産に貢献しているかどうかという価値観で人間を規定するのは昔からの風潮だが、存在していること自体が人に影響を与え、抜き差しならぬ世界を人は与えあっているのであるから、簡単に無価値な人間などという発言は出来ないのではないかと私は思う。
そのことを説明するために私はダウン症児の話を持ち出した。ダウン症児を堕胎の対象とする世の価値観からそのことを解き明かそうとしたのだ。
すると「ダウン症児はいいのよ」と奥さんはいう。
「ダウン症児は成長するじゃない。するんだよ。ちょっとだけどね。だからいいの」と言う。そして「でも年寄りは成長しないんだよ。無駄だよ」とやってられないという顔で言う。
成長するからいいのか。
ちょっとそれも承服出来かねるが、確かに特養での現実は死に向かってソフトランディングしている末期の人ばかりだろうし、私のようなデイサービスのお年寄りとは事情が違う。
安楽死問題が定義するように、無価値ではないが周りの者が耐えられないという苦渋の選択の保留期間を提供しているという側面もある。
私は何か言おうと思いながらも次の例えは思いつかなかった。余りに多くの問題を抱え過ぎていたからである。
奥さんはそれからも酔っ払った勢いで「介護なんて」と言い続け、私への質問の答えなど期待していないかのように嘆き悲しんだのだった。
確かに現在の介護のあり方は諸々の問題を含み、上げ膳据え膳状態のサービス振りだが、これがベストとはとても思えない。模索は続く。
(18) 丸井さん に続く。
八月十三日(金)。
丸井さんの奥さんが死んだ時、ある非常勤の女性はビールを飲んで思いっきり泣いたという。
この仕事をしていると人間の死というものに慣れっこになってしまうところがあるのだけど、私はそうなりたくないと思っている。でもそのことを差し引いても丸井さんのあの愛妻家振りを思うと悲しくなったと女性は言った。
丸井さんは老人ではないが思考や認知に問題がある。まだ四十代五十代とも思えるのに殆ど痴呆状態である。だからと言って若年性のアルツハイマーという事ではない。体は至って健全である。
しかし子供のように一日中色鉛筆で塗り絵をしたりして、年齢通りの壮年期の面影はない。お風呂の時も自分で脱ぐことも着ることも出来るのに「私はできません、できません」とブルブル震える。「トイレ行きましょう」と言うと「トイレ行きましょう。トイレ行きましょう」と反復する。で、トイレに行くと「オシッコ出来ません」などと言って私たちを戸惑わせる。
脳が問題なのだ。
痴呆と言うより障害である。
障害を抱え込んだのはそんなに昔のことではない。むしろ最近と言ってよいだろう。
ある時、丸井さんの奥さんが病に倒れたのが原因だそうである。
奥さんに惚れる余り、何もかも奥さんに依存していた丸井さんは奥さんが病床に伏すという現実に大変なショックを受けたのだが、あろうことか病状が悪化して奥さんが死んでしまうかもしれないという局面にとうとう耐え切れず、首吊り自殺を図ったというのだ。
幸いにも丸井さんは一命を取りとめ、奥さんも奇跡の回復したと言うのだが、自殺の際に脳に長時間血液がいかなくなったことは致命的で、障害が残った。
奥さんは病から立ち直ったらまた大変な介護人生が待っていたわけで、その苦労のせいなのか最近帰らぬ人となった。
不運といえば不運である。
奥さんが本当に死んだ事を丸井さんに知られたら再び自殺の危険があるので、周りの家族は今も秘密にしているとの事だが、もうそういう現実を認識する能力もなくしているのではないかと思える丸井さんの姿である。
奥さんが病気で首吊りなんて、男の自分としてはなんとも不甲斐ないと思ってしまうが、女性にとっては「愛妻物語」なのであろうか。
少なくともビールを飲んで泣こうとは思わない。非人情?
(19) 二回目のミーティング に続く。
九月十三日(月)。
七月九日に行われたミーティングの続きが今日やっと行われた。一ヵ月後に再びという約束だったのだが、諸般の事情で二ヵ月後の今日になった。だから一時期もうミーティングはなく、管理側はしらばっくれるのではないかという噂も流れた。しかしおそらく古株からの突き上げがあったのであろう、今日という運びとなったのである。
前回、黒岩氏が傲慢と言われる人にしてはまったく発言がなかったことについて、七十代の男性非常勤職員である馬飼野(まがいの)さんのサジェッションがあったせいではないかと書いたが、どうも黒岩氏はもともとこういう場では発言しない人であるらしい。でも現実の仕事では有無を言わせぬ独断が多いということで非常勤女性たちは困り果てている。
話し合いはお昼からの仕事の詳細から始まった。
このセンターは職員と利用者さんが一緒に昼食をとるというシステムなのだが、その際の利用者さんへの語りかけを行い、自分だけさっさと食べることがないようにと言われる。結局一部の職員だけが話題を持ち込んでいるような状態なので、各々が例え不得手でも持ち込むように努力して欲しいと古株パートさんから要望が出た。
それは昼食の時に限らず、フロアの中で利用者さんがポツンとひとりぽっちになってしまわれないように、常にひとり一人の職員がマンツーマンではなく、最低三人の利用者さんの相手をするよう心がけることが必要ですと馬飼野さんが言う。
成る程と思う。この仕事は基本的にエンターテイメントなのだ。徹底的な楽しさの提供。健康を損なわないという「氷山の下」の気くばりは当たり前として、「氷山の一角」の世界で我々がなすことは、娯楽の提供なのだと思う。
とは言え、話題の少ない喋り下手の自分には耳が痛い。
まあ、下手は下手なりにやっていくしかない。駄目だと思ってやらないということがもっともいけないことなのだ。
その日のミーティングは富士見さんを始めとする管理者側が終始古株さんの御意見をお聞きするという形で進んだ。まあ、結局現場の実際を知っているのは新米管理者ではなく、古株非常勤者ということなのだ。
そしてそのやり方を一つひとつ聞くにつれ、以前の職場の体制が如何に細やかな配慮で成り立っていたかという事が分かって来る。以前の管理者とその非常勤スタッフは、センターの所長との確執で去って行ったという噂だが、その所長ですら「完璧な介護だ」と舌をまくほどの仕事をしていたということである。
話し合いは二時間半に及んだ。
この日は「宮口精二の如き剣の達人」の女性は用事があって参加していなかったのだが、この日のミーティングの概要を後日私から聞き、「そんなことばっかり話してたって駄目よ」と焦れた。
「介護の基本を確認しなきゃ。黒岩のような、まったく思いやりのない人をまず教育しなきゃ」と更に言った。
そう介護の思想とでも言うべき部分を語る必要はある。
細々とした現実の作業のマニュアル化だけでは限界があり、当然不測の事態の応用という問題が出て来る。応用が適切に出来るためにはその行為の根底にある理念、思想が問題になって来る。
この仕事は常に優先順位を考えながらやっているところがあるが、優先順位こそある共通の理念がないとまずいと思える。
この日はたくさんの話が出て大変勉強になったが、ミーティングの内容とは別のところで、五十嵐氏(三十三歳イケメン)の発言が気になった。彼は終業時のミーティングでも殆ど発言しないのだが、発言すると必ずピントのずれたことを言って私を戸惑わせる。そういうことがこの時もあったのである。
女性たちにとても評判の悪い五十嵐氏だが、それは決して女性たちが「黒岩の仲間だ」と感情的に嫌っているだけではないことが最近分かって来た私である。彼と仕事をしていると優先順位が違うのである。何故今そんなことするの?ということが多すぎる。連携プレーがなかなかとれないのである。
この日も「女性の入浴時間があと何分で終るか事前に男性側に伝えて欲しい」という発言を彼はした。突然「男性入浴OKでーす」と言われても慌てるというのだ。これを聞いて私は呆れた。後日馬飼野さんと話をしたら馬飼野さんも呆れたと言った。
そんなことが読めてないのかという驚きである。女性利用者の入浴介助に入っている女性職員は五六名である。そしてその五六名は最初から最後まで入浴介助をしている訳ではない。
つまり女性の入浴者があと数名になったところで、女性職員は昼食の配膳もあるので、二三人フロアに戻るのである。つまりその動きを見ていれば、女性が出て来る姿を見ていれば、あと十五分から二十分くらいで女性入浴は終ると判断出来るのである。
それを見ていないということを彼は図らずも露呈してしまったのである。
女性の入浴中のフロアでの最優先事項は、入浴を終了して出てこられる利用者さんの介助である。歩行をサポートし椅子に座らせ飲み物をお出しする。補水が終ったらドライヤーで髪を乾かす。そしてテーブル席への移動。
この繰り返しが最優先事項なのに五十嵐氏は殆どやらない。
利用者さんとのお喋りに夢中になり、まったく浴室方向を見ない。何人もドライヤー待ちの人が出て来ているのに気付かない。気付かないどころか利用者さんと将棋を始めたりする。優先順位が完全に違っているのだ。
五十嵐氏についてはいずれ日を改めて書きたい。
今日はミーティングの疲れで一杯。
(20) チャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカ に続く。
九月十七日(金)。
昼食後は何がしかのプログラムがある。ゲームであったり、おやつ作りであったり、ドライブであったり、利用者さんを退屈させないことはもちろん、なるべく体を動かせるようなレクリエーションを心がける。
それが終り三時のおやつを出し帰りの支度が整ってから車に乗るまでの間、ひとときの退屈な時間が生じる。かといって何かゲームをやるような時間もない。
個別に少し会話をするくらいのことしか出来ないのだが、あるベテラン非常勤女性はこういう時必ず歌を歌い始める。歌詞を印刷したコピー本があるのだがそれを配り、昔懐かしい歌を手拍子で歌う。
ほんのひとときであるが、帰りしなにそういうことがあると本当に気分よくセンターをあとに出来るのである。終りよければ全てよしではないが、「仕上げ」というものは大事である。ベテランはよく知っている。
この日もそんな感じで歌が始まった時、私はフロアの横の部屋でベッドに眠っているお爺さん(血尿を出した方)をおこしてトイレ誘導をしようとしていた。お爺さんは少し眠ったので元気を回復されたらしく、歩いて行けそうだった。
赤ちゃんの「あんよは上手」の要領で両手を前でとり、少しずつ歩いてもらって部屋からフロアに出ると丁度歌が「東京音頭」になっていた。
踊りお~どるな~あ~ら~、ちょいと、とうきょう、お~ん~ど~お~♪というやつである。そしてチャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカ、というあのリズム。
そのリズムと手拍子が丁度お爺さんの誘導のリズムと重なってしまった。
私が面白がって誘導する手をより一層リズムにのせると、それに合わせてお爺さんは足を出した。歩きやすそうだった。一歩一歩と私の手の誘導がまるで盆踊りのような按配になり、フロアの半ばまで来たところでみんな一斉に気付いた。
ドッと笑った。
お爺さんもその笑いで自分たちが衆人環視の下で踊るように歩いていることに気付き「何させるんだよう」という苦笑いをした。それを見てまたみんなが笑った。
チャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカ。
私たちはみんなの手拍子でトイレに入って行った。ドアを閉めると、トイレのドア越しにまたドッと笑い声が聞こえた。
送迎車の準備が出来たらしく、そのあとすぐに利用者さんの呼び出しが始まり皆で歌いながらエレベーターに向かい始めた。
トイレから出たおじいさんも、チャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカと向かった。
また笑い声。
思いがけずいい「ショー」をやったと私は思った。「ショー」ではお爺さんに申し訳ないけど。