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作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。
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「山田ファンの始まり(6)家族の秘密」
山田さんと一緒に仕事をしていると、時折り訪問してお喋りしている時とは違う関係に変化して行きました。自然にうちとけて行きました。
私はいつも喫茶店で、一人孤独に案を練るのですが、よっぽど変な顔して思案していたらしく、ウエイトレスに「大丈夫ですか?」なんて言われたことがありました。
私の自意識過剰を刺激する出来事で、そんなことがあって、参りました、なんて山田さんに愚痴ったら、山田さんは、あ、いいなあ、ぼくだってウエイトレスに声かけてもらいたいよ、いいなあ、なんてことを言い始めて、何を言ってるんですか、そんな意味で言ったんじゃないですよなんて言っても、山田さん笑っちゃって、まあ、からかっていたわけですが、そんな軽口をたたきあえるような関係に変化して行きました。
また、山田さんは自分の裏の顔も見せてくれるようになりました。
連続ドラマ放送後に電話をすると、もう見ないでくれ、引き伸ばすのに苦労してるんだ、なんて愚痴をこぼされることもありました。昔の連続ドラマって14回とか15回とかあって長丁場でした。
でもだからと言って間延びしたドラマになっているかというとそういうことはなく、びっしり詰まっています。
山田さんはそういう意識で書いているかも知れないけど、出来上がったものは見事なドラマになっていて、土壇場の力というか、才能というか、凄いなと思いました。
同じもの書きとして、チクショウ!と思いました。負けるもんかと思いました。
「カリメロ」で最初に書いたのは「呪われたママ」でした。
学校の作文でお母さんについて書くことになったカリメロは、お母さんを観察します。すると朝から晩まで働き詰めで働いていることが分かります。
どうしてそんなに働くのだろう?
素朴な疑問が湧いてきます。いつも「旅行したいわ」とか言ってるから、行けばいいのにと言います。でも母は「あら、だったらカリメロのご飯は誰が作るの?誰がお洗濯するの?」と言います。
こんなに懸命に働いているのは、みんなみんな家族のため、とりわけカリメロ、あなたのためなのよ。お母さんはそれが嬉しいの。そう言われるカリメロです。
その夜カリメロは夢を見ます。
深夜、地下室から不審な音がするのに気づき、おっかなびっくり行ってみると、真っ暗な地下室から母の苦しそうな声が聞こえます。
「ああ、肩が痛いよ。腰が痛いよ」そう言いながら、母がハンマーで何かを砕いています。
カリメロが目をこらして見ると、それは骸骨です。母の周りはおびただしい数の骨が散乱しています。驚いたカリメロは物音をたててしまいます。
「誰だい?」と振り返った母は老婆に変わっています。
「カリメロかい。ああ、お腹が減ったよ。ひもじいよ。お前がたくさん食べるから、私はひもじくて仕方ないよ」と嘆きます。
カリメロは逃げようとしますが逃げられません。
母は「カリメロ、お前を食べさせておくれ!」と襲いかかります。
そんな夢をみます。
この夢がクライマックスです。
子どもが母親を対象化する、それを子供向きにホラー仕立てで書こうと思ったのでした。
山田さんは、私の構想を楽しそうにメモしていました。
次に書いたのが「ジャジャ・ジャン・チャ」でした。
悪ガキ3人組が「今日はパパカブだなあ」とか「いやあ、ポカポカポッポだよ」なんて意味不明のことを言っています。
カリメロが「何を言ってるの?」と質問します。すると悪ガキは「暗号ごっこをしてるんだ」と言います。自分たちで暗号を作り、楽しんでいるのです。
カリメロは「ぼくも仲間に入れて」と言いますが、入れてくれません。仲間外れです。懇願するカリメロに悪ガキは言います。「仲間になりたければ、誰にも言っていない秘密を俺たちに言うんだ。言えるか?」と言います。
カリメロは仲間に入りたくて「言う!」と言います。
「パパにもママにも言っていない秘密だぞ、言えるか?」
「言える!」
と言ってから、はて?とカリメロは考え込んでしまいます。悪ガキが「言え!言え!」と煽りますが、言えません。
「秘密があるだろう?」
カリメロは首をかしげ「ないみたい」と言います。
悪ガキたちは呆れます。「こいつ今でもパパやママにぺちゃぺちゃ喋ってるんだ」「今でもオムツしてるんじゃないか」と笑って悪ガキたちは行ってしまいます。
カリメロは口惜しくて秘密を作るぞ!と決心します。
家に帰ると「秘密の箱」を作りいくつも秘密を入れます。ガラクタだけど。
そこへ母親がカリメロの部屋に入って来ます。慌てたカリメロは母を追い出します。驚く母にカリメロは「ここは秘密の部屋だ!入っちゃダメ!」と扉をバタンと閉めます。
唖然とした母は「カリメロ!」と叱ります。
カリメロは「まだいるの!行ってよ!」と叫びます。
「まあ~~!」と怒った母は行ってしまいます。
こうやって秘密を持とうとする子どもと母の戦いが始まります。
その戦いは、帰宅したお父さんをビックリさせます。大丈夫か?
漫画的に滑稽に騒動を描き、やっと秘密を作ったカリメロは悪ガキたちに会いに行きます。でも悪ガキたちは喧嘩をしていて、暗号ごっこどころではなくなっています。秘密をせっかく作ったのにカリメロはガッカリです。
さて、景気よく喧嘩したカリメロは、母に対して引っ込みがつきません。やはり仲直りしたい。母に「秘密を見ていいよ」なんて「秘密の箱」を差し出しますが、「あ~~らとんでもない」と母は受け付けません。
淋しくなってショボショボと自室に帰ろうとすると、母がそっと後ろから抱きしめて「冗談よ」と言って笑います。カリメロも笑って、一件落着、おしまいとなります。
これを読んで、山田さんは最後にお父さん出そうよと言います。
二人が笑っているところに、お父さんが帰ってくるんだよ。そして、二人に「おや、今日はずいぶん仲がいいなあ」って言うんだよ。するとカリメロと母が笑って「うん、そうだよ」と言い、二人は「秘密だよ」ってお父さんに返すんだよ。
なるほど!と私は思いました。
ひねりが効いてる。個々が秘密を持つのは仕方ないことだけど、それが父、母、子の秘密と、2対1の秘密と、二重三重の意味となって広がっている。さすがだなあと思いました。
そんな感じで「カリメロ」は進みました。ところが私は「カリメロ」どころではなくなってしまいます。
信じられないかも知れませんが、私は命を狙われて逃げ回ることになり、原稿を書くどころではなくなるのです。
山田ファンの始まり(7)「修羅場」に続く。
「山田ファンの始まり(7)修羅場」
2年先までスケジュールが埋まっていると噂される山田さんでした。その忙しい人が、稼ぎのない若者の助けになればと、テレビ脚本というアルバイトを紹介してくれました。
なのに、この不器用な若者は、ちゃぶ台返しをやってしまいます。
何をやらかしたのか?
女に惚れてしまったのです。
アパートの近くに小さな小料理屋があって、そこに美人のママがいました。
ファンの男たちが毎晩のように訪れていて、地元の会社の社長がプロポーズしてふられたりしていました。高嶺の花でした。みんなのマドンナでした。
そのマドンナに私も惚れて、あろうことかママとできてしまったのです。日常をこなすことすら満足に出来ない男が、プレイボーイでもない小僧が、マドンナをものにしてしまったのです。
当時は若くて分かりませんでしたが、そういうことは稀にあるようです。寅さんのような顛末をみんながたどるわけではない。女と男にはわけのわからないことが起きる。メデタシ、メデタシ。
というわけにはいかなかった。「パンとあこがれ」にこういう台詞があります。
「恋愛というものは小説本が謳いあげるように綺麗なものではないのかも知れない。むしろ醜いものなのかも知れない。どんなに周りの人が傷つこうと、自分たちの思いだけはとげようとする醜いものなのかも知れない」
こんなことがおこりました。
夜、二人で酒を飲んでいると必ずママが泣くのです。理由を聞いても、ただ泣くだけです。「私は過ちを犯した、後悔している」と泣くのです。「何を?」と聞いても答えてくれません。ただ泣くだけです。
ある夜、私の部屋に男が踏み込んで来ました。
「何人男を作れば気が済むんだ!」と男はママに怒鳴りました。
男はヤクザではありませんでした。顔見知りの男でした。小料理屋のカウンターで何度か私と酒を酌み交わしたことがあり、親しいともいえる40代のサラリーマンでした。
「正気になれ!まともな人間になれ!!」
「まともになるのはあなたでしょう!」
口論が始まりました。
男は私の方は見ませんでした。ママにだけ怒鳴るのです。私は立ち上がりました。すると男はひるんで「いや君が男としてママを守るのは分かる」と言います。そして「君には関係ないんだ。この女はとんでもない奴なんだ」と承服できないことを言います。
私は、不法侵入ですから、警察呼びますと言いました。男は泣きそうな顔になり、もう二言三言吠えて逃げるように去りました。
あの男が別れてくれないので困っているとママは言いました。小料理屋を開く前からつきまとわれていて、ほとほと困っているとのことでした。
その夜遅くママが店に戻るとおかしなことが起きていました。
店の床一面が濡れているのです。水ではありませんでした。臭いがあって灯油と分かりました。冬だったので石油ストーブがあり、その灯油を男はまいたのです。そして火をつけようとした。しかし、いくらなんでもそこまではできずに帰ったのだと思えました。ママはゾッとしました。
その日から、みるみる客足が遠のきました。どうやら男が「ママは誰とでも寝る女だ」と言いふらしているようでした。あのプロポーズをした社長さんも、ママを慕っていた社長の娘さんもぷっつりと来なくなりました。
解体業をしている人で、ただ黙ってカウンターの片隅で飲んでいる男性がいました。当時のカラオケは8トラックのミュージックテープで、それに合わせて歌詞カードで歌うというものでしたが、それにお金を投入し、歌うこともなく、黙って飲んでいる人でした。曲はママの好きなものばかりでBGMとして流す、そういう形でママへの気持ちを表していました。
その人がカウンターの反対側にいる私にこう言いました。
「顔色悪いね」
挑発的な笑みを浮かべました。
そういうことを言う人ではありませんでした。殺意を感じました。
次の深夜、ママが一人で店にいたところに男が侵入し、ママを殴りました。引きずり回し、髪の毛を引き抜き、ママの顔は四谷怪談のお岩のように腫れました。
ママは店を休業せざるを得ませんでした。
ママと私は自宅に戻ることができず、ホテルを転々としました。
傾き始めた店には出資者がおり、借金を返せと請求が来ます。
なにかと言うと早稲田を出ていると言葉の端々にひけらかす俗物オーナーは、返せなければ妾になるのも選択肢のひとつだとほくそ笑みます。
私は、とても「カリメロ」を書いているどころではなくなってしまいます。これはまずいと思いました。
山田さんに相談の電話をかけました。
執筆で忙しいのに、山田さんは電話した午前中に自宅で会ってくれました。事情を話しました。平凡な若者に訪れた突然の事件を聞いて、原稿が書けなくなるのは仕方がない、プロデューサーには言っておくから、それは心配しなくていいよと山田さんは言われました。
この騒動での私の悩みは、結局何が真実なのかわからないということでした。出会って間もない私は100%ママを信用することもできませんでした。ママ淫乱説や人格破綻者説も信じられませんでした。しかし完全に否定する情報も持っていませんでした。
ママと男、どちらが嘘をついているのか、どちらも嘘をついているのか、大嘘なのか小嘘なのか、謎でした。
山田さんと話していると、正午になってしまいました。「お昼食べようか」と山田さんは言われ、奥さんが不在だったこともあり、生めんの即席ラーメンを手際よく作ってくれました。
ああ、こんな忙しい人にラーメンを作らせてしまったと、後悔しながら、不器用な若者はラーメンをすすったのでした。
山田ファンの始まり(8)「山田太一の伴走者の妄想」に続く。
2021.5.17
「山田ファンの始まり(8)山田太一の伴走者の妄想」
「血が凄いの。いっぱいだったの。トイレ中、真っ赤よ」と酔ったママは言いました。流産した時の思い出でした。九州の福岡で結婚生活をおくっていたときの思い出で、それ以後子供は出来なかったと言いました。
ある日、夫からからこういうことを言われました。「子供を育てて欲しい」と。
他に女が出来て、その女が妊娠した。あなたと別れるつもりはない、だからあなたに育てて欲しいと。
そんな要求を呑めるでしょうか。
裏切ったこともひどいけど、それはこんな体の自分にも責任があると思う。でも「育ててくれ」はないだろう。
ママは離婚します。たっぷりと未練を残して。
上京して就職しますが、美貌が災いとなり次々と男が言い寄ってきます。ある会社の社長は近くにアパートを借りて手練手管を弄します。
職場を変えざるを得なくなり、転々とします。つらい日々の中で、酒場で酔いしれ、自暴自棄になり「あの頃のことは思い出したくない」という無軌道な時期をママは過ごします。
そんな時にあの男と知り合ったようです。
男は芸術好きのサラリーマンで、多方面にわたって造詣の深さを感じさせる男でした。
しかし。
ある時、たまたまジャズダンスを志している女の子をまじえて私と飲んだときのことです。
もちろんジャズダンスじゃ食えるわけないから、「8時だよ全員集合!」のバックダンサーのアルバイトをして頑張っていると女の子は言いました。
それに対して、男は「なんだそのいい加減な仕事は!」と罵倒しました。
もっとスタンダードなものを目指せと言い、そのスタンダードなものとは紫綬褒章を受章するようなものだと言うのです。誰しもが認めるもの、それを目指さないでどうする、ジャズダンスなんて聞いたこともないし、いい加減なテレビの仕事しているんじゃ、どうしようもないと罵倒するのです。
私はその権威主義に呆れました。蔑視された漫画を描く者として、ジャズダンスを夢見る女の子が気の毒になりました。
その見当違いの自信を持った男が、私の部屋に踏み込んで来た時、何故私に対して怯えていたのか?気が小さいこと以上に謎があると思いました。
ここに散々書いているように、私は自信のない、さえない若者でした。
しかしこんな体験があります。
高校生の時です。
初めて彼女ができた時(友だちも満足に作れない奴が彼女は作れるという不可思議)彼女の家庭にお邪魔することがありました。
そこで彼女のお姉さんと話すこともあり、お姉さんは婚約をしており、その婚約者も交えてお茶を飲んだりしました。
ある時彼女とトラブルがあり、喧嘩別れをしてしまいました。その後、ちゃんと家に帰ったかどうか心配になり彼女の家を訪ねました(携帯電話はない頃で個別に連絡をとることは不可能な時代)。
すると家には彼女のお姉さんと婚約者がおり、挨拶はしたのだけど、婚約者はプイといなくなってしまいました。
私はお姉さんに事情を話しましたが、そのこととは別個にこういうことをお姉さんは言いました。
こんなことを言うのはいやなんだけど、と前置きし、私はあなたに迷惑しているのと言いました。
驚きました。
何故婚約者はプイといなくなったのか。その理由。
婚約者が私とお姉さんの間を疑っていると言うのでした。
嫉妬していると言うのでした。
私はその時さえない高校生。
それがはるか年上の成人男性に嫉妬されるのか?そんな対象になるのか?了解出来ませんでした。
婚約者の特殊なコンプレックスなのかもしれませんが、そのことは長い間私の心に残りました。
ですから、私はここでおどおどとした青春模様を書いていますが、それは私の内面からみた自己像であって、実は世の中にあらわれている私というのはまったく別の像かもしれないということです。
こいつモテるんだろうなあ、チクショウ!と思わせるようなものを、事実としてはまったくないのだけど、結果としてそういうものを発散している鼻持ちならないキャラクターとしてあらわれているのかも知れないということです。
なぜ私の部屋に踏み込んできた男が私におびえたのか。
同じように、カウンターの隅で飲んでいた解体業の男性が、何故私に殺意を見せたのか。
おれは誠実にママを思っているけど、お前は遊びでママに手をつけた。誠実さのないプレイボーイだと空想したのではないか。そう思えば合点がいくのです。
生きていくということは自己の内省だけではなく、自分がどう見られているかということも考慮して生きていかねばならない。でも当時の私は内省だけがすべてで、右往左往していました。
40過ぎて、結婚もせずつきまとう男。
水商売の女、淫乱、人格破綻者と言われるママ。
何処に真実があるのか。
私はママと男の修羅場に飛び込んで行かざるを得ませんでした。
この数年後に、実はママは亡くなってしまいます。「それぞれの秋」じゃないけど脳の病気でした。
そのことはこのエッセイの主題から外れるので、これ以上は書きません。
紆余曲折あって一件落着したあと、私は「カリメロ」に復帰しました。本当に山田さんには迷惑をかけました。
この半年くらい後から、山田さんのかなり長い連続ドラマが始まりました。その中でこういうところがあります。
主人公の若者には可憐な恋人がおり、それが水商売の子なのです。その子の過去の男性遍歴が問題となるシーンがあります。
可憐な姿に目をくらまされているけど、実は数々の体験を淫乱のようにしているという情報が入り、主人公は悩むのです。
結局性体験なんて自己申告ですから、真実は何処にあるのかと悩むのです。主人公の母親が結婚に反対していることもあり、彼女を好きな自分に自信を持てるのかと悩むのです。
これを見て驚きました。
まったくの偶然なのかも知れません。この構想はずっと前からあったのかも知れません。
しかし、と思うのです。
こういう考え方はよくないのかもしれないけど、私はホッとしたのです。もし、あの大迷惑な出来事が、少しでも山田さんのインスピレーションの役にたったのなら良かったなと。
以前引用した「上野駅周辺」でも水島涼太演ずるさえない青年は、最後に学生時代から恋い焦がれていたマドンナとデートし、淡い夢をみます。しかし、裏に暴力男がいてひどい目にあうという顛末があります。
もちろんどれもこれも勝手な想像です。伴走してきた山田ファンの、伴走者だからこそ持つことのできる勝手な妄想です。
山田ファンの始まり(9)「軽蔑もいっぱい」に続く。
「山田ファンの始まり(9)軽蔑もいっぱい」
漫画界は児童漫画だけではなく、より上の年代をターゲットにした青年劇画誌が創刊され始めていました。私はそういう劇画誌に、ペーソスを主体とした漫画を書き始めました。連載も持って、コンスタンスに発表していきました。
山田さんもまめに見てくれていて、「あれ読んだよー」と連絡をくれました。忙しいのに本屋をめぐって探すとのことでした。ありがとうございますと感謝しました。
漫画の月刊評論に取り上げられて「反社会的な毒をぶちまけたような世界」なんて評されて「え?ペーソスのつもりだったのに、オレそんなもの描いてるのか?」とびっくりするようなこともありました。
原稿を頼みに来た編集者が、私の描いた漫画を全部スクラップしていて「これは可哀想な話でしたねえ」なんて思い入れを語ってくれた時は、こんな人がいるんだと驚きました。山田さんが、そういうことあると嬉しいよねえと、自分のことのように喜んでくれました。
その頃山田さんは「高原へいらっしゃい」(1976年TBS)「男たちの旅路」(1976~77年NHK)「岸辺のアルバム」(1977年TBS)と話題作を書き進めていました。「男たちの旅路」は「山田太一シリーズ」という脚本家名を冠にしたシリーズで、脚本家の地位向上に一役買いました。
しかし、それでもテレビドラマは舐められていました。
ネット上には映画関係者のものと思われるHPがあり、映画は監督のものなのに、テレビは脚本家がクローズアップされる。それはひとえにテレビドラマの後進性のなせる業だなどと言っていました。
「月刊シナリオ」という老舗の映画雑誌があります。
1973年には山田さんのテレビドラマ「同棲時代」のシナリオが掲載されていますが、映画関係者から「テレビのシナリオは載せるな」と抗議があったそうです。
何故かそんな頃に「月刊シナリオ」からエッセイの依頼があり、山田さんは「私にとってのテレビドラマ」(「昼下がりの悪魔」所収)というエッセイを書きました。
もし皆さんがエッセイ集をお持ちでしたら、そういう背景を想像して読み返してください。山田さんの怒りの声が聞こえるでしょう。こんな映画オンリーでテレビドラマを蔑視した雑誌が、おれにエッセイを頼むんじゃねえ!という叫びが聞こえてくるはずです。もちろん編集部内にも温度差があり、テレビドラマ派の編集者からの依頼だったはずですが、それでもそういう風に書かざるを得なかったのでしょう。
では、なぜ監督ではなく、テレビ界では脚本家がクローズアップされるようになったのか?
むかし山田さんはこう言っていました。まだラテ欄に脚本家名なんてろくに書かれなかった頃ですが、それでも脚本家の存在を山田さんはこう言っていました。
結局、テレビ局のディレクターはサラリーマンだということ。局の人事異動で、「今回演出やります○○です」なんて言ってやってくる。そしてある時人事異動でどっかに行っちゃう。社内事情でそうなってしまう。そうなると、ドラマの個性を決めるのはずっと継続して書いている脚本家になってしまう。
人事異動だから演出に適正がない人が来ることも当然ある。
かつて連続ドラマで3人のディレクターが来て、そのうちの1人がとにかくセンスがないということがあって、その人の回だけとても苦労をした。どんなに失敗しても最低限ここまでは伝わるというホンを書いた。でもその人は失敗した。そんな構造の中にあるから脚本家の力がより試されることになる。
テレビドラマの後進性なんて言われながらも、山田さんは「ふぞろいの林檎たち」「岸辺のアルバム」などを書き、社会現象まで巻き起こします。
「山田太一ファンです」と発言する人が増えてきます。
しかし「へ~~山田太一ファンなんだあ、ふぞろいが好きなんだあ、真面目なんだあ」なんて揶揄気味に言われました。
「噂の真相」(1979年-2004年)という雑誌で、週刊誌記者の匿名鼎談が毎月行われていたのですが、その中で山田太一のことを好意的に取り上げた記者がいました。すると他の記者から「お前は山田太一に甘いんだよ」なんて揶揄されていました。
何故揶揄されたのか。
山田太一という名前は世間に浸透してきたけど、品行方正でNHKみたいな、クソ真面目なイメージがあったのだと思います。「若い根っこの会」(完全な死語)みたいなものを感じていたのだと思います。
かつて山田太一を馬鹿にしていた漫画仲間も同じスタンスでした。
世の中は権謀術数で動いており、どれくらい政治的であるかということが問われている。人間の本質は哀しいかなエゴイズムだ。
山田ドラマは誠実さだとか、小さな思いやりとかを取り上げていて甘っちょろい。権力に利用されるだけだ。
しかし、そうだろうか? と私は思っていました。
山田さんは、エッセイ「軽蔑もいっぱい」(「街への挨拶」所収)でこう言っています。
「われわれの多くの感受性は、他人への敬意からは偽善を、友情からはホモを、親愛からは利害を連想するというようなぐあいに、すれっからしている」
「すれっからしている」という砕けた表現で山田さんは言っていますが、これは重要な言葉です。すれっからしになって大事なことを見逃していないかと言っているのです。
山田ファンの始まり(10)「一皮の厚み」に続く。
2021.5.31
「山田ファンの始まり(10)一皮の厚み」
「どん底じゃないのに、どん底の用心で生きちゃいけないよね」という台詞があります。
山田さんの最後の連続ドラマ「ありふれた奇跡」(2009年フジテレビ)の台詞です。
「人間ってものが嘘つきで、冷たくて、インチキで、ケチで、裏切りで、自分が大事で、気を許せない」といつも言っている翔太爺ちゃんが言う台詞です。
「人間、一皮むけば色と欲」
「一皮むけば金の亡者だ」
などと言う言葉が昔からあります。
辞書に「一皮とは、本質・素質を覆い包むもの。物事のうわべの姿など」とあります。
しかし、一皮の下に本質があるという考えはどれほど有効なのでしょうか?
山田ドラマは、昔から終始一貫この「一皮の下の本質」という考えに異議を唱えてきたと私は思っています。
例えば戦争ということがあり、戦場に行った人々も、銃後の人々も、辛酸を舐め尽くし、人間のおぞましい部分をたくさん体験した時代がありました。
「カルネアデスの船板」ではありませんが、人間が生存しようとするぎりぎりの局面で、やりきれない、悲しいことがあるのは事実です。衣食足りて礼節を知るというけど、人間としてのモラルや思いやりを期待できるのは、ある程度の恵まれた環境があってのことで、そんな環境が壊れた極限状況では一皮の下の人間が噴出するというのは本当のことでしょう。
綺麗ごとを言っても最後はわが身が可愛い、身内が大事、人はエゴイスティックなものだという人間の部分。結局人間に愛なんてないんだという部分。
それらのことは本質といえば本質だと思います。
私は戦時下のような極限体験はないけど、わが身のエゴイスティックな部分をちょっと想起するだけで、きっとそうだろうなと思えるところがあり、痛い気持ちです。
今の恵まれた環境が私を多少とも人間らしいモラリストにしているかもしれないけど、自分か他者かどちらかしか生存し得ないという二者択一状況が出現したら、とても自信がない。自分は脆弱に、自己の生存に悲鳴をあげてしがみつくだろうなと、苦く思って生きています。
しかし、それでは、その人間の本質を覆っている一枚の皮、ひとかわは虚偽なのでしょうか。
本質を覆い隠している一皮は、極限状況が襲えば簡単に砕け散るものかも知れませんが、でもそれは虚偽なのでしょうか。権謀術数主義の前では単なる甘っちょろい感傷なのでしょうか。
そこが問題だと私は思っています。
60年代後半から70年代にかけて、いろんな芸術が人間の本質、本音を描こうとしていました。人間のエゴイズム。政治の権謀術数。世界のパワーバランス。性と政治。様々な媒体が人間の本質をあばこうとしていました。
そんな時代にスタートした、山田ドラマは、本質はそうかも知れないがという、留保をつけた世界を描き続けました。
例えば「岸辺のアルバム」で、最後に家族がひとときのことかも知れないけど、肩寄せ合って歩いて行くラストシーンがありました。
それはこう批判されました。
追求が甘い、崩壊させるならもっと徹底的にやるのが本質的だと。
もう一度書きます。
「人間、一皮むけば色と欲」
という言葉があります。
一皮むけば本質があるかも知れない。
でも本質がむき出しにされるまでは「一皮の厚み」がある。人間は結局エゴイスティックなものかも知れない、愛のない悲しい生き物かも知れない。でも「一皮の厚み」がある。
山田ドラマはその「一皮の厚み」を描いてきたと思います。
一見、商業主義的人気取りの如き大団円や、ハッピーエンドは、決してそういうことではなく「一皮の厚み」が人間にはあるという主張なのだと私は理解しています。
人間には「一皮の厚み」があるじゃないか、そのことに自信を持たなくてどうすると山田ドラマは言っているのだと思っています。
山田ファンの始まり(11)「連続ドラマは書かない」に続く。