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山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

「ふぞろいの林檎たち」を語る(1)

「ふぞろいの林檎たち」

 
        


今でも近所のスーパーで、「ふぞろいの胡瓜」とか「ふぞろいのチキンカツ」なんてネーミングで売っているのを見かけますが、ちょっと型通りにならなかった商品を売る時には便利なネーミングなのでしょう。クスっとしてしまいます。でも、その原点はやはり、「ふぞろいの林檎たち」でしょう。

山田太一の名前は知らなくても、このタイトルは今も確実に浸透しているように思えます。

 

「ふぞろいの林檎たち」は1983年に発表された連続ドラマですから、もう40年近く昔のドラマで、浸透度に驚いてしまいます。

そのわりに、ドラマを見た人がどれくらいいるかと言うと、タイトルだけ知ってますというレベルではないでしょうか。

また、見た人も随分前で、感じは覚えているけど、細かいことはすっかり忘れてしまったという方もいらっしゃるでしょう。

 

 

 

そこで「ふぞろいの林檎たち」全4作を一気に語ってみたいと思います。

もちろん駆け足ですから結構飛ばして、端折ります。でも、ああ、こんな話なんだあということは明瞭にわかるはずです。

 

まず第一作から。

 

ドラマは4流大学の学生仲手川良雄(中井貴一)が六本木の街を歩いているところから始まる。良雄にしては頑張ったおしゃれをしていて、フィラのベストなどを着ている。すると同じフィラのベストを着た学生たちが何人もディスコに入って行くのを見つける。

 

ディスコでは学生のパーティが始まっており、フィラのベストが会員の証という趣のようである。東京大学医学部、慶応大学医学部、順天堂大学医学部といったメンバーが紹介され、踊る男女の中に伊吹夏恵(高橋ひとみ)がいる。

 

良雄は巻き込まれるように会場に入っていたが、部外者だとばれて外につまみ出される。「内輪の集まりなもんでね、遠慮して貰うだけ」と言われ「失礼だけど学校どこ?」と聞かれ「聞くなよ、そんなこと」と冷笑され、良雄は逃げ去る。

 

そんな屈辱的なシーンから「ふぞろいの林檎たち」はスタートする。

国際工業大学。それが良雄の学校。「学校どこですか?」と聞かれるのが一番イタイという学校である。

学校の友人西寺実(柳沢慎吾)岩田健一(時任三郎)らの誘いで、自分たちも女性と交流するグループを作ろうと動き出す。学校のランクだけで男を選ぶ女ばっかりじゃないさ、要は中身じゃないかと思う三人は、「ワンゲル愛好会オリーブ」を作り、チラシを女子大前で配る。しかしうまくいかない。

こんな学校に誰が来るというんだ、俺たちに恥かかせるなよ!と他の学友に毒づかれる。閑古鳥が鳴く受付会場で、女に見向きもされない現実を改めて思い知る。

 

そこへ「『ワンゲル愛好会オリーブ』ってここですか?」と谷本綾子(中島唱子)が現れる。お世辞にも容姿がいいとは言えない太った女の子。口の悪い学友は見ただけで呆れ、「あ~~あ」とわざと綾子に分かるようにあくびをして去る。三人は、ブスは入れませんとは言えず、あたふたと受け付ける。学校のランク付けで口惜しい思いをしているのに、女性のランク付けには無神経な差別をしている身勝手さ。

 

綾子は、「私一人の応募なんですか?」と懸念しはじめ、帰ろうとする。そこへ「『ワンゲル愛好会オリーブ』ってここですか?」と女性の声がする。見ると入口に二人の可愛い女の子、水野陽子(手塚理美)、宮本春江(石原真理子)が立っている。

 

現金なものですっかり舞い上がった三人は歓迎会へ誘うことになる。夢見ていたシチュエーションが現実のものとなって、居酒屋やディスコで青春らしい時を過ごす。でも、ちやほやされる陽子と春江、少し疎外された綾子と明暗はある。

 

ところが、津田塾大学生と言っていたのに、後日学校に行ってみるとそのような学生はいない。名前も電話もデタラメで、冷やかされただけだったのかと思うが、2千円の会費は払っているから変。とても嘘つくような女の子には見えなかった。三人は考え込む。

 

一縷の希望がある。

渡したチラシに、今度の日曜に高尾山に行くというイベント情報を書いた。来るんじゃないか?いやあ全部デタラメなのにまさか?

未練たらたらの三人。

 

そんな時、健一に電話が入る。陽子の声で「ワンゲルのオリーブに入会した者ですけど。私たち、日曜、行けないんです。ごめんなさい」と言うと切ってしまう。健一慌てて話をつなごうとするが後の祭り。ちゃんと断りの電話をしてくるんだからまったくデタラメな女の子ではないと思う。

 

後日明らかになるが、二人は看護学校の生徒で、有名女子大生と言った方が良く思われると思って嘘をついたのである。有名大学を頂点としたヒエラルキーはそんなコンプレックスをも生みだしていて、コンプレックスを持った者同士が、こういう出会いをしたのだった。

 

お目当ては来なくなった高尾山ハイキング。来るのは人気のない綾子一人。健一も実も行きたくないと言う。それよりも陽子、春江を探すと言い出す始末。結局人のいい良雄に綾子を押し付ける。良雄は不承不承、綾子とハイキングに行く。男にもてるわけないと思う綾子だが、それでも付き合ってくれた良雄にときめく。でも良雄は、綾子に魅力を感じていない自分を発見し、自分の人の良さに愛想が尽きたりする。

 

その夜、良雄は風俗街を歩いていた。

「お前はな、遊んでねえからな、女に免疫ねえからな。気をつけろよ」そう実に言われた良雄である。

「うっかりあんなブスに手を出すなよ」なんて笑われたりした。遊んでないと言われれば、確かにその通りの自分がいた。良雄はネオンきらめく風俗街を歩きまわり、ためらった末に個室マッサージ店に入る。

 

そこにアルバイトをしている夏恵がいる。あのディスコで踊っていた女の子である。良雄はすぐに気づいたが夏恵は気がつかなかった。いきなりブラウスを脱ぎ胸もあらわな姿になった夏恵は、慣れた手つきで良雄の下半身を刺激する。良雄はためらいながらも身をゆだねる。自分が性欲だけの姿になったことに屈辱を感じたのか泣きだしてしまう。夏恵は驚く。

 

この店に入る階段で、良雄は本田修一(国広富之)とすれ違っている。夏恵と同棲している恋人である。修一は東大卒で、在宅でコンピューターの仕事をしており、東京外語大学の夏恵とはエリートカップルである。これでふぞろいのメンバーは全員登場したことになる。

 

この8人の若者が、それぞれの境遇の中で就職や恋に向かって行く。

紆余曲折はあるが、健一と陽子、良雄と春江、実と綾子というカップルが進行していく。身の丈に合った自分たちの就職があると言っていた健一が、一流企業から誘いが来たら、やはりシッポをふってしまう姿も描かれる。そんな自分を苦く、口惜しく思う姿も。

 

修一、夏恵のカップルも、頭のいい若者特有の割り切りで暮らしているが、齟齬はあり、底辺の学生とは違う揺らぎが描かれる。特に修一は良雄たちの交流に魅力を感じており、人と馴染めない自分とは違う世界があるとうらやましさを感じている。ヒエラルキーの上位にいると思われる若者も幸せ一杯ではない。

 

 

しかし、ふぞろいファンの間でとりわけ話題になったのは、個々の青春模様もさることながら、中井貴一の兄、仲手川耕一(小林薫)と仲手川幸子(根岸季衣)夫婦の話である。

病弱な幸子は子供も産めず、姑の愛子(佐々木すみ江)から見れば、許せないことであった。パート1の最終回で、愛子は耕一にはっきりと言う。

「世間にはいっくらだって、女の人いるんだよ。どうでも幸子さんじゃなきゃなんて、そんな甘いこと、この頃の若いもんだっていわないよ。もうちょっと、あとさき考えて、さき行き不幸にならないような相手を選ぶもんだよ。幸子さんが、その気になってくれたのに、なんでさがして、呼び戻すようなことするんだい。認めてんだよ、幸子さんは。自分で、嫁の資格がないこと認めてんだよ」

 

それは、ふぞろいメンバーが全員集まった場で言われた。社会に迷い、人に恋することに迷い、確かなものをつかめない若者たち全員の前で言われた。

 

それに対して耕一はこう言う。

「若いもんが、どうだか知らねえが、世間がどうだか知らねえが、俺は幸子じゃなきゃ嫌なんだ。そんなこと信じられねえかもしれねえが、そうなんだから、仕様がねぇ。可笑しきゃ笑ってくれ。甘っちょろくても・・こいつと暮らしたいんだ。仲良くやってくれよ」

そう懇願する。

ふぞろいたちは涙を流し、「そんな恋愛したい」と思う。

二人は夫婦の道を歩むことになる。当時多くの視聴者がこのシーンに感銘した。

 

 

 

 

そして1985年にパートⅡが作られる。

学校から社会へ出ていったふぞろいたちといった内容になるが、パートⅠで、「こいつじゃなきゃだめなんだ」と言っていた耕一は浮気をしている。パートⅠで感銘したファンは何を思ったことか。

 

学歴社会、格差社会という図式を入口として始まった「ふぞろいの林檎たち」は、勝ち組だの負け組だのといった昨今流行りの価値観で、負け組の青春を描いているという解釈をする向きもあるが、当然のこととして、図式は図式で、人間の世界を解釈する仮定線としてあり、そこからはみ出すものがあるわけで、負け組ドラマなどという浅薄なものではない。「こいつしかいないんだ」と言っていた男が、新シーズンでは浮気をしているように、人間の世界にはやっかいなことがてんこ盛りで、そんな事態に恐れずひるまず縦横無尽に山田ドラマは展開する。

 

 

実と健一は同じ会社で営業マンとなっている。新人研修で軍隊のようなスパルタ教育を受け、会社に戻ったらその日のうちに得意先周りをやらされるハードさ。

 

実は「やってられねえ」と健一と酒を飲む。泥酔した実は、健一のアパートに泊まると伝えるために実家に電話をするのだが、その時電話口に出た父親(石井均)と口論となる。

 

研修で体がガタガタだよと愚痴った実に、父親は「だらしがねえ」と言ったのだった。カッとなり「どうせ俺なんかが入るのはボロ会社だよ。お前はなんだよ。ラーメン屋じゃねえかよ。跡継げなんて、よく言えるよ。こっちはね、いくらボロでも、ちゃんと研修もある、一億二億の商売だってやってる立派な販売会社だよ。人をバカにするなら、手前がもうちょっとちゃんとしろよ。手前の人生は一体なんだよ」と毒づく。

 

その夜遅く、父親はトイレに入ったまま出て来ない。翌朝不審に思って開けてみると倒れて死んでいる姿がある。

 

お通夜に、ふぞろいメンバーが久々に集まり近況が語られる。

実はせっかく来てくれた仲間に何も言えない。親子喧嘩をしたまま、酔っていたとはいえ、いいように誹謗したままで死なれた。その事実に圧倒されている。

たまらず、実は家から逃げ出す。それを追いかける健一。「お前が逃げてどうする。気持ち押さえて、ちゃんと葬式出すのが、大人ってもんだ」そう健一に言われ、実は「大人になんかなりたくねえよ」と泣く。

そう、パートⅡでは大人になっていく苦労が描かれる。

 

良雄は運送会社に就職し、陽子と春江は看護婦になり、修一はソフトプログラマー、夏恵はその修一に仕事を持って来ている。綾子はまだ学生。

陽子と健一はいつ肉体関係に入り、その後ちゃんと大人の関係を構築できるかということで悩み、良雄と春江は好意を持ちあっているのに、様々なタイミングの悪さで関係が進展しない。男と女が結ばれるというのは、お互いの気持ちだけじゃなく、環境が後押ししないと無理なのではないか?という部分と、もともと二人はそりが合わないのではというところも描かれる。

綾子は甲斐甲斐しく実の世話をやいているが、実はうるさがっている。修一は人を愛する能力がないのではないかという問題があり、夏恵は結婚したい自分の焦りと戦っている。仕事の才能、社内政治、転職の可能性、自分を変えたいという願望、清濁併せ呑む大人の世界で、自分達は果たして燃えているのかということが最終回で問われる。




                 「ふぞろいの林檎たち」を語る(2)につづく 

 

 

 

 

 

 

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