忍者ブログ

山田太一の扉

作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。

「ふぞろいの林檎たち」を語る(2)

 

        

1991年パートⅢが作られる。

 

春江は富豪の門脇幹一(柄本明)と結婚していて、裕福ではあるがうまくいっていない。ドラマは春江が自殺未遂をして病院にかつぎ込まれるところから始まる。

それほどにうまくいっていない。今も春江は良雄を忘れられずにいて、混乱する頭の中で良雄の名前を呼ぶ。

 

亭主としては面白くないが、幹一は良雄に連絡をとらざるを得ない。そうして病院にふぞろいのメンバーが駆けつけることになる。しかし集中治療室の春江に会うことは出来ず、病状の説明もしない傲慢な幹一の対応に腹を立て、陽子の部屋に集まることになる。

 

 

6年ぶりの再会。

実と綾子は夫婦となり幼い子供がいる。

健一も所帯を持っているが相手は陽子ではない。お互いに「あんたがふった」と言っており、家庭か仕事かという選択肢に陽子は仕事を選んだようである。職場改善の組合運動にも心血を注ぎ独身を貫いている。

良雄も陽子と同じく独身が続いている。

 

 

 

翌日そんな良雄のアパートに幹一が怒鳴り込んでくる。「来てるだろう!出せ!」と吠える。唖然とする良雄だが、春江が病院から逃げ出したことがわかる。良雄のところにいないとわかると、良雄の実家にも行き、実のラーメン屋にも。不法侵入も辞さない追いかけ方で、愛していると言うより、拝金主義者の権力欲が見える。春江は大きな屋敷に幽閉された身となる。

 

健一は、陽子の職場の女性から相談を受ける。陽子の男遊びがひどい、私の彼にちょっかいを出さないように言ってもらえないかと言うのである。陽子の昔の恋人と知っての相談だが、にわかには信じられない健一は探りを入れてみる。

 

行きつけのスナックのマスターとは、あったらしいことがわかる。更に噂を探っていると、陽子が気付き、どういうつもりなの?と抗議してくる。

陽子は組合潰しの工作と勘ぐっていて、スキャンダルを探しているのだと怒る。

でも裏を知ると、陽子は、随分汚れた女になったんだね、私、と苦笑する。岩田君が初めての男だもん、あの頃に比べれば汚れてしまったけど、何人かそういうことがあっただけよ、いい人いなくて続かないのと、6年の歳月を思う。もう30歳だ。

 

同じく30になっても結婚しない良雄は親にも友人にも心配されている。見合いの話もあるが進まない。その良雄を人妻の春江は好きと言ってはばからない。何度も家出して良雄のもとへ来る。良雄は春江とのことを考えてみるが、周りから絶対合わないと反対される。好きあっていることは事実だが、将来を考えた時、愛情のボルテージが下がった時二人はどうなるのか?でも、今の気持ちを評価せず、将来のことを心配して悲観的対応をとることは妥当なことなのか。恋愛というのはどんなに周りの人が傷つこうと自分たちの思いだけはとげようとするものだ、配慮のかたまりのような良雄に果たしてそんなエゴが通せるのか?

 

良雄は仕事で失敗し、大変な損害を会社に与える。これには裏があり、幹一の策略である。春江を誘惑する良雄に、金の力を使って報復したのだ。それが幹一の春江への愛である。見事なエゴの通し方。後年この時代がバブルと言われるが、まるでバブルの申し子のような男である。

 

実は転職する。

夏恵は妊活の道へ。

陽子は引き抜かれ弘前の病院へ。

それぞれ失意の時もあり、ふぞろいの間で不倫も発生する。

 

 

 

1997年パートⅣが作られる。

 

パート1から考えると14年にわたって作られたことになり、ふぞろいたちは30代半ばになっている。新しいレギュラー桐生克彦と美保という若者がストーリーを牽引する。

山形から上京してきた桐生克彦(長瀬智也)は、泊まるところがなくて建築中のビルに忍び込み眠っていた。そこに怪しい男たちが入って来て密談を始める。物音をたてて気づかれた克彦は、聞いたな?とおどされる。どこのまわし者だと勘ぐられ、殺されそうになるが、ボスの配慮で助けられる。

 

克彦はアパートの契約はすましているが、まだ荷物を運送会社に預けたままで、暮らせない状態にある。アパートで途方に暮れていると、美保(中谷美紀)という若い女が訪ねてくる。美保は「あのビルで何を聞いた?」と問い詰める。あいつらの仲間かと思うが、そうではないらしい。「何を聞いたか言うまでこの部屋にいる」ととんでもないことを言い出す。克彦は眠っていてよく覚えていないと言うが、信じない美保。大人は汚い!信じられない、と美保は口癖のように言い、とても正義感が強くて克彦は圧倒される。

 

良雄がやって来る。荷物を預けた運送会社は良雄の会社だったのだ。事態は奇妙な方向に進んでおり、荷物が軽トラのドライバーごと行方不明になっていた。この仕事は会社には内緒の仕事で、良雄が小さな業者に便宜をはかった結果であり、会社に知れるとまずいという。とにかく会社には言わないでもらいたいと言いおいて良雄はドライバーの行方を探す。しかし一向にらちがあかない。

 

良雄は会社を休んで捜索しているが、やがて良雄自身も行方不明となる。良雄の対応にもいかがわしいものを感じている克彦と美保は、良雄の実家に行き、良雄から連絡が来ていないか聞く。何もつかめないが、幸子が友人たちの連絡先を教えてくれる。

 

 

そうして克彦と美保は、ふぞろいのメンバーを一人ひとり訪ねていくことになる。

6年経ったそれぞれの近況が明かされる。

実はラーメン屋になり、綾子との間に子どもが二人。

健一は離婚をしてシングル生活。

陽子は看護婦長をやっていて独身。

修一、夏恵夫婦には子供ができている。

良雄の兄夫婦にも子どもが出来たが、兄の耕一はくも膜下出血で死んでしまっている。「体の弱かった幸子さんがピンピン元気で生きてるのに、どうして耕一が・・」と姑愛子は涙ぐみ、良雄が今も結婚していないことを歯がゆく思っている。

 

良雄の行方不明を心配して、次々とふぞろいメンバーが克彦と美保の前に集まる。良雄はいい加減な人間じゃないと異口同音に言う。その絆の強さに圧倒される二人だが、みんなの心配にもかかわらず、良雄も荷物も車もドライバーも見つからない。

 

やがて良雄が戻ってくる。

何があったんだ?という健一に、良雄はこんなことを言う。

「ドライバーが店を借りたときの保証人が川崎にいると言ってたから、東名高速を降りて行ってみた。でも保証人も行方不明で、夜逃げみたいにしていなくなってて・・それで戻ろうとして、東名高速に乗ったら、方向間違えて、横浜の方に行っちゃって・・どっかで間違えたかったのかも知れないけど・・すぐに間違いには気がついたんだけど・・いいや、もういいやって、そのまま走って・・。そうそう、やってらんねえよ、やってらんねえよって・・それでも、このまま走って何処行く気だ?インターで降りろ、ターンしてもどれ、そういう気も強くて、どうすんだ?どこ行くんだ?そんなこと考えながら走ってた。突然、ガーンと富士山が見えた。でっかい富士山が目の前にあった。なんか凄く感動して、すげえ綺麗で、遮光線で・・なんかもっと富士山に近づきたくなって、ふところに飛び込みたくなって、河口湖の方に飛ばしたんだ。飛ばしてるうちに、あの軽トラの運転手もこんな風だったのかもしれない。こんな風に走ってて、どんどん・・どんどん・・・・まだどっか走ってるのかも知れない」

そんなことを良雄は言う。

 

良雄と軽トラのドライバーの出会いは飲み屋である。酔って意気投合してドライバーのアパートに行き、音楽を聴いたという。と言っても、クラシックとか、ロックとかそういうものではなく、ピンクレディーである。「ペッパー警部」などを歌ったあのピンクレディー。

 

ドライバーはその世代ではないが、ドライバーの別れた子供が幼かった頃流行ったらしい。

「♪ペッパー警部、邪魔をしないで~え、ペッパー警部、私たちこれから、いいところ~♪」

良雄はその歌声とともに、どんどん、どんどん、走って行く軽トラの姿を思い浮かべていた。

健一は、自分に酔ってるのか?とシニックな対応をするが、俺だって車飛ばしてどっか行きてえよ!と笑う。

 

軽トラが見つかる。郡山の畑に突っ込んでひっくり返っているのが発見されたのだ。ドライバーはいないが、荷物は戻ってきた。後日、ドライバーは岩手県の弁天崎で自殺していたことがわかる。

克彦の心配はビルのことである。殺されることはなかったが、絶対喋るなよとボスに言われ口止め料ももらった。もちろん何も聞いていないし見てもいない。でも相手はそう思っている。

美保はじつはボスの娘で、ボスとは都議会議員の遠山隆夫(中山仁)。美保は告発する文書を手に入れ、父親の不正を追及しようとしているのだ。

 

この問題が、ふぞろいたちに提示される。都議会議員と、ヤクザと、建築業者の癒着。絵に描いたようなヤバさに一同ひく。そんな騒動にかかわったら、子供に何されるかわからない。人間は正義を表現するために生きているわけではない。不正はある。自分自身にもある。良雄は軽トラのドライバーから5000円のリベートをとっていた。25000円の手間賃から5分の1をピンハネしていたのだ。ケチで情けない話だ。自分の責任だ。どんどん走っていった気持ちがわかる。良雄は汚れた自分を棚にあげて正義をふりかざすことはできない。

陽子が言う。

「若い人に相談されて、やばいから放っとけって、それだけ?」

克彦も美保も、丁度ふぞろいたちが出会った頃の年齢だ。あれから14年の歳月が流れた。これが今の私たち?

 

愛子に癌が発見される。胃潰瘍と偽り入院準備を進めるが難しく、告知するかどうか家族は悩む。ピリピリしているところへアメリカから春江が帰って来る。具合の悪い愛子に、大丈夫、大丈夫と気休めしか言わない家族を見て、ごまかしは良くない、可哀想だと思った春江は本当の病気を言ってしまう。気丈に愛子は受けとめるが、やがて自殺未遂をする。

 

健一は仕事でうまく行っていない。ライバル会社の凄腕に負けっぱなしで、しかも女性の営業に負けっぱなしで、焦っている。別れた女房との間にできた小学生の娘ともめったに会えない。

 

実と綾子夫婦は、子育てをめぐる苦労と店の不景気で愛情一杯とはいかない生活が続いている。

 

修一と夏恵夫婦にも息苦しい空気が流れており、夏恵は「人の気持ちがわからないのよあなたは」と修一に苛立ち、修一はその言葉に結構傷ついている。

 

陽子は悲しい恋をしている。末期癌患者の男性に告白され、限られた時間の中で、せつない愛を味わっている。

 

そして良雄はこういう慌ただしさの中で、結婚してもいいと思える女性に巡り合い、交際が進んでいる。しかもその女性は、健一をコテンパンにしている営業の女性相崎江里(洞口依子)で健一には喜べないものがある。

それぞれ「自分のこと」が進行している。

 

でも「自分のこと」だけでいいのだろうか。

そう言い出したのは、自分のことだけで生きてきた修一である。克彦と美保にこう言う。

「僕は個人的人間でね、政治にも社会にも関心がない。みんな勝手に生きたらと思っている。俺も勝手に生きるからってね。ところが、君たちが、不正が行われていることを知って、しかし、それを忘れようとしていると思うと、本当にそれでいいのかなんて気持ちになる。勝手なもんだ。自分は自分のことしか考えないで生きてきたのに、若い君たちが自分のことだけで生きようとすると思うと、それでいいのかな、なんて思ってしまう。ただ僕は都議会議員が工事中のビルに夜中にいたのを見ていないし、口止め料を貰うなんてこともなかった。もしそういうことがあったら、忘れることができるだろうかと考えると、答えは五分五分だ。多分面倒に巻き込まれたくないから、忘れようとするだろうが、忘れることはできないだろう。ずっと、不正を知ったのに、口止め料をもらって知らん顔したということが、小さな傷のようにうずくだろう。そして、どうすればいいか相談した年上の連中がやばいから何もするな放っておけと言ったこと、小さく恨むかもしれない。軽蔑するかもしれない」

 

この修一の気持ちはふぞろいたちを動かす。全員で遠山議員に会いにいくことになる。社会正義のためとかそういう立派なことではなく、一つだけ質問があるという、控えめな立場で行くことになる。遠山議員を告発する文書は更に送られて来ており、もし本当なら遠山議員の政治生命は断たれるだろう。その文書を遠山議員に見せ、これは事実なのかどうか聞こうというのだ。15分だけの面会予約をとる。

 

会いに行くのはふぞろい8人だけではない、車いすに乗った末期癌の愛子、幸子、実の母和子、江里もである。

にこやかに対応する遠山に文書を見せる。本当かどうか、何処まで本当かどうか、それだけ聞きたいと言う。

遠山は失笑し、こんなものは私を失脚させようとする連中の根も葉もない中傷ですよと言う。こんなことはあり得ないと。

そこへ美保と克彦が入って来る。驚く遠山。美保は「私たちも一緒なの、ごまかさないでちゃんと答えて」と言う。

 

少し前、克彦は、口止め料を返しに遠山に会いに行っている。その時、遠山は克彦にこう言った。

「世の中は汚いんだ。汚い世の中の真っただ中に入って、少しでも世の中を良き方向に動かそうとしている人間が何も汚れないというようなことがあるかね。私は確かに汚れている。しかしそれでもこうやってでかい口をきいているのは、一方でその十倍も人のために生きているからだ。私の悪を叩くのはあるいは簡単かもしれない、しかし、同時に、私がしてきた良きこと、これからするであろう良きことも潰すことになる、子供じみた単純な正義感で私を潰さないでくれ、汚れなきゃ力がつかない」

結局、克彦は口止め料を返すことができずに帰って来ていた。

 

ふぞろいたちは抗議をするとか告発するとかそういうつもりできたわけではないと言う。大小の違いはあれ、自分たちにも不正の経験はある。もちろん公職の人とは違うラインがひかれるだろうが。

克彦はポケットからお金の入った封筒を出す。あの日もらった口止め料だ。それを遠山に返す。一体何があったからの口止め料だったのか。聞いても遠山の口からは語られない。そうして15分の面会は終わる。

 

 

 

実のラーメン屋に集まり、団らんの時を持つ一同。

こんなこと生まれて初めての経験と、はしゃいでいる愛子や和子。勇ましい抗議集会ではなかったけど、今の自分たちでは精一杯だったと思える。克彦は、もともとは自分の問題だったのに、ここまでしてくれてありがとうと礼を述べる。

 

翌日遠山議員辞職の報が流れる。健康上の理由としか言わない政界引退で、マスコミは騒然とする。ずっとかくしておける自信がなくて先手をうったんだ、ずるいんだと美保は言う。良雄は、それでもいいじゃないか、いきなり何もかもすっきりとはいかないよと言う。これは美保さんに対してのお父さんの答えだと思うよ。だから今日美保さんは、お父さんに会いに行くべきだ、とも言う。

 

こうして再びふぞろいたちに「自分のこと」が戻って来る。

春江は陽子に誘われ看護婦に戻る。

実は家族サービスに精を出し、修一と夏恵は、愛子に「あんたたち似合いのカップルよ」なんて言われて、ちょっと気を良くしている。

健一は時々娘に会って嬉しい時を過ごしている。

良雄は順調に結婚への道を歩み、愛子が「私が生きてるうちに結婚しようって、焦ってるんじゃないかねえ」などと心配している。

克彦と美保がこの体験からどういう生き方をして行くのか、それはわからない。

14年にわたって作られた「ふぞろいの林檎たち」は、こうして終わる。

 

 

 

仲手川良雄(中井貴一)

西寺実(柳沢慎吾)

岩田健一(時任三郎)

谷本綾子(中島唱子)

水野陽子(手塚理美)

宮本春江(石原真理子)

伊吹夏恵(高橋ひとみ)

本田修一(国広富之)

 

仲手川耕一 仲手川良雄の兄(小林薫)

仲手川幸子 耕一の妻(根岸季衣)

仲手川愛子 良雄、耕一の母(佐々木すみ江)

 

 

西寺泰治 西寺実の父(石井均)

西寺知子 西寺実の母(吉行和子)

 

 

 

パートⅢ

門脇幹一(柄本明)

 

 

パートⅣ

桐生克彦(長瀬智也)

美保(中谷美紀)

遠山隆夫(中山仁)




2020.9.9

 

PR