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作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。
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十二月十八日(火)。
朝一番で富士見さんに聞こうと思っていたら、利用者さんとトラブルがあったらしく富士見さんは懸命に電話で対応していた。そのため何も聞けない。
とりあえず仕事である。
何処かでタイミングをみて聞くしかない。
朝のミーティング後、送迎が始まり利用者さん宅に向かう途中、ある送迎車が無線連絡をしている声が聞こえた。
利用者さんの御宅で車椅子のリフトを操作中、途中で止まってしまったと言っている。
富士見さんはとりあえず車椅子の方は車内の別の座席に移ってもらってと指示を出し、故障の詳細を聞いていた。
リフトが途中で止まっているということは外に飛び出しているということである。つまり後部ドアすら閉められない状態なので、そのままでの送迎は無理だなと私は思った。
すぐに無線が私を呼び出した。
その後にお迎えに行く予定だった方々のところに行ってくれという連絡だった。送迎車は他に二台あり、その二台に割り振るという作業が急遽行われた。幸いその日の利用者さんは多くなかったので各送迎車とも座席の余裕があり、それは本当に幸運なことだった。
そのような対応でなんとか朝の送迎は完了したが、帰りの送迎までにリフトを直さなくてはならない。同時に直らなかった時の対応も至急決めねばならない。
富士見さんは追われた。
しかしフロアの中はそのような裏事情など微塵も感じさせず、のんびりとクリスマス準備である。利用者さんと職員は飾りなどを作っている。
私は新人の中で一番マツケンのフリを覚えている、「亭主が失業してごろごろしている。バッキャローですよ、わっはっは」の女性に話しかけた。
「嫌な話があるんだけど」
女性は飾りを作る手を休ませ「え?」と返事をした。
「かくし芸は十五分しかないんだって、『冬ソナ』もカットだって」と私は言った。
すると新人は「そうなんですよ、富士見さんが『冬ソナ』なんてお年寄りは知らないって言うんです」と言う。
「あ、」と思った。
そうか、この新人はミーティングに出ていたのだと遅ればせながら気付いた。
彼女の話によると、あまりいろいろ盛りだくさんにやっても利用者さんが疲れちゃうからと富士見さんに言われたと言う。
だから十五分位にまとめて下さいと言われ、更に「大体『冬ソナ』なんて話は何処から出たの?」とまで富士見さんは言ったという。
そのミーティングには、「冬ソナ」を発案した女性もいたのだが、富士見さんの「論外」といった言い方に遠慮してしまい何も言わなかったそうである。
そうなると話は別である。
見解の違いはあれ、富士見さんはその企画を自己満足ではないのかと言っているのである。
確かに「冬ソナ」は大ヒットし多くの中高年女性が楽しんだが、痴呆を含んだセンターの利用者さんがどの程度認知しているのかという問題は確かにあるのである。
洗面台で「冬ソナ」を発案した女性がおしぼりを洗っていたので、私はその人にも話しかけた。
「『冬ソナ』駄目になっちゃったって?」
「ええ、富士見さんが駄目だって」と女性が不満気に言う。
「でもかつらはもう作っちゃったんでしょう」と聞くと「ええ」とやはり不満気に言う。可哀相に思う。
そんな時、富士見さんも全ての手配がついたらしくキャアキャア騒ぎながら飾りを作り始めた。富士見さんの甲高い声はフロアに活気をもたらす。三十路に今年入った独身女性の境遇を笑いに包んで冗談を言っている。
「寿退社した~い!」
私は話しかけるチャンスをうかがった。
すると富士見さんの方から私に話しかけてきた。
「来月の希望休出てないけど、いらないの?」と言う。
今月は十二月なので少し早めに希望休申し込みの締め切りがきていた。希望休とは有給休暇をどこで使いたいかという要望を出すことである。その要望をもとに管理者がシフト表を組む。
「あんまり来年に有休持ち越しちゃっても使うの大変よ。大分残っちゃってるよ」と富士見さんは言う。
富士見さんは私のことをベテランの戦力として信頼しているそうで、余り休んで欲しくない気持ちがあるということもあり、有休が溜まりすぎたあげく何処かで「まとめ消費」をされては困ると思っているのだ。
私は「そうか、来月のことは余り考えてなかったんだけど、じゃあ何処かシフト表の都合のいいところに一日いれといて」と答えた。先月もそんな入れ方をしてもらっていた。というのは、希望を出したにせよ休めない時には休めない。男性介護者の戦力が増強されるまでは仕方がないと思っているのである。
私はこういう冗談を言った。
「どうせ有休とっても恋人もいないし、一人で燻ぶってるだけだから」
富士見さんは「当てつけかい」と殴るポーズをして笑った。
これがタイミングだと思い、私は言った。
「ねえ?かくし芸は十五分なんだって?」
富士見さんは「うん。でもそれ位の時間でしょ?」とケロッとして言う。
そうか富士見さんはかくし芸の具体的イメージとボリュームが理解できていないのだと思った。
私が「マツケンは五分くらいだけど前後のことを考えると十分くらいだと思う。でも紙芝居はもっとかかるはずだなあ」と言うと「あ、それは大体でいいのよ。あくまでも目安、目安」と富士見さんは言う。
大分話が違う。
馬飼野さんの話ではかなり管理的イメージが強かった。
でも目の前の富士見さんはそのようなものは微塵も感じさせず、十五分に拘ることなく、利用者さんの疲労が出ない範囲で、考慮してくれればいいというスタンスである。
マツケンも月曜日一日だけしかやってはいけないという意味かと伊豆さんなどは怒っていたが、そうではなく「毎日やって」とケロッとして言う。
どうなっているのだろう。
つまり過去の経緯から古株非常勤職員は「対立構造」として全ての言葉を聞く傾向があり、富士見さんは管理者としての発言もあるが、結構無邪気に感想を述べているだけというところがある。
その辺のズレを私は感じた。
富士見さんという責任者としては、非常勤職員が自主的に行うかくし芸にどれだけの時間がかかるのか把握出来なかった故に、十五分という枠を設定したということになるのだが、それは我々がかくし芸の全所要時間を明確に伝えていなかったせいでもあるのである。
もちろんそれはこちらも分かっておらず、やっと具体化するにつれ分かった段階なので致し方ないことなのであった。
ここで感じられることは、やはり意志の疎通のなさである。もっと両者の関係がうまくいっていればこんなすれ違いは起きないのである。ちょっと話せば済むことなのである。
また、おそらくこのように気軽な立ち話で打ち合わせをすることと、ミーティングという場で議題として堅く話すこととの微妙な違いが発生しているのではないかと思う。
私はその日一時までの勤務だったので、帰宅すると伊豆さんに電話をした。事の詳細を伝えてくれと言われていたのである。私は富士見さんの言ったことを伝え、我々もかくし芸のボリュ-ムについて明確に伝えていなかった反省すべき部分はあると言った。
すると伊豆さんは「でも黒岩さんの話では時間はいくらでもあるって言ってたじゃないですか。別に自分たちだけで勝手に盛り上がっていた訳ではありません。その辺のところは富士見さんに言っていただけましたか?」と聞いた。
私は「その辺は明確には言っていません」と言った。
すると「それはやはり富士見さんに知っておいて貰わねばいけない事だと思います」と伊豆さんは言い「要するに黒岩のアホタレがってことですけど、『冬ソナ』だってもうかつらを作ってるんですよ、今頃そんな事言われても納得行きません」と憤った。
そして「冬ソナ」をやらせてくれと交渉するために、明日の日曜日富士見さんに電話すると言った。
もう時間はない。
明後日にはいよいよ本番で、そしてその日富士見さんは休みなのである。
今日明日中には話をつけねばならない。伊豆さんは「冬ソナ」を発案した女性に、必ず月曜日にヨン様のかつらとマフラーを持って来るように電話してもらえますかと私に言った。伊豆さんは今夜忘年会らしく電話をする時間がないという。
私は了解した旨伝えて電話を切った。
時計を見るとセンターでは丁度帰りの送迎が終了し掃除に入っている頃であった。発案した女性はまだ働いている。あのしょんぼりとしておしぼりを洗っていた姿が脳裏に浮かび、一刻も早く復活の可能性があることを伝えたくなった。
ばたばたしていて富士見さんに渡し損なった書類もあり、ちょっと車を飛ばしてもう一度センターに行ってみようと思った。着く頃は丁度ミーティングをやっているだろう。ふたつ用事があれば、わざわざ行ってもヘンじゃないかな、などと妙な勘定をしてスタートした。
着いてみると富士見さんはまたトラブルに見舞われていた。センターの窓が何者かに割られていたのである。大きなガラス窓の上部分の、レバー操作で開閉出来る小さな窓だが、特殊なガラスが蜘蛛の巣のようにひびだらけになっている。
警備員と富士見さんが話しこんでいる脇を通り書類を富士見さんの机に置き、フロアで発案した女性に「冬ソナ」のことを伝えた。半信半疑な様子だったが「はい必ずかつらは持って来ます」と女性は言った。
少し他の人々とも雑談したかったが、もうミーティングの時間が来ていたので早々に立ち去ろうと玄関に向かうと、富士見さんが追いかけて来た。
「ねえ、あの書類だけでわざわざ来たの?」と富士見さんは聞いた。
「ううん。他にもちょっとあってね」と私は答えた。
「そう」と富士見さんは忙しいにも関わらず何か話したそうな顔をした。
そこで私は伊豆さんのことをちょっと言いたくなった。伊豆さんがどういう言い方を富士見さんにするか分からない。
まかり間違えばまた管理体制の問題が露出し、嫌なことになるかもしれない。なるべく対立ばかりにさせたくない気持ちが私にはあった。
少しおちゃらけて私は言った。
「明日だと思うけど伊豆さんから電話があるヨ。よろしく」
すると富士見さんは「え?『冬ソナ』やりたいって?」とびっくりしたような顔をした。分かっているのだ富士見さんは。
私は「う~~ん、それもあるけど・・いろいろね、夢のように素敵な話さ」ととぼけた。
富士見さんは「めんどくせ~~~!」とおちゃらけた。時々彼女はこういうことを言う。
センターからの帰り道、一体この顛末はどうなるのかと思った。
36 いよいよ明日本番 に続く。
十二月十九日(日)。
日曜日。
白塗りをどうするか悩んでいた。
暗黒舞踏をやっている友人に白塗りの化粧品を貰ったが、メイクするのに三十分はかかり、落とすのもやはりそれ位かかりそうだった。でもかくし芸の前後にそれだけの時間フロアを離れる訳には行かない。
しかも白く塗って顔も書いてみたが、思ったほど滑稽味がなく失望した。
私は白塗りをやめて、黒のビニールテープを切って眉と目張りをするという方法を考えた。これなら簡単に貼れるし後始末も楽だ。
滑稽味も抜群にある。
テープなのではがれる可能性もあるが、それもまた滑稽な味わいとなるであろうと思った。
伊豆さんから電話があり長い会話をした。
交渉には成功したそうである。
当日富士見さんは休んでいるので、細かいことは黒岩氏と打ち合わせして欲しいとのこと。それでも時間を短くしなくてはならないという命題は残っており、「冬ソナ」はマツケンの直後に入れることにした。
踊ったあとマツケン役の私が司会をやり、「実は今日はマツケンだけではなく、もうお一人ゲストを呼んでおります」と煽り、「冬ソナ」のメロディーを流す。
そしておもむろにヨン様を登場させるのである。
そして利用者さんとのデート。
マツケン役の私もデート相手を求めておりますとおちゃらけて笑わせようという趣向である。
伊豆さんは笑った。
いよいよ明日本番である。
(37) 本番 に続く。
十二月二十日(月)。
月曜日が来た。
出勤した私は朝一番で音響のチェックとかつらの準備に入った。
黒岩氏が「気合入ってますねえ、もうスタンバってますか」と笑った。
皆続々と出勤して来た頃にはミーティングの時間になって残念に思った。できることなら朝もう一回だけでも踊って打ち合わせをしたかったのだ。
このままぶっつけ本番で行くしかないと覚悟して、朝の送迎に向かった。
バイタルチェック、髭剃り、爪切り、入浴、ドライヤー、昼食と着々と進み、クリスマスケーキを利用者さんと作り終わったら、いよいよ本番である。
伊豆さんが「もうマツケンさんはスタンバって下さい」と言う。
確かに着物を着たり、メイクをしたり手早く出来る自信がなかったので私は一番に楽屋(お風呂の脱衣所)に入った。着物はある奥さんの息子さんのを貸して貰っていた。
服を着たまま着物を着て、眉毛と目張りをやった頃みんな入って来た。
「帯締めてくれる?」
「きゃー、何?そんなメイクするの?」
「こんなみっともない、かつら被れないよう」
「え、ヒャッキンで買ったの?」
一気に騒々しくなった。
私のメイクを見てみんな笑い転げる。成功しているようだ。
するとみんな負けないようにヘンなメイクをやり始めた。おいおいマツケンより目立たんでくれよと思うが、もう止まらない。おてもやん風にしたり眉毛太くしたりして、それぞれ笑い転げる。
「女捨てたね」などと言って笑う。
まさしく学芸会前の興奮。
日頃のうっぷんをぶつけるかのように顔を作り、コスチュームを派手にする彼女らは、もうマツケンがどんなに派手にしても追いつかないというエスカレートぶり、一体どうなってしまうのだろうと思う。
いよいよフロアで黒岩氏が利用者さんに今日のイベントについて話し始めた。
女性たちは自分たちのコスチュームの話題に夢中で、黒岩氏の話など聞いていない。こんなに騒々しいと、出のタイミングを間違えないかと心配になる。
そして遂に「マツケンサンバ」の曲がかかった。
CDからとった音源ではない。
CDの「マツケンサンバ」は前奏が短く、すぐにマツケンが歌い始めていて、前奏部分で彼女らが踊る時間がなくなっている為に使えなかったのである。
この音源を揃えるのも苦労した、結局テレビで放送した時のものを録音し音源にしたのであるが、それは失業中で「バッキャロー」と奥さんに心の中で罵倒されている旦那さんがやってくれたものだ。
だからテレビ司会者の「では松平健さんで『マツケンサンバⅡ』です!!」という声まで入っている。
まさにその声でみんな一斉に飛び出して行った。
ある程度踊ったところで私の登場である。
当然ではあるがマツケンは眼鏡をかけていない。
そのため眼鏡を外してスタンバっている私の視界はひたすらぼやけている。そのぼやけた視界の中で、出のタイミング待つ。
何回も何回も聞いた前奏部分が聞こえて来る。果たしてちゃんと踊れるのか。今朝、踊った時も二三ヶ所分からなくなっていた。
そして出番が来た。
私はぼやけた世界へ飛び出して行った。
ドッと熱気が伝わってきた。みんな笑っているらしいがぼやけた視界ではよく分からない。
歌の部分は口パクで適当に手振りをやっていればいいのである程度楽だが、間奏のダンスシーンがうまく踊れるか懸念された。
利用者さんの背後、遠くの方には多くのギャラリーがいることが分かった。所長の体型が見える。ケアマネさんやヘルパーさんの体型も見える。事務室は空になっていることが分かる。
今日勤務ではない非常勤女性の体型も数人見える。マツケンだけは見に行くよと言っていた人たちだ。自分が出るのは「やだ」と言っていた人の体型も見える。
そして「柘榴」の利用者さんも数名来ている。「柘榴」とはこのセンター近くのミニ・デイサービスで、一般のアパートを借りて四五人の利用者さんにサービスを提供している。
週三日の予定でスタートしたのだが、軌道にのってしまい週五日稼動するような状態になっていた。そのため「柘榴」の責任者である久保田さんは踊りたがっていたのに出演することは出来なかったのである。
でも私が渡したビデオを毎日「柘榴」で流し、利用者さんと楽しんだという。久保田さん自身もかなり練習だけはしたそうである。でも今日は利用者さんと観る立場である。
いよいよ間奏のダンスシ-ンが来た。
バックダンサーが一斉に楽屋に下がり、舞台には私と伊豆さんと男性一名が残った。
私は踊り始めた。
照れてはいけない。
余りにも生真面目にヘンな腰つきをするところにこのダンスの魅力があるのだから。
二箇所失念したところがあったが、ポイントポイントのフリは全て合わせられた。
間違えたところは背後の伊豆さんたちが、適当に「間違えた私」に合わせてくれることになっていたので大丈夫だったろうと思う。何しろ背後のことはまったく分からない。
再び歌のシーンが来た。
身振り手振りも忠実に再現しようとしたが、やはり思い出せないところがあり適当になる。
「ああ、恋せよアミーゴ、踊ろセニョリータ」の部分は観客に色っぽい視線をなげかける部分である。ぼやけた視界では何処に自分の視線が行っているのか分からない。でもとにかくやたらとオカマっぽくやれば必ず笑えるシーンである。懸命にしなを作る。
そして最後の「サンバ!ビバサンバ!」部分が来て、もう一度「オーレイ!!」で決める。この部分はすべて私のタイミングにバックダンサーが合わせることになっていた。
私は練習した通りのタイミングで「オーレイ!!」とポーズをとった。
一斉に凄い拍手が来た。
みんな喜んでいることが分かる。バックの女性たちが一気に引き下がり私一人になる。
ホッとしてはいられない。「冬ソナ」の時間である。
ぼやけた視界のなかでトークを開始する。
「今日は私のほかにもう一人素敵なゲストをお呼びしております」と語り、タイミングをみてテープを入れかえる。
再生ボタンを押すとあの「冬のソナタ」の綺麗なピアノが流れ始める。
あるお婆さんが「冬のソナタだ!」と叫ぶ。この方はテレビ通で時代劇から何から、なんでもござれの人である。
私は「そうです!さすがですね!」と言い、楽屋を指差し「ぺ・ヨンジュンさんが来ておられます!」と叫んだ。
ところが、ヨン様がなかなか出て来ない。
慌てて扉を開けて覗きこむと、ヨン様役の男性は先ほどバックダンサーをやっていたので着替えに手間取っている。
しかも男性は鼻を真っ赤に塗っている。
女性たちが面白がって、マツケンのメイクの時に塗ってしまったのだ。
ああ、赤鼻のヨン様かよ、だからむやみにメイクしちゃ駄目なんだよと思ったが、もう仕方がない、赤鼻のヨン様を登場させた。
大爆笑であった。
利用者さんの間を歩きまわり、足腰のおぼつかない方々とのデートはやはり無理だが、それぞれの座席で記念写真を撮った。もちろん「マツケンもいれて~~!」と入った。
このあと紙芝居をやり、時間的には丁度よい時間で終了した。
夢中であったが、なんとか無事に終えてみんなは安堵した。
伊豆さんは「打ち上げいつかやろう!」と言った。
そう、やりたいものだ。
でもマツケンはあと三日やる予定なのだ。そして明日が二日目である。まだステージは続く。
(38) 二日目 に続く。
十二月二十一日(火)。
かくし芸というのは、あくまでもその曜日曜日の非常勤職員が自主的に行うものである。
月曜日は伊豆さんのリードでこのようなショーが実現したが、翌日の火曜日がどうなるかというのは不確定であった。とにかく非常勤職員同士が話し合う時間がない。
この日は富士見さんも出勤していたが、やはり朝から忙しそうで険しい表情で業務をこなしていた。私はひょっとして富士見さんは怒っているのではないかと思った。
伊豆さんがどういう言い方をしたかは知らないが、結果として富士見さんの意向をねじ伏せたのである。表面上はどうあれ面白くないことなのではなかったろうか、そういう気持ちが私にあった。
伊豆さんは、今日は出勤していない。
ショーをやる午後一時過ぎに、ショーのためだけに出て来る予定である。
だからショーをやる段取りの、最終的な詰めの作業は私がしなくてはならない。もちろん火曜日もマツケンをやる根回しはしていたが、火曜日のメンバーである古株非常勤職員宮口さんなどからは不参加の意向を聞いていた。
そのことが私を臆病にさせた。
「月曜組」はノリノリではしゃいでいるが、それはこの職場で浮いた存在になっているのではないかという懸念があった。
悪ノリとまではいかないけど、独断専行気味にコトを進めているという印象を、宮口さんをはじめとする古株職員や管理者にもたれているのではないかという気持ちがあった。
昨日はマツケンから「冬ソナ」という流れでうまく行ったが、今日も「冬ソナ」をやれるかどうかは未定だった。富士見さんは嫌がるのではないかと思った。
そのことをはっきりさせなければならなかったのだが、確認のタイミングをみつけることが出来ないまま時間だけが経って行った。
そしてもうひとつ問題があった。
「冬ソナ」のヨン様役がいなかった。男性職員が私を含めて三人しかいないのである。
五十嵐氏はまったく蚊帳の外だし、黒岩氏は体が大きすぎて用意したコートが着られなかった。それに音響係という役目があった。
新人女性に男装してもらおうかと思ったが、マツケンで踊っているので昨日と同じく「早がわり」が難しそうだった。
不参加の宮口さんということも考えたが、宮口さんは妖艶な如何にも女性らしい容姿の持ち主で、男装をしてもヨン様のイメージから遠そうだった。
「冬ソナ」は諦めるしかないなと思いながら時間だけが過ぎて行った。
そんな時、あるお爺さんに目がとまった。
痴呆の症状に独特の愛嬌のある方で、トイレに行っても、御飯を食べていても、すぐに遊び始める人であった。
例えば職員が「早く御飯食べましょうよ」とじれて言うと「ほほう、そうですか、御飯ねえ、はっはっは、食べましょう」などと言ってお箸でお茶碗を叩いたりしてちっとも食べずに遊ぶ。
そういうある種の集中力が著しくかけた人なのだが、結果としてのユーモアが職員を笑わせ続けていた。その人に目がとまった。
この人にヨン様をやらせたらどうだろうか。幸い足腰はしっかりしている。
黒岩氏にその話をした。笑った。ナースの榊原さんも「あっはっは、それいい」と喜んだ。
いけると思った。
よし、このネタで富士見さんに話しかけようと思ったら、富士見さんは女性の入浴介助でお風呂の中だった。
女性の入浴時間が長引いていた。
女性の後が男性の入浴なので、このまま行くとかくし芸そのものの時間がなくなってしまう。そう、我々の仕事は介護なのであってかくし芸ではない。
それでもなんとか遅れ気味に男性の入浴はスタートし、私たち男性職員三人は懸命に十二時の昼食が遅れないように介助をした。ひやひやものだったが十二時十五分には昼食がスタート、すべり込みセーフというタイミングとなった。
昼食が終了し開始時間まで三十分となった頃伊豆さんが来た。
伊豆さんは私のように臆したところがないので、富士見さんに「今日も昨日ぐらいの時間に始められそうですか?」と聞いた。
富士見さんは「私昨日見てないんで分からないんですけど多分いいんじゃないんですか」と不機嫌そうに言った。
いや不機嫌というのは私の心の勝手な反映である。
伊豆さんは「昨日ヨン様うけましたよ。大評判」と楽しそうに言った。
私は、ああ、そういうことは言わないほうがいいのにと思ったが、こういう屈託のなさが伊豆さんのいいところでもある。
その会話のシッポにくっついて「対立」を和らげるように、私は今日のヨン様のキャスティングについて話した。
富士見さんは笑わなかった。
ただ「昨日時間的に収まりました?」と聞いた。
私は「大丈夫ピッタリ二時に終りましたから。それに今日は紙芝居がないから少し遅めにスタートしてもいいでしょう」と言った。
富士見さんは「おまかせします」と言った。
素っ気無い感じがした。
伊豆さんは宮口さんにも話しかけ、ヨン様の着付けをお願いし、私が朝から臆して出来なかった段取りをあっと言う間にすませた。
宮口さんは「踊りには参加出来ないけど、利用者さんの傍らからサポートします」というスタンスだったので快く承知してくれた。
でも私は冷ややかな印象を受けた。
もちろん自分の心の反映に過ぎない。富士見さんの素っ気無さもである。
やがてマツケンが始まった。
昨日よりバックダンサーは少なく、ひとり一人の力量が試された。
みんな懸命に踊り、私もさしたるミスはなくマツケンは終了した。
そして「冬ソナ」の時間が来た。
昨日と同じトークを始める。昨日に続いて初めての経験だが眼鏡を外した状態で喋るというのは本当に心もとない。ちゃんと自分の言葉が伝わっているのかどうか確信がもてない。人間は視覚としても言葉を発しているのだと分かる。
絶妙のタイミングで黒岩氏が「冬ソナ」の旋律を流し始めた。この綺麗な旋律に心惹かれない人はいないだろう。
私は旋律にのって「もう一人のゲストです!」と叫んだ。宮口さんが黒岩氏に負けない絶妙の間合いでヨン様を登場させた。
みんなワッと笑った。
お爺さんはヨン様になりきっていた。
スマートだった。
身振り手振りもオーバーでこれまた絶妙のタレント性を発揮し、大爆笑の世界が展開した。
富士見さんにもバカ受けであった。
利用者さんたちは笑い転げ、その笑いの渦の中をお爺さんはひょうひょうとねり歩く。
お爺さんがこんな世界を見せてくれるとは。
この日はオンブズマンも二名来所されていたのだが、後で「感動しました」と言われるほどの出来であった。
こうして大好評のうちに二日目は終ったのである。
(39) 三日目と四日目 に続く。
十二月二十四日(金)。
翌日の水曜日、私の勤務はなかった。
それでもショーをやるなら、伊豆さんのようにショーのためにだけでも出かけて良かったのだが、その日はボランティアさん来所日で、「歌謡ショー」が行われることになっていた。
夜伊豆さんから電話がかかって来た。
明日のことについてである。
今日伊豆さんは出勤していたのだが、馬飼野さんと明日のだしものについて話をしたそうである。
伊豆さんは明日「勤務ではないけど、昨日のようにショーのためだけにでも出て来る」と馬飼野さんに言ったのだが、馬飼野さんに「そこまでしなくてもいいですよ」と返事をされてしまったという。
伊豆さんは少し不安になった。
確かに明日木曜日のメンバーは馬飼野さんを中心に手品をやることで話がまとまっていた。強制ではないが一人一ネタということで、企画が進んでいた。
伊豆さんは「そこまでしなくてもいいですよ」という馬飼野さんの言葉が、伊豆さんに対する思いやりなのか、マツケンに対して消極的という意味なのか判然としなかったという。
そこで伊豆さんは「明日馬飼野さんと相談して欲しい」と言うのだった。
もしショーをやるのなら行くという。
確かにかくし芸はそれぞれの曜日の職員が自主的に行うものである。去年は手品をやったから今年もそれで行こうというのが馬飼野さんの考えであろうと思う。だからいくらマツケンでのっているからといって、他の曜日にまででしゃばる事は出来ない。
私は明日の朝一番に馬飼野さんの気持ちを確認するという「大役」を引き受けることとなった。
その電話で私は伊豆さんに「月曜組」が過剰に浮いてしまっているようなことがないかという懸念を話した。
すると伊豆さんは絶対そんなことはないと言った。伊豆さんは伊豆さんなりに根回しをやったそうで、古株非常勤さんはそんな気持ちで見てはいないと太鼓判を押した。私は自分の懸念を、臆した自己の心の反映なのだろうと思わざるを得なかった。
翌朝私は馬飼野さんに確認した。
馬飼野さんは「せっかく覚えたんですからねえ、やらにゃあならんでしょう」と笑った。
でもそのあと「しかし十五分しかないんでしょう?」と言った。
私は「いえ、それはあくまでも目安ということらしいです。とにかく二時からビンゴを始められればいいということらしいです」と話した。
馬飼野さんは少し懸念を示すような表情をしたが、納得してくれた。
私はセンターからすぐ伊豆さんに電話をした。
伊豆さんは嬉しそうに「ありがとうございます。では一時過ぎに」と言った。
こうして三日目もマツケンや「冬ソナ」や手品という盛りだくさんのショーをやることが出来た。
そして四日目がやって来る。
四日目は「冬ソナ」を発案した女性が階段を踏み外し骨折するというトラブルに見舞われていた。一ヶ月の休職という。
当然踊れない。しかし伊豆さんや幾人かの「月曜組」も出勤していて、メンバーの不足は補えそうだった。
複数日利用されている利用者さんも多数いらっしゃるので、四日目となるともうショーを観ておられる方ばかりになって来ていた。だから「今日は何をやってくれるの?」と嬉しそうに聞く人や「あなたがあんなことするとは思わなかったわあ」などと言う人がいた。
意外だったのは「良かった」という人が多かったことである。
私は「面白かった」という感想は予想していたが「良かった」とか「素敵だった」という感想は予想していなかった。
滑稽なものとして提示したつもりだったのに、ある種のストレートな感動が利用者さんの心に広がっていったのだと思わざるを得なかった。
そのせいだろうか、四日目に歌いながら最前列の利用者さんと握手していたら、熱烈なキスを私の手にするお婆さんもいて大爆笑。
お婆さんの凄いパワーに私はたじろいだ。
そしてこの日の「冬ソナ」は馬飼野さんがヨン様をやってくれて、これまた大喝采。
マツケンも受けたが、実は連日ヨン様の方が大受けでこの日も例外ではなかった。
一緒に写真を撮ってという要望が相次ぎ、マツケンとヨン様は利用者さんの間を飛び回った。
一日が終り、帰りの送迎では私が運転で伊豆さんが添乗という組み合わせになった。
車の中はショーというひとときを共有したぬくもりで溢れていた。
伊豆さんが「マツケン如何でした?」と利用者さん一人ひとりに訪ねると、笑いとともに感銘とも形容すべき声が返って来た。中には最後まで誰がマツケンをやっていたのか分からなかった利用者さんもいて、これまた皆で大笑い。
もう年の瀬で、今年の利用も今日で最後という人達もいた。
「良いお年を、また来年お会いしましょう」と挨拶をする中、全ての利用者さんを送り届けた。
私と伊豆さんは二人っきりになった車中で「お疲れさまでした」とお互いに挨拶をした。
そう本当にお疲れ様である。今週は二倍働いた様な気がする。だから今日は一部踊りを失念したりして「頑張れマツケーン」などとバックダンサーに励まされた。
何はともあれ、伊豆さんと私はショーが成功した喜びの中にいた。
そしてこの成功はショーだけの問題に留まらず、センターの職場構造を打破する動きでもあるのだ。
伊豆さんはこの職場を素敵なデイサービスにする一歩は確実に動き出したと言った。そう、そうなって欲しいと願わずにはいられないと私も思う。
私は「いつか打ち上げやりましょうね」と言った。
伊豆さんは「是非!」と応えた。
でもただでも忘年会、新年会と飲み会続きの日常である、奥さんたちが集るのは難しいだろうと思った。骨折した奥さんもいる。
そうだヨン様大成功だったとあの奥さんに電話しなくては。
あわやボツになりかけた企画が大受けだったと伝えなくては。きっと喜んでくれるだろう。
淋しそうにおしぼりを洗っていた後ろ姿を思い出しながら運転した。
(40) 仕事納め に続く。