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作家山田太一さんの作品群は、私たちに開かれた扉ではないでしょうか。
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「夕陽をあびて」1989年NHK土曜ドラマ3回。
八千草薫。大滝秀治。河原崎長一郎。
人生100年時代と言われています。
物価の高い日本で老後をおくるより、海外で暮らす方がいいという人たちが一杯いらっしゃいます。タイやフィリピンが移住先として人気のようですが、このドラマが作られた頃はオーストラリアが注目されていました。
でも、歳をとってから異国に行き、生活スタイルを変えるというのは大変なことです。言語や習慣、移住者同士のつきあい、戸惑うことがたくさんあります。
そんな細かな問題が語られるドラマ、やはり山田さんの日本人論と言ってよいでしょう。
この作品に関しては、当時、山田さん自身が語っておられます。
「Ryu’s Bar 気ままにいい夜」という深夜番組があって、ゲスト出演されたのですが、MC村上龍にいろいろ語られました。
その時の言葉を少し書き起こします。
山田さんが、映画からテレビに移った動機や「男たちの旅路」の話をし、簡単な履歴紹介があった後の会話です。
山田「一週間ほど前までオーストラリアに行ってたんですよ。そいで、あの、オーストラリアへ移住なさる方、定年退職なさって、で、そういう方なんかとねー、60人くらいの方にインタビューしてき、お話をいろいろ聞いてきたんですけどね、あの、いろんな側面で面白かったんだけど、なんというのかな、あの、オーストラリア人の価値観ってありますよね」
村上「ええ」
山田「で、日本人の価値観・・。でね、議論のレベルで通じ合うものは大体分かるんですけれども、あの、まったくわかんない部分ってありますよね」
村上「ありますよね」
山田「それをね、つまり、お互いにとことん理解するまで付き合おうとかっていうふうにすることは、ボクはどうも間違いじゃないかって」
村上「うんうん」
山田「つまり、理解しないまんまアクセプトするというのかな、両方で、相手を受け入れるっていうのかな、そういう風なことを考えないとね、世界って、どこでも、人間はひとつなんだと、分かろう分かろうって突き進んでいくってことは、あの、実は傲慢なんであって、相手はわかんない存在なんだ、こっちもわかってもらえない存在なんだ」
村上「うん」
山田「しかしそのわかんなさを両方で認めてね、あの、ちょっと微笑してるとかね」
村上「うんうん」
山田「あの、そういうのちょっといいでしょう?」
村上「うん」
山田「そういう感じをねえ」
村上「うん」
山田「すごく感じます」
―(略)
山田「さっきオーストラリアに行ったって言いましたけど、ものすごくいい天気でね、雲一つない日が毎日続いてね(略)裏町行ったって綺麗でね」
村上「山田さんって嫌いなんじゃないですか」
山田「え?綺麗なとこが?」
村上「ええ」
山田「う~~ん・・なんか欲しくなんのね」
村上「闇の部分が欲しいんでしょう」
山田「うん」
村上「(頷く)」
山田「それは、あのデビット・リンチの、あの、なんてったっけ」
村上「ブルーベルベット」
山田「うん。あれはそうでしょう。綺麗、綺麗、ペンキ塗って綺麗ってところの闇でしょう」
村上「ええ」
山田「で、日本の闇も僕はそうだと思うんですね。で、ブルーベルベットの闇は分かりのいい闇だったけど、ああいう分かりの良さがないと思うんですよ、今の日本の闇はね」
村上「うんうん」
山田「だから、笑ったまんま固まったみたいな、そんな闇」
村上「怖いですね」
山田「ええ、怖いですよ」
村上「そういう人いますもんね」
山田「(笑って)そういう世界で成熟した顔になるのは大変ですよね」
―(略)
山田「日本はねえ、土地がとにかく狭いでしょう、土地の広さに関してはね、人工との比率に関して、対極にある国ですよね、まあ例えば300坪の土地で、4ベッドルームがあって、居間が12畳くらいあって、プレイルームがあって、裏庭、表庭があって、1300万くらいでしょうね、そりゃあ、日本から行けば感激しますよ、一応はね」
村上「ええ、ええ」
山田「そりゃあ、無理もないと思う。ボクも感動しました。え?これ1300万ですかって」
村上「でもねえ、ロケーションだけで、人間住むわけじゃないでしょう?やっぱり、ご飯が美味しいとかね。よく最近お前は名古屋に行くなとかって言われたら、名古屋に女がいたりするとか、そういう時あるでしょう?そういうなんかねえ、あの~、人間関係と社会関係ってあると思うんですね、で、日本って、あまりにも、そういう環境悪過ぎるから、オーストラリアみたいな、あんな面白くないところにあこがれちゃうんですかねえ、面白くもなんともないでしょう?」
山田「あのねえ、ボクはこれからドラマを書くんですよ、それについて、軽軽にうんと言えないけれどね(笑う)」
村上「そういうねえ、あの、面白くなさを逆手にとると凄く面白いですけどね」
山田「(笑う)」
(スタジオも爆笑)
山田「ものすごくね、ボクはいろんなドラマがあると思いました。これは大変な、日本人にとって大変なテーマだと思いました」
村上「それはそうでしょうねえ。そうです、そうです」
山田「とにかく陽光燦燦としてねえ、物価は安く、みんないい人で、あの、そこで、つまり、老人たちが生きていくっていうのはねえ、それは凄い・・」
村上「それは凄惨なドラマになりそうですね」
(二人笑う)
村上「オーストラリアって日本にとってね、こう、試金石っていうかあ」
山田「そうそう、あの、非常に試される世界ですね。そいで、そこでつまり言葉を覚えようとして、で、あの国がやっぱり偉いと思ったのは、移民の人に1年間ぐらい、ただで英語を教えるわけですよねえ、そこへ、あの、お年寄りが行くわけですねえ、ベトナムの人だとか、もう中国の人だとか、いろんな人が来てるわけですよね、みんな英語を覚えようとしている、で、そういうところでコミュニケィト出来てくるわけですよね、で、そういうことはねえ、ボクはなにものかではあるんじゃないかと思うんですよ」
村上「それはそうですね」
山田「で、その中で例えば、あの、みんな定年後ですから、ある程度記憶がなくなっている部分もあったりして、日本から行きますでしょう、そうすると、非常に、ある意味ではハードなところに放り込まれるわけですね、英語もろくに出来ないまま行くわけですから、そうすっとねえ、奥さんの方がうまくなっていってしまう。どんどんね。で、交際もぱっぱっぱとやる。で、亭主のほうはダメですからねえ」
村上「囲碁とか将棋ないですからね」
山田「(笑って)そうそう、一生懸命やってんだけども、あ、こういう夫婦の、なんていうのかなあ、暮らしもあるなあって」
村上「それは、ドラマ一杯できますねえ」
山田「あのねえ、この局じゃないですけれども、ええ、書きますので」
村上「すっごく楽しみですねえ」
山田「まあ、見て下さい(笑う)」
村上「僕もオーストラリアで何か書こうと思ったんですよ、僕の場合は、そういうあれじゃなくて、ロブスターとか、そういうのが好きで、で、行ったんだけど、何にも面白いことがなくて、毎日中華料理店行って、海老たべてばっかり、そうしてたら、段々甲殻類になったって、話を考えたんですよ」
山田「(笑う)」
(スタジオも爆笑)
村上「いや、本当に淋しいですよ。何もないでしょう?どうすればいいんだって感じでね。何かこう闇の部分っていうのは、夜になると、そこがパーっと灯りが点いて、なんとなく違う自分になれて、そういうの一杯あるんだけど、そういうのまったくないから、だから淋しいんだと思うんですよ、オーストラリアの人って」
山田「そう、あの、自然がね、ちょっと放っとくと、ワーって押し寄せて来ちゃいますでしょう、カルグーリっていう近郊の街に行ったんですよ。本当に、1900年頃から街が変わってないっていうか、その頃ゴールドラッシュだったんですよ、それで寂れて・・、そうすっとねえ、すぐ、自然なんですよねえ。そうして・・そくそくと夜になると、淋しーいって感じがしてねえ・・」
村上「まあ、昔のアメリカの西部とかね、あったのかも知れませんけど、西部なんかはいずれ開拓の波が押し寄せて、例えばロサンゼルスが出来るとかっていうのはあるのかも知んないけど、オーストラリアっていうのは、本当に淋しかったですね」
山田「その変わり、日本が押し寄せてる(笑う)」
村上「いや、本当にね、押し寄せてるかも知れないですよ。ハイマン島ってとこ行ったんですけど、日本の新婚の群れ。あれはなんですかね?」
山田「(ニヤリとして)なんですかね」
村上「団体旅行で新婚旅行いって面白いんですかねえ?」
山田「ただね、ボクもわりとそういう風に思うタイプなんですけれども、なんていうかなあ、ボクはある結婚式に、わりと最近出たんですよ。そうすると、大安でしたんでね、もの凄いね、どんどん花嫁花婿がガーっといるわけですよ。そうすっとねえ、我々出席した人間というのは、もうどんどんスケジュールで回っていることは、よく見えるし、だからどうってことはないわけですよ。ね、もう流れ作業じゃないですか、こんなとこで結婚式って、何が面白いってんだいうくらい、侮辱を感じるような」
村上「うんうん」
山田「ところが三々九度をして、花嫁さんがこっちをふっと振り返った時、泣いてたのね、僕その時びっくりした、凄く感動した、あ、そうなんだ、こういう風に、あらゆる手続きが、バカにされるような手続きでいたってね、本人はね、かけがいのないとか思って、泣くエネルギーがあるんですね、そうするとね、団体で行って、外で見てると異様な感じがしますでしょう」
村上「みんな親戚かと思いましたよ(笑)全部違うカップルなんですけどね」
山田「あのねえ、僕、個人的にはねえ、非常にある嫌悪感あります。だけどねえ、あのねえ、そんなに一様じゃないんですよ」
村上「そうなんですよね」
山田「あの中にもねえ、いろいろと」
村上「そうなんですよね。言葉を翻すようですけど、僕もね、そのハイマン島でね、なんでこんな日本の新婚ばかりと思って、もう、ずーっと毒づいてたんですよ、でー、テニスをしに行ってねえ、カメラマンがセットレス下手だったんですね、お前もうちょっとうまくやれとか言って、日本人のカップルが来て、新婚だってんで、男の子も凄くうまかったんですよね(と、さしてつながらない話を延々とした後)新婚のカップル5、6組でもドラマになりますよねえ」
山田「あのねえ、一括してあいつら俗物だみたいなね、あの、一括出来ないんですよ、立ち入るとねえ、面白いってのは傲慢かも分からないけど、凄くいろんな世界があるんですよ、でも、もの凄くお金を貯めてね、で、時給600円くらいで、貯めてためてやっとそういう団体の切符買った人だっているわけですよねえ、そういう人たちにとってはねえ、大勢で行くなんてことはね、ものともしない、二人だけなんですよ、そういうねえ、強さっていうのかな、で、あのー、そこまで慮る必要はないと思うけど」
村上「それ、山田太一の世界じゃないですか、そういうすごく一生懸命貯めていった人と、なんか」
山田「(笑って)あなたね」
村上「毛皮かなんかパッと売って行った人とか5、6組いて、オーストラリアの、で、飛行機の中から始まって」
山田「金貯めればいいってものでもないですけどね」
村上「(笑う)」
山田「(笑う)」
(まとまらないままトーク終了)
当時の時代状況が少しは感じられましたでしょうか。
そして山田さんが現実をどう感じ取っているかという部分も。
老後のプランと、オーストラリア移住というプランがセットでやってきたバブル期の日本。
山田さんのアンテナが鋭敏にそれらをとらえたドラマだと思います。
このトーク番組、Barのカウンターがあって、その止まり木に村上龍と山田さんが座って喋るという体裁ですが、村上龍が凄い勢いで煙草を吸うんですね。
まあ、酒場という設定なんですからいいんですけど、それを見て、ある女性山田ファンがお怒りでした。
「山田さんは煙草をお吸いにならないのに、プカプカ、プカプカ、許せない!!勿論山田さんの許可はとったんだろうけど、山田さんはあのお人柄で、どうぞとおっしゃったんだろうけど、失礼だ村上龍!!!」と激怒されていました。
女性山田ファン恐るべしデス。
2020.11.23
「記念樹」1966(昭和41)年作品。
木下恵介劇場TBS全46回。
長いこと思い出の作品でしかなかった「記念樹」が、2005年5月26日からホームドラマchにて週5日間のスケジュールで放送されました。古参山田ファンは感激しました。
その後DVD化されファンの夢はかないました。
脚本は殆ど木下恵介さんと山田さんが担当されており、そのほか何名かのライターが参加されていました。
ここでは、山田脚本の梗概のみ書いていきたいと思います。
15年前に植えた桜の樹を思い出とする、「あかつき子供園」出身の人々の物語。
国鉄鴨ノ宮駅を小田原方向に出ると、すぐに列車から見える桜の樹という設定。
出演:馬淵晴子ほか。
4 四月の涙
コメディアンの東京ぼん太を主演にした物語。
だらしない父親に悩む息子の哀しくほろ苦いお話。親子の宿命性を色濃く感じさせる。
5 緑の風に聞けば
歌手仲宗根美樹を主演にした物語。後年の「男たちの旅路 墓場の島」をちょっと思い出させる。
「あかつき子供園」出身の歌手の孤独にスポットを当てたお話。
余命幾ばくもないない「あかつき子供園」出身の女性に、いわく言い難い貴重な気持ちを持った男と、その男性に恋する別の女性の物語。
10 ジョニーが凱旋する時
「あかつき子供園」をよく慰問してくれた米兵と青年(石立鉄男)の物語。
詳しい経緯は省略しますがこういう石立鉄男の台詞があります。
「憐れみはうけたくねえって突っぱねりゃタカシ(注。友人)は気に入るんだろう。孤児ってのは他人の親切がなきゃ一日だって生きちゃこられなかったんだ。全部他人の親切さ。憐れみはうけたくねえ、余りものなんかにニコニコしたくねえって粋がって言えるお前は幸せだよ。俺はロジャーさんの親切がとても嬉しいよ。例え多少俺の自尊心が傷ついたってロジャーさんの気持ちを傷つけるわけにはいかないんだよ、俺は」
そのロジャーさんはベトナムという戦場と日本を往復しながら、こういう気持ちをもっています。
「私は十分に人を愛しただろうか。私は人間らしく生きただろうか。戦場という人間らしくない場所で(略)」
いい台詞が一杯です。
11 六月のお母さん
小さな商店を営む家庭に嫁いだ「あかつき子供園」出身の娘と姑との、小さないざこざの日々を綴った物語。
細かな出来事で支えられた庶民の日々は、細かなことだからとないがしろには出来ないもの。
そんな小さな涙、口惜しさに溢れた、ほろ苦いけど心温まるお話。
12 晴れて来る空に
映画「あこがれ」にも一部使われたモチーフ。
酷い父親に捨てられるように施設に預けられた子供の、父への思慕と施設の職員の葛藤。これも親子の宿命性を色濃く感じさせる話。
13 追憶の白い雲
「あかつき子供園」の園長馬渕晴子夫婦の馴れ初めと、交通事故による死別を語った大筋の物語。
14 入日の詩
小坂和也を主演にしたお話。
子供の頃から何故か養老院が好きで、お年寄りに可愛がられていたが・・。
16 汗のにじむ夢
クリーニング屋に勤めた子供が、青年になるまでの物語。
不器用で要領の悪い子なのだけど、そんな自分を決して卑下せず、むしろ「あかつき子供園」の先生に書く手紙は自分の自慢話として脚色してしまうあつかましさを持ったところが微笑ましい青春記。
18 終点で語る二人
混血として生まれた娘(十朱幸代)の物語。
バスガイドとして働く娘は四十近い運転手を心密かに慕っているが、その年齢差と混血という出自にこだわっていた。そして男もまた、いい歳をして若い娘と結ばれることに抵抗があった。
時折り仕事が同じバスになった時、深夜、終点で折り返すまでの待ち時間、二人は自分たちのこだわりと願いを語る。
20 十年目の父
工藤健太郎主演。園の仲間である友人(関口宏)に突然父親が訪ねて来た。同じく孤児で父親の顔すら知らない主人公はまるで自分のことのように喜ぶが、父親の来訪には裏があり、それを知りつつも・・・・。
21 かげろうの行方
小さな板金工場を営む夫婦の家に養子に行った心優しい少年の話。
夫婦はその心根の優しさを嬉しくも思うが、頼りなさも感じる。優しさだけでは生きていけない現実を少年にさとしたりする。
やがて少年は成人し、小さかった工場を一回り大きくするほどの敏腕経営者となったが、そこには心根の優しい少年の面影はなかった。現実は少年を逞しく育てたのである。でもそれは夫婦にとって淋しいことでもあった。皮肉なことだがそれはそれで哀しいことであった。
そこへ、心優しかった少年時代を知る、幼なじみの女性が困窮して訪ねて来る。
23 その心に降る雨
寺田農主演の話。一組の男女が見合いという形で知り合う。男は自分が孤児であることに、女は自分の足が悪いことにこだわりを持っていた。気にしていないとお互いに思っていても、心のしこりと世間の偏見を克服するのは簡単なことではなかった。
24 秋の墓
吉田日出子主演。奉公に行った家庭での、疎外されたお爺さんと「あかつき子供園」出身の娘の交流。
25 ある青年の靴
田村正和主演。大船駅構内、大船軒の弁当売りの若者とその恋人。簡単には結ばれない境遇の二人と、名乗り出ることは出来ないが陰で見守る実の母親の涙と喜びを描く。
37 冬の旅
苦学の末に大学を出て夜間高校の教師をする「あかつき子供園」出身の男性。しかしその職はとりあえずという職でしかなく、その教職に対する事務的な態度、熱意のなさは、教え子に、苦学して高校を卒業する必要があるのかと、勉学への迷いを抱かせるほどであった。
そんな男性がある女性と出会う。
その女性は、自分は今の仕事を続けられるような神様みたいな人間じゃない、自分はそんな立派な人間じゃない、自分らしい人生を歩みたいと、現在の仕事を退職しようとしていた。
その仕事とは「あかつき子供園」の仕事だった。
39 去り行く年
運転業務一筋に生きて来た私鉄の中年運転手(52歳)と、「あかつき子供園」出身の若き運転手との交流。
健康診断で目に支障をきたしていることが分かり、運転業務から事務にまわらないかと会社に言われた中年運転手。でも現実としては誰にも困難と思われる事故を防いだりするキャリアと勘を披瀝していて、仕事の精度は自他共に認めるところである。
しかしその会社の勧告は中年男にある変調をもたらす。
(ドラマとは関係ないメモ。「東急東横線 元住吉(もとすみよし)駅」を舞台にした物語ですが、この駅は長いこと山田さんのお住まいの最寄り駅でもありました。これを書かれた当時にお住まいだったかどうかは分かりませんが。)
41 目覚時計の歌
ホットドッグ売りで生計を立てる「あかつき子供園」出身の若者。
その若者の前にやつれた初老の男が現れる。男は昭和18年の夏、桜木町の駅に我が子を捨てたと話す。それは若者が捨てられた時の記憶と一致するものがあった。
しかしそんな話はたくさんあり、男が調べた範囲でもその日三人の子供が桜木町の駅に捨てられていた。
特別顔立ちが似ているとか、お互いに共通する思い出があれば別だが、本当の親子かどうかわかる方法はなかった。
胡散臭いものを感じながらも、若者は別れがたく自分の部屋で一晩男と歓談の時を持つ。そして翌朝意外なことが。
44 佐渡は荒海
馬渕晴子は「あかつき子供園」で教えた子が、会社の金を横領し逮捕されたと知らされ新潟の警察に向かう。しかし警察に教え子の姿はなく佐渡ヶ島にいるという。佐渡に逃亡して逮捕されたが、海が荒れていて足止めされているのだった。
馬渕晴子は教え子が犯罪に手を染めるとは到底思えず、船が到着するまでの時間、教え子の会社、下宿先、恋人を訪ね、教え子に一体何があったのか聞く。
そこに浮かび上がって来たものは・・・・。
45 産ぶ声
「あかつき子供園」出身の若者に子供が産まれることになり、妻と訪れた病院での一晩の物語。
待合室で展開される様々な人の出産劇。産ぶ声を聞くまでの、家族のたくさんの思い、喜び、そしてとうとう聞くことが出来なかった悲しみの涙。
親に捨てられ、「自分の母親なんて産んだだけじゃないか」と思っていた若者の胸に去来するものは。
山田さんの「親ができるのは『ほんの少しばかり』のこと」(新潮社)に、ご長女が生まれた時のエピソードが描かれています。
熱海で木下恵介監督の助監督をしているときに、「生まれた」という連絡が入り、木下さんの配慮で、タクシーで向かうことになりますが、東京に着いたのは深夜です。
「考えてみれば、深夜に面会などできるのだろうか?赤ん坊はうまれたばかりだから昼も夜も分からず起きているだろうが、妻はきっと疲れて眠っているだろう。妻の母親も帰っているだろうし、夜中に一人で大げさに駆けつけても、看護婦さんが相手にしてくれないのではないか、などと思いはじめました。
(略)
産院に着くと、やはり面会は朝まで駄目だといわれてしまいました。『待合室でお待ち下さい』と看護室でこともなくいわれて、きっとこういうふうに夜中に駆けつける夫が案外多いのかもしれないなあと、少しほっとするような気持で待合室へ行きました。
(略)
そこに三組ぐらいの家族が待っているのです。
すると廊下で看護婦さんのバタバタという足音が聞える。「××さん」と呼ぶ。耳をすましていた三組のうちの一組が、『ソレ、うまれたッ』とワイワイ廊下へ出て行く。赤ん坊の泣き声が聞える。
妊婦が分娩室から自分のベッドに運ばれて行くのを、廊下で迎えて、ついでに赤ん坊の顔も見せて貰うんです。
『よくやった』『物凄い二枚目だァ』『ごくろうさん』『頑張ったね』『よくやった、よくやった』とひとしきり声がして、その組は帰って行ってしまう。
シーンとする。
ふっと片隅の母親らしい人と妊婦が目につきます。無論すぐには分からなかったのですが、看護婦さんが来たり、母親だけになったりしているうちに、お腹の赤ちゃんが死んでいることが分かってきました。
別の家族は妊婦の父親が、青くなって怒っている。声はひそめているけど静かな部屋ですから事情は分かります。娘の亭主が、どこにいるか分からない。何日も帰って来てないらしい。女を作ったんだ、あの野郎、と口惜しがる。お母さんは、周囲を気にして『お父さん、こんなとこで』などといい、娘は声もなく泣いている。
そこへ、別の家族が、陣痛のはじまった女性と一緒に廊下をドタバタとくる。『すいません。今電話した××です。陣痛の間隔が短くなって』と慌てた声が看護婦室の前で聞えます。
そっと待合室のドアがあいて男が入って来る。それが『女をつくって何日も帰らず、どこにいるかも分からなかった』亭主です。
『どうも』なんて、とぼけた男です。
『なんだい、誰に聞いた?』なんて、いままで青くなって怒っていたお父さんが軽い声を出して、全然怒らない。『みんなで待ってたのよ』なんてお母さんもいっている。妊婦は、また陣痛が始まったとかで、分娩室の方へ行っていません。『どうも、へへ』なんて、男は両親の横へかけて、煙草をすいはじめる。
とまあ、この調子でしゃべっていたら、きりがありません。とにかく、その夜は、眠いどころではなかった。長い一幕物の芝居を見ているような気持ちで、腹が立ったり、思わず笑ったり、ハラハラしたり、ちょっと涙がこみあげたりで、とうとう朝になりました」
という体験が生かされたドラマです。
46 記念樹よ!永遠に(最終回)
馬渕晴子が新婚当時住んでいた家が焼け、庭にあった記念樹が燃えてしまう。思い出の記念樹を失くした人々は・・・・。
2020.12.14再録
「チロルの挽歌」
1992年NHK前後編2回。
高倉健、大原麗子、杉浦直樹、河原崎長一郎他。
バブルの時代で、箱物行政がまかり通っていたころの話。
高倉健は鉄道会社の技術畑一筋でやってきましたが、「チロリアン・ワールド」という遊園地建設の責任者に任命されます。北海道の一地方に北欧風のレジャー施設を建てようというのです。
これまでのキャリアとはまったく違う仕事で、「大丈夫なのか?」という周りの目があります。
後年山田さんに聞いた話ですが、こういうことは当時よくあったそうです。まったく畑違いのところに役職で行っちゃう。天下り的人事というんでしょうか、まあ、バブルでイケイケの時代で、山田さんから見ると不安に思うことがどんどん行われていたようです。「千と千尋の神隠し」でも変な世界に入り込んだ時、最初に見る崩れた建物を、何かのテーマパークの残骸じゃないかと推理するところがありますが、今も日本のあちこちにそういうものがあるのでしょう。そういう時代でした。
高倉健は、箱物行政や自然破壊批判の矢面に立つことになります。
市長(河原崎長一郎)は、そんな批判があろうと切実に地域振興の願いがあり、炭鉱がさびれてしまった後の、地域活性のカンフル剤にしたいと夢を描いています。
それが物語の大きな背景ですが、本当のドラマは別のところにあります。
その赴任してきた街に、高倉健から逃げた女房(大原麗子)と男(杉浦直樹)がいることが分かります。
まったくの偶然です。
杉浦直樹は苦境の時に高倉健に助けられた過去があります。高倉健を恩人と思っています。なのに、その女房と仲良くなり駆け落ちをしてしまったという、謝罪会見(?)をしなきゃいけないような男なのです。
高倉健が来たので、大原麗子と杉浦直樹は慌てます。当然偶然なんてことは思わない。復讐であるとか、意図があってのことだと思い怯えます。
高倉健という俳優は東映の任侠路線を支え、寡黙でストイックなイメージで、男の中の男を演じて来ました。
倉本聰ですら「あにき」(TBS)で「男、高倉健」のイメージを踏襲しました。なのに山田さんは、高倉健に女房を寝取られた情けない役を造形するのです。
更に高倉健は、娯楽産業(サービス業)のトップについたため、部屋の中でひとり、トークの練習をします。無口では通らないのです。自分を変えるために、滑稽なくらい必死で練習します。
そしてこの自分を変えようとする動機は仕事のことだけではなく、逃げた女房の影響でもあり、女に引きずられているという、これまでの役柄にはない高倉健の一面を色濃く出してきます。
建設反対派の牧場主岡田英次は、そういう高倉健を揶揄します。
多くの使用人を抱える岡田英次は、かつての高倉健のイメージであり、男の中の男を体現しています。
ドラマとしては「男VS男」というシーンもちゃんと用意してありますが、大原麗子が何故出て行ったかと言うと、高倉健が無自覚に男らしさに埋没していたからこそ、愛想をつかしたということがあります。それがこたえている高倉健です。
ですから「男VS男」という展開も複雑なニュアンスが入ります。
そして間男をした男、杉浦直樹との対決もあります。それは大原麗子の主張であり、逃げてばかりはいられないと対決します。
しかし杉浦直樹は申し訳ないという気持ちが一杯で、大原麗子を譲ろうとしますが、それこそが腹の立つことで、男の気持ちばかりで女の気持ちを考えてないと怒ります。
岡田英次の、家庭や牧場における暴君的態度にも大原麗子はひるみません。
まるで「男の時代」から「女の時代」へ移っていく時代の旗頭のように大原麗子は主張するのです。
と書くと、とってもシリアスなドラマのように思われるかも知れませんが、ドラマは喜劇的展開です。
演出がもう少し洒脱だったら大笑いするところ多数なのですが、演出は、高倉健の重厚さがまさる世界に踏みとどまっています。
大原麗子はこの作品を「生涯の代表作」と言っていたそうです。
2020.12.24
1986年NHKドラマ6回。
鶴田浩二、八千草薫、平田満他。
このドラマが作られた頃、四国で「第1回徳島TV祭 テレビドラマの原点を求めて」というイベントが催されました。
山田太一、倉本聰、ジェームス三木氏らのライターを中心に、「山田太一の日」「倉本聰の日」「ジェームス三木の日」と数日にわたって、テレビドラマの現在を考えるというものでした。
これはNHK教育TVで、45分の長さにまとめたものが放送されました。
この中で、総合シンポジウム司会の大山勝美さんが、視聴者からの質問状を読み上げるところがあります。
質問はこうです。
「今のテレビ界というのは女性に偏重しすぎているのではないか」
大山さんは、そうですねという顔になり「何故か中年の男性の方はみんな言う」と同意します。
「シナリオライターになった時、わたし大山勝美さんの弟子なんですが、35歳の主婦を相手に書けと言われた。大山さんが言ったかどうかは分かりませんが、そのスクールで、大体35歳の主婦が一番テレビを見ているというデーターがある。そこに照準を合わせれば大体問題はないと言われた」
そう言われて大山さん苦笑します。オレそんなこと言った?という顔をし、会場の笑いを誘います。
そして山田さんの発言になります。
山田さんはこう言います。
「今の日本というのは平和で、劇的なドラマを非常に作りにくいんですね、もの凄いどん底の貧乏なんていうのもあんまりないし、そうするとね、どうしても、どっかで虐げられている部分をたくさん持っている人にドラマが一杯あるんですよね、そうすると、どっちかと言えば、異論もあるだろうけど、多くの男性よりは、女性に不満や我慢している部分は多いと思うんですよね、ですからドラマを探して行くと、つい女性に目が行く、そこにドラマが、よりあるという気がしてくるということはあります」
と語り、視聴率をとるために、女性にばっかりサービスを向けているわけではないということを言われます。
更に。
「わたくしは最近『シャツの店』というのを作ったのですが、男の側がむしろ虐げられているのではないかと、少し感じだしてですね、そっちを今度書いてみたんですね。そうしたら視聴率も非常に良くてですね、そして中年の男の人から随分手紙を貰いまして、こういうドラマがなかったと言われてですね、やはり、男性の視聴者ももっと開拓しなければ、という風に思いましたけれども」
と言われました。
理由はどうあれ、男性側から言わせれば、昔からドラマは女性偏重だったことは間違いないでしょう。
今でもテレビの視聴者は女性中心という認識で、それを年齢層で更に細分化してターゲットを絞っているようですが、それは置いといて、そのような背景があって、はじめて「シャツの店」のようなドラマが作られたということでしょう。
でも、この山田さんのシンポジウムでの発言を聞いた時、私の心中は複雑でした。
何故ならです。
山田さんのドラマでも、やっぱり女性を持ち上げ過ぎじゃないの?と思う事は、結構あって、狭量な男の私としてはひがんでいたのです。
例えば、「岸辺のアルバム」の田島謙作は一生懸命働いて家を建てて、多少やばい仕事に手をだしたかも知れないけど、ちゃんと給料を家庭に入れているのに、娘に「お酒飲んで、ただ働いてただけじゃないの!」なんて誹謗されます。
働かないで酒飲んでたら問題だけど、働いて酒飲んでなにが悪いのか、と思っちゃいます。
勿論この発言は、娘というキャラクターが言ってるだけのことなんだけど、それに対する反論はないし、テーマは別のところにあり、そんなことにこだわっているところではないというのは分かりますが、ドラマの主旋律としては、働きお父さんの田島謙作は、その誹謗のまま次のシーンに行ってしまうことになります。
ですから、この時「男の側がむしろ虐げられているのではないかと、少し感じだしてですね、」と山田さんが言いはじめた時は、「え~~?」と思いました。
今までさんざん女性を持ち上げといて(対比として男をおとしめて)、女をいい気にさせといて、今度は男性の視聴者の開拓なんて、それじゃ、マッチポンプじゃないか!と、更にひがんだのでした(笑)。
「シャツの店」は、鶴田浩二最後の出演ドラマになりました。
有名な話ですが、NHK出演交渉の難関になったのは、昔、NHKが鶴田浩二の歌「傷だらけの人生」をNGにしたからでした。怒った鶴田浩二はそれ以来NHK出演を断っていた。
それを、ときほぐして、「男たちの旅路」の成功へとつないで行ったのが山田さんたちでした。
「男たちの旅路」における司令補役は、晩年の鶴田浩二のイメージを決定したと言えるでしょう。そのキャラクターはカリスマ性があり、お茶の間に浸透しました。私も司令補に叱られたい、などと言う女性ファンを輩出しました。
しかしそれに反して「シャツの店」の鶴田浩二は、そのキャラクターを覆すもので、女に引っ張りまわされる情けない小市民という役柄でした。鶴田浩二は少し不満を言っていたという話もあります。
山田さんは、男らしさを体現出来る鶴田浩二だからこそ、女に引きずり回される姿に落差があり、時代が鮮明に出せる、そう読んだのでしょう。成功です。
劇中では、因縁深い「傷だらけの人生」を歌うシーンもあったりして、山田さん茶目っ気だしてるなあ思いました。酔えばスケベ一辺倒になる姿も描いたりして、あちこちたくらみがちりばめられたドラマでした。
狭量な私のひがみはどうでもいいことです。男はいつも虐げられて生きていくのです。
「シャツの店」いいドラマです。
2020.12.30
「夜からの声」
(前編)
地人会第95回公演 紀伊国屋ホール 2004.9.21~10.2
作 山田太一
演出 木村光一
これは、メモと記憶をもとにした「再現」です。
独断、勝手な要約が多々あります。
ご了承の上お読みください。
ある日曜日の朝。
マンションの居間でくつろぐ本宮真司(風間杜夫)に中年女性が訪ねて来ます。
女性は最初タウン誌の編集者と言いますが、取材が始まってもメモもとらず、編集者にしては挙動がおかしいと真司は思います。
しかも真司が「話し相手コール」というボランティアをしていることを知っているので更に妙に思います。
そのボランティアは孤独な老若男女のために二十四時間対応で電話の話し相手になってあげるというサービスですが、当然守秘義務があるし自分がそのようなことをやっていることも口外してはならないと定められているのです。
なのに何故この女性は知っているのか。
まあスタッフの入れ替わりもあるし、口の軽い者もいるかも知れない、そのような流れの中から漏れたのであろうかとも推測するのですが、女が「三月十九日にあなたは誰と話しましたか?」と実に詳細なことを聞き始めた時に単なる取材ではないことに気付きます。
女は編集者でもなんでもなく、その三月十九日に真司が電話で話をした相手(男)の妻なのだと言います。
戸惑う真司に、女はヒステリックに何を夫と話したのかと追求します。
真司はそんな事実はないとしらをきりますが、女は「夫の日記に書かれていたから間違いない」と追及の手を緩めません。
真司は「もし旦那さんが『話し相手コール』に電話されていたにせよ、その相手が私であるとは限らないでしょう」と反論しますが何故か女は確信を持っており、更に真司にとって驚愕すべき事実を語ります。
三月十九日。つまり「春分の日」の前日に、夫はその電話をしたあと飛び降り自殺を図ったというのです。
飛び降りたのはもう翌日の「春分の日」になっていたほど深夜だったそうですが、その時妻もたまたま起きていてすぐに気付きました。
その時の飛び降りた音。
どすん。
その鈍い音を女は今も鮮明に覚えており、女は「夫の自殺」という耐え難い事実の淵から、真司に向かって懸命に叫びをあげているのでした。
「何を話したのか。夫と最後に向き合った人の話を聞きたい。夫は生きたいと思っていたに決まっている。なのに何故死んだのか。あなたが何か言ったんだ」
そう言って女は食い下がり、真司へ疑惑をぶつけますが、真司は懸命にしらをきり通します。
明らかに常軌を逸したと思われる女性は、真司の狼狽ぶりから、やっぱり電話の相手だと確信すると、何故かその日は帰ります。
真司はホッとしつつも、胸の中にある事実が重く残ります。
自殺をした人間と最後に話をした自分という重い事実が真司の胸に残ります。
こうして、夫に自殺された女と、死の直前に、偶然言葉を聞いた男の物語が双方の家族を巻き込んで展開します。
かなり暗く厳しい内容です。
が、それにも関わらず展開はまったくコミカルで、終始平凡な家庭の日常性を逸脱することはありません。
真司の奥さんは居酒屋のパートタイマーの境遇から研修のリーダーに出世し、夫の給料より高くなりそうだと活気に満ち溢れ、その日の朝も、社長がポルシェでお迎えにわざわざ来るところなのでうるさい位にハイテンションです。
それが面白くないので「社長に下心があるに決まっている」と真司がくさすと、「あら三十代で若い子にもてもての社長さんよ、そんなわけないでしょう」と妻に言い返され「年上好みもいるさ」などと真司は強弁し、女房をくさそうとしながら女房の魅力を賛美しているような滑稽な状態。
もう一人の家族である年頃のひとり娘は、独身貴族を謳歌していると言うと聞こえはいいけど、恋人のいない境遇をちょっぴり淋しく、いやかなり淋しく?享受しており、でもまあ基本的には呑気な青春を楽しんでいる状態。
そんな家庭で真司は女性たちほどの活気も精彩もなく、会社の仕事を自宅に持ち込み休日だというのにノートパソコンをぼつぼつやっている。
家族は真司に聞きます。自殺した男から何を聞いたのか。自殺の理由を知っているのかと。
しかし真司は守秘義務を盾にして喋りません。
女房は業を煮やして
「だからボランティアなんてしなきゃいいのよ、人の世話してる場合じゃないでしょう。結婚して二十七年にもなるのに、私の父には心を開かないで、他人にはぺらぺら喋って妻にも娘にも大事なことは言わない。なによそれ」
などとぞんざいに言われ真司は形無しです。
真司は何か真相を知っているのでしょうか?
分からぬままに、家族はその女が今後も関わってくるのではないかという不安を広げます。
一同の不安を吹き払うかのように、女の息子が数日後に現れます。
息子は、母が鬱病で入院したことを告げ、既に抗鬱剤の効き目で快方に向かっていると言い、母の失礼を丁寧に詫びて去ります。
そのあまりに礼儀正しい青年の一件落着の強調ぶりに、真司やたまたま居合わせた真司の義父はかえって不信感を持ちます。
夫の自殺という重い出来事をそんな数日間で克服できるのか?
いくら抗鬱剤のいいものが開発されたにせよそんなに簡単に治るのか?
真司の義父は妻に先立たれた淋しい気持ちも手伝ってこう言います。
「鬱は薬で治るみたいなことを言い過ぎる。そんなバカな話はないよ。薬で離れて行った恋人が戻ってくるかい?死んだ女房が生き返るかい?そんなバカな話はない。薬で治るなんて、人の悩みをバカにした話はない」
女性は本当に快方に向かっているのでしょうか?
自殺の真相はつかめたのでしょうか?
そして電話で男は何を言ったのでしょう?
数日後女性は病院を脱走し再び闖入して来ます。
そして叫びます。
「私が祖父を殺したの。お父さんが殺したんじゃない」と。
飛び降り自殺の前に祖父が心不全で亡くなっているのですが、それを私が殺したんだと女は言っているのです。
一体何が起こったのか。
そこへ女性の息子も現れ「そんなことはない」と母の言う事を強く否定します。
祖父は心不全で死んでおり、警察の検死結果でも証明されている、なのに何故その様なことを言うのかと息子は女をなじります。
祖父の死というのはこういうことです。
女と自殺した夫は、少し前になけなしの蓄えをはたいて痴呆の祖父を老人ホームに預けたのです。
女は長年の介護疲れで体を壊したこともありホッとしていたのですが、不幸なことに老人ホームが火事になり祖父は焼け出されてしまいます。
その焼け出された祖父を車で迎えに行き、渋滞で長時間の行程でしかたなかったとはいえ、無理な体力を使わせた故か、その夜に心不全で亡くなっているのです。
火事のショックと、長時間車に乗って疲れてしまったこと。
それが心不全の理由であろうと息子は言います。
だから母や父がどんな罪悪感を持つにせよ、それは何の関係もないんだと。
父の自殺にしても、人が自殺する理由なんて本当のところは分かりはしない。遺書でもあればともかく分かるものではない。
そう息子は強調します。
「忘れよう」と息子は言います。「おじいちゃんもお父さんもいないんだ。お母さんは生きて行かなきゃいけないんだ、後ばかり見ていてはだめだよ」と。
その言葉に真司も同調します。
「そうですよ、忘れて元気にならなくちゃ、やなことは忘れて元気にならなくちゃ」
前向きを強調する一同の励ましの中で、薬を飲まされた女の意識の混濁とともに一幕目の幕がおります。
そして二幕目があがると・・・。
あ、こんなふうに書いていると、まるでサスペンスドラマのようですが、舞台そのものは笑いの連続です。
こんな深刻な事態なのに真司の女房は、息子のいい男ぶりに色めき立ち、自分の娘の結婚相手にどうだろうかなどとおせっかいをやいているし、娘はやめてよなどと拒否しながらも満更でもなく、真司の義父は娘家族に邪魔にされているのかなあという疎遠感のなかで遠慮がちに事件に関わってきて、真司との義理の関係がちょっとフランクになるような局面があると過剰に喜んだりするという按配で、なんとも賑やかにお話は進行していきます。
どんな深刻なことも庶民の日常という視点に立てば、このようなものとして出現するのが本当のリアリズムなのかも知れません。
さて二幕目の幕が開くと朝のリビングで、明るい雰囲気です。
でも決して明るい気持ちの真司ではありません。
あれから二ヶ月ほど経ち、女はすっかり回復し、快気祝いを持って何故か真司を訪ねて来ます。
でも、どう考えても快気祝いを持って来られる間柄ではありません。おかしいと思います。
義父は言います。
念を押しに来るんじゃないか。ご亭主があんたに何を言ったか気にしているんだ。あんたがいる限り不安が残る。治るもんも治らない。舅を殺したことは忘れてくれと言いにくるんじゃないかと。
真司は怖いこと言わないで下さいよ、殺人じゃないって警察の検死でもはっきりしてるじゃないですかと言いますが、そんなことあてになるもんかと義父は身も蓋もないことを言います。
それにつられるように真司は「ご主人も似たようなことを言ってたんです。父親を殺したって」と語り始めます。「酷く酔っていてはっきりしないけど、父親のベッドに行ったような気がするって。父親のベッドを見おろしていたって・・・」と言います。
守秘義務を破りそうになる真司に、義父は聞くことを拒みます。
真司は語るのをやめますが一体真司はどんな言葉を聞いたというのでしょう。
夜の向こうから、声は何を語ったのでしょう。
ひとり重い荷物を背負ったまま、真司は、女とその息子の訪問を受けます。
人が変わったという言葉があるけど、これほど変わるのかと言うほど明るくなった女は薬の効用を説き元気を強調します。
一同は戸惑いながらもその元気を喜びます。
女は最近太極拳を始めたそうで、あるポーズをすると不安な悩みはポイ、ポイ、ポイと捨てられると明るく語り、嫌なことは全部忘れましたと楽しそうに言います。
その余りに見事な元気ぶりに真司は引っ掛かるものがあります。
忘れていいのか!
嫌な事は忘れていいのか!
それで元気になったってそれは本当の元気じゃない!
真司は、突然目の前にいる女や息子や家族の明るさを壊すように語り始めます。
自殺した男の言ったことを。
皆は驚き、女は「やめて!」と叫びますが真司は止まりません。
自殺した男は一体夜の淵から何を真司に語りかけてきたのか。
真司は何を感じ取ったのか。
まず真司は、自殺した男の立場から見ると、女が舅を介護するなかで老人虐待があったことを語ります。
しかしそれはすぐに女が否定します。
それはある意味虐待よりもっと面倒で複雑な出来事だったからです。
細かな細かな経緯があったのです。
女が懸命に忘れようとしている出来事。
「言ったところで誰が分かってくれるというの」
という投げやり気味の女に、義父が促します。
「細かなことを聞こうじゃないですか。細かなことで私たちは生きてるんだ」
女は言います。
「舅が好きだったの」と。
「だからと言って何もありゃしないけど、大柄で男っぽくて余計な口をきかない舅が主人よりいいくらいだった」と続けます。
息子は「そんなこと聞きたくない」と叫びます。
しかし義父が言います。
「聞かなくちゃいけない!こういうことこそ聞かなくちゃいけない」
女は苦渋の表情で、それでいて何処かうっとりするように語ります。
「ボケても人柄は残っていたわ。一緒に町を歩いても河原を散歩しても、徘徊して交番に引き取りに行ったりした時も嫌じゃなかった、楽しかった」とまるで介護の内実を恋愛物語のように語ります。
夫は仕事に追われていたため自分の苦労を察することも出来ず、濃密な関係がそこに否応なく築かれて行き、家庭は舅と嫁の二人だけの世界となったと女は語ります。
しかしやがて舅の老化は進み、人柄の匂いも消えて女は情けなくなります。
ある時女のことも分からなくなり、頑固に家から出ようとする舅を女は思いっきり引っ叩きます。
すると奇跡が起こります。
ほんの短い間ですが舅の目に力がよぎったのです。
女を誰だか分かっている目。
以前の男っぽい舅の目。
女は思います。
何か強い刺激があれば舅が元に戻るのではないかと。
女は叩きます。もっと強く叩きます。もっともっと強く叩きます。
でもやめます。
愚かなことです。
ところがある日舅が叩いてくれと訴えてくる。
叩くと目が生き返ります。
あの目が。
それから舅はせがむようになります。
女はもうためらいませんでした。
掃除機の柄でもブラシの柄でも殴りました。
叩くと舅が喜ぶと思えるのでやめられなくなり、私も喜んでいたのかもしれないと女は自己の心の奥底を述懐します。
それが、虐待と夫が思ったものの内実です。
女の介護の、ある姿です。